12 夜



 い、一体なんだ、これはっ。

 全部が全部、恐ろしいほどの出鱈目じゃないかっ。


 ルルーナ村に侵入した数刻後。

 多少強引な手段を使って情報収集を終えたベルベロ・ベロッティは、路地裏の道で頭を抱えていた。


 理解不能。ルルーナ村の実情はその一言に尽きた。

 昨日あたりから急速に広まり始めたらしい一つの噂。

 その中で語られる、二人の男の因縁から影の支配者とかいう頭が悪いフレーズに至るまで、その全てがチープな作り話でしかなかったのだ。しかも何故かベルベロの名前だけは正しいという最悪なおまけ付きだ。

 馬鹿馬鹿しい、されど今後を考えれば無視するわけにもいかない事態。

 ベルベロが何より信じられないのは、人間たちがそんな与太話をあっさりと信じていることだった。


 ま、まさかここまで人間たちの知能が落ちているとは……。

 これは後々の計画にも修正が必要になりそうか?


「な、なあ、これで助けてくれるんだよな……?」


 眼下から投げかけられたその声に、ベルベロは冷たく視線を落とす。

 そこにいるのは一人の男。背中を壁に預けた状態でこちらを見る彼は、ベルベロが情報収集先に選んだ協力者の人間だった。


 確か情報を渡す代わりに魔法を解く約束をしていたんでしたね、と乾いた笑みを零して、ベルベロは彼に近づいた。


「ああ。そうだ。言ってませんでしたね。

 ――僕、人間じゃないんですよ」


「な。ぐぅ――」

 

 左手で自身の帽子を外し、空いた手で人間の男の首を握りしめる。

 暫くそれを続ければ、男の体はあっさりと力を失った。妖魔の中では大した力を持ってないベルベロ相手でもこの体たらく。本当に脆い存在なのだ、人間は。

 

 手に付いた人間の体液をハンカチで拭き、建物の間から夜空を見上げる。


 作戦は失敗した。ここまで一つの噂が広まってしまえば、今更別の噂を流したと事で定着しはしないだろう。何より、ベロベロの噂はあんなに荒唐無稽ではない。

 認めたくないが、完敗だ。まさかこんな力技で覆してくるとは思わなかった。しかもふざけた情報まで付けて……。


「ティナ・ルターっ。

 くそ、この僕をコケにしやがってっ」


 憤怒に震える声で、その名前を告げる。

 ほとんどが出鱈目な中で唯一心当たりがあったのは「ルルーナ村近くで妖魔に両親を殺された」という部分。ベルベロたちはこれまで何度も馬車を襲ってきたのだ。恐らくその中で積み残しがいたのだろう。そして運よくルルーナ村に逃げ延びた少女は襲撃の腹いせに噂を流した。そう考えれば、多くの辻褄が合う。


 ベルベロの策を潰した忌々しき少女の名前は、ティナ・ルター。

 個人が特定されないよう細工はしてあったようだが、相手の心を折ることに長けたベルベロに特定は容易だった。


 ……しかし、ティナとやらはどこで僕の名前を知ったんだ?


 ベルベロにとっては今回こそが正真正銘の初陣で、それ以前はただの一魔族でしかなかった。そもそも同族の妖魔の中にまともな知り合いなんていないのだから、自身の名前が周りに広がるはずもない。


 ま、今は考えても仕方ないか。

 答えの出ない問いを隅に追いやり、次にとるべき手を考える。

 正直さっさと復讐してやりたいところだが、渦中にある彼女に手を掛けるのは現状の噂の信憑性を高めかねない。彼女と対峙するのは全てが終わった後。

 だとしたら――


 静寂に包まれた空の下、ベルベロの瞳だけが鋭利に輝いていた。



 ……。

 …………。



「ほら、そっち持ちなさいよ」

 

「……ん」


 どこか楽しそうなリズと共に、大きな布団を持ち上げる。

 そんな中、俺の頭は「どうしてこうなった……?」という感情で一杯だった。

 思い出すのは、ほんの数分前の会話。突然ここに泊まると言い出した彼女に「な、なんでそうなる?」と聞いてみれば――


『なんでって、あんたが信用できないからよ。

 一緒にいれば変なことをしないか監視できるじゃない』


 ――そう、自信満々に言い切られたのだった。

 寝間着等を持ってきていたあたり、どうやら元々そのつもりだったらしい。あれよあれよという間に話が進み、彼女も同じ宿に泊まる形になってしまった。


 そして今やってるのが彼女が借りた部屋の布団を俺の部屋に運び込む作業。

 悲しきかな、俺は一ミクロンたりとも信用されていないらしい。

 でも……ええー。普通、監視できるからって見ず知らずの男と寝床を共にするのかね? ――って違う。俺は今、小さな女の子じゃん。

 あー、そのせいで警戒心が薄いんだろうなあ。

 

 と、そこまで考えて、ようやく思考が追いついてきた。

 (恐らく12歳くらいの)少女と(中身男子高校生の)少女の同衾。

 あかん、犯罪臭がしてきましたよっ。ってか、小さい子を騙してるみたいで罪悪感がすごいんじゃああ。

 全世界60億人のリズファンのためにも、俺が何とかしなければ(使命感)。


「そ、そういえばあなたのお父さんは?

 家に一人で残すことになるはず」


「大丈夫よ。墓場にいるとき以外の世話は基本お手伝いさんに任せてるんだから。

 それに今までだって普通に外泊してきたんだし」


「……でも、万が一があるかも」


「……ふーん。なに、結局あんたも同じなんだ。

 娘なんだからあたしが面倒を見るべきだってそういうこと?」


 布団を運び終えたリズの機嫌が明らかに悪化する。

 やっべ。地雷踏んじまったか。た、確かに今のは大人げなかったなあ。口達者とはいえ、リズもまだまだ子供なわけだし。


「ごめん。今のなし。

 今まで苦労してたんだから、自分の時間くらい作るべき」


「……あんたねぇ」


 口を一文字に結んで、何とも言えない表情を作るリズ。

 完全に呆れられてるよな、これぇ。そう何度もジト目を向けられると、色んな意味で心にクルものがあるぜ。

 ってか、そういえば――


「聞き忘れてた。リズは何歳?」


「12歳よ。ティナは?」


「わたしは……10歳のはず」


 言葉を交わしながら、俺自身の12歳の頃を思い出す。

 ……うん。お〇ぱいとかの下ネタで騒いでた記憶しかねえ。しかもリズの場合はもっと6年前から父親があんな状態なんだもんなあ。


「やっぱりリズは偉い。もっと誇っていい。

 リズじゃなかったらきっと潰れていた。流石はリズ」


「な、何よ急に? おだてたって何にもならないわよ?」


「そんなの別に望んでない。わたしは褒めたいから褒めてるだけ。

 よ、フロージアいちの美少女、リズ・カローンっ」

 

「やっぱりあんた、あたしのこと馬鹿にしてるでしょっ」

 

 顔を真っ赤にするリズに、胸がぽかぽかと温かくなる。

 やぱい、反応が良くて癖になりそうだ。この体、常時テンションが変わらないから、リズみたいに表情豊かなのを羨ましく感じるんだよなあ。


 と、そんな俺に向こうも慣れてきたのか、リズはあっさりと声音を戻した。


「ま、いいわ。夜も遅いし、さっさと風呂に入っちゃいましょう。

 ほら、あんたも来るでしょ?」


「え?」


 い、いつの間にかお泊りが既定路線になってるぅぅ(自業自得)。

 ってか、流石に一緒に風呂はまずいって。

 「るるーなのさと」の中に用意されてるのは公衆浴場だけ。今までは誰もいない時間にこっそり入ってたら良かったけど……まさかこんなところに罠があるとは。


「い、いやわたしは……」


「ふぅん?」


 嫌疑を孕んだ視線に魅入られ、完全に反論を封じられる。


 監視に来たんだから、そりゃあ別行動は許さないよなあ。

 く、流石の俺もここまでか。物凄い罪悪感がががが。

 せ、せめて精神面だけでもTSさせよう(?)。

 俺は女の子、俺は女の子……。リズとも女の子同士だから一緒に入って変じゃないというか、むしろ年下の女の子として年上の女の子に世話されるべきというか……そうだ、姉妹だと考えれば――


「リズ、お姉ちゃん……?」


「は?」


「……何でもない」


 この考え方は駄目だな、うん。あんまり視線を向けない方針で行こう。

 と、そう心に決めて――





「? 風呂の時は湯あみ着を纏うのが普通でしょう?」


「あっはい」


 ――レーティング対策の謎文化のおかげで、裸は見せ合わずに済みましたとさ。


 ありがとう、CER〇 Bっ!


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