11 変化



 ルルーナ村近郊の森の中。

 簡易的なテントや獣型妖魔用の寝床が設けられたその場所の一角で、二人の妖魔が向かい合っていた。

 

「して。どうするつもりだ、ベルベロ・ベロッティよ?

 事前の計画と随分違うようだが」


 不機嫌な態度を隠そうともせず、上座で胡坐をかくのがフーマ・マフカッド。

 今回の「英雄ディック暗殺」計画の総大将にして、新しく任命された四天王の一人である。

 その容姿を人間の言葉で表現するなら「二足歩行の虎」だろうか。

 全身を覆うくすんだ体毛。獰猛な虎を思わせる顔と手足。彼が呼吸するたび、そのはち切れんほど筋肉質の肉体が上下し、強力な存在感を放っていた。


「いえ。確かに第二段階への移行は少々早まりましたが、概ね想定通りと言えるかと。

 妖魔たちの突然の行動に今頃村人共はパニックに陥っているはず。ここで例の噂を流せば、彼らの思考を誘導することも容易でしょう」


 大して、その対面で膝をつくのがベルベロ・ベロッティ。

 今回の計画を練り上げた参謀役にして、頭に生えた山羊のような角を除けば人間と変わらない容姿をした若妖魔である。 

 今回ベルベロが責められているのは、彼が立てた計画の一部で不手際があったから。妙な勘の良さを見せた人間二人に逃げられ、大量の妖魔がいることが村人たちにバレてしまったのだ。

 結果、食料の完全枯渇を待たずして二段階目へと移る形になった。


 さりとてベルベロは自身の言葉通り、大した問題とも思っていなかった。

 元々、慎重に慎重を期した計画だったのだ。たった一つが狂ったからといって全体が行き詰まるほど簡単な計画を立てたつもりなどなかった。


「ふん。まあいい。

 俺たちの期待に応えられるよう、よく励むのだな。ベロッティよ」


「はっ。必ずや」


「……しかし、折角かつての英雄と相まみえるというのに、よもや下らぬ策まで使うことになろうとは。

 全く、これがあのお方のご指示でなければ……」


 どしどし、と足音を鳴らしてテントを去っていくフーマ。

 その姿が完全に見えなくなったところで、ベルベロはべっと唾を吐いた。


 ……全く、これだから獣風情はっ。 

 そもそも僕たち妖魔があの大戦で敗北を喫したのは、彼ら上層部が何の策も取らなかったせいだというのに。


 かつてのベルベロたちの故郷。そこは己の力量だけですべてが決まる場所だった。

 力があるもの、強いものだけが尊敬を集め、上の階級に上がれる。フーマのような獣型妖魔が上層部のほとんどを占め、ベルベロのような人型妖魔は肩身を狭くして生きるしかない、地獄の世界。


 しかし、今はもう無力なあの頃とは違う。

 故郷は失ったが、新四天王付きの参謀という役職を手に入れられたのだ。

 自身を見出してくれた彼女のためにも、何としてでも初陣ここで結果を出さねばなるまい。


 決意を新たにして、ベルベロは森の中へと入る。

 向かう先は今回の標的たちが集うルルーナ村。彼以外の妖魔は全員獣型妖魔――動物の体をベースにした妖魔であるため、人里への侵入は彼単身で行う必要があるのだった。

 とはいえ情報収集のために何度か訪れているから特に面倒ない。変装も、帽子で角を隠してしまえばそれで事足りた。


 暫く歩くと、木製の柵に囲まれた村が見えてきた。

 妖魔用に設置されたそれらも整備不良が目立ち、大した障害とはならない。兵士たちの警戒網も躱し、約1日ぶりに村へと足を踏み入れる。


 時刻は夕暮れ前。

 どうやら仕事が終わった辺りらしい。大勢の人間たちが通りを歩いていた。

 これは都合がいい、とほくそ笑みながら適当な二人組に話しかける。警戒されないよう、出来るだけ優しい声音で。


「もし、そこのお嬢さま方。少しお時間、宜しいですか?」


「はい? どうされ――ひっ」


 ベルベロを見て、何故か恐怖に顔を染める人間の女。

 そのまま横の女とこそこそと何かを話し始める。


「ねえ、あれって……」

「胡散臭い優男、間違いないよ」

「うそ。作り話じゃなかったの?」

 

 見れば、他の人間共も一様にベルベロに警戒の目を向けていた。


 まだ何もしていないはず……一体何が?



 ……。

 …………。



「で、広まっていた噂はどこまで真実なわけ?」


 リズとの謎の仲直りを果たした日の夕刻。

 「喫茶るるーな」での仕事を終え、再び俺の部屋へと戻ってきた彼女は堂々とそう聞いてきた。

 その冷ややかな視線からして「あんたが嘘をついていることくらい分かってるんだから」とでも言いたげである。


 やっべ。どうしよ。昼間の失敗が尾を引いてるよ、これぇ。

 でも、どこまでとか言われてもどんな噂かも分からない以上、全肯定するしかないんだよなあ。おのれ、ベルベロ・ベロッティめっ。


「全部、本当にあった話」


「へえ? 

 それじゃああなたの両親とベルベロとかいうやつが幼馴染だったことも?」


「そ、そうそう。三人でよく遊んでいたって」


「……ベルベロとあんたの母親の結婚式にあんたの父親が乱入して、彼女を奪って逃げだしたのも?」


「あったあった。凄い騒ぎになったみたい」


「ふーん。

 ……因みに、今の話は全部あたしが考えた嘘なんだけど?」


「っ!?」


 はえええ、そんな話になっていたんか、と全肯定botと化していると、突然梯子を外される。

 あ、あかん。完全に女子(しかもかなり年下)に手玉に取られてるっ。

 ってか、そーいや原作でも結構頭が回るキャラだったっけ……。ツンデレはツンデレらしくチョロインであってくれよっ(偏見)。


「……騙した?」


「そもそもあんたが本当の事を言わないのが悪いのよ。

 ……それで、どこの部分が創作なわけ? 一応聞いといてあげるわ」


 ぐうの音も出ない俺の前で、若干表情を和らげるリズ。


 頭の中で「ここで真実を打ち上げてリズの信用得るメリット」と「噂を潰されるリスク」のどっちを取るかの天秤が揺れ動いていた。

 正直これ以上嘘を重なるとやばい気がするんだよなあ。でもあんまりリスクも取りたくないし……そうだ。ここは中間択で行こう。


「誰にも言わないって約束してくれる?」


「……そんなの、内容によるわよ。

 もしあんたが何か意地汚いことを狙っているんだとしたら――」


「そこは安心してほしい。

 わたしは別にみんなを傷つけたいわけじゃない。むしろ助かってほしいと思ってる」


 これは本当だ。もし俺の作戦通りに進めば、この村は滅びの運命から救われることになるのだから。

 ……いやまあ積極的に助けたいかと言ったら別なんだけどね。一人で逃げられるなら絶対に逃げてるし。


 そんな真摯(?)な思いが通じたのか、リズは呆れたように眉をハの時にした。


「はあ。分かったわよ。それで創作した部分は?」


「ベルベロ・ベロッティが今の状況の元凶で、彼にわたしの両親を殺されたこと以外の全部。

 因みに言った内容も実は全然覚えてない」


「……あ、あんたねえ、ついていい嘘と悪い嘘があるでょっ。

 ベルベロ・ベロッティさんなんか、あんたとあんたの母親に似た女性を集めて乱交パーティを開く、変態親子丼野郎って思われてるのよっ。

 村のみんなもあんたを助けるんだって息巻いちゃってるしっ」


「っ!!!!???」


 べ、ベロッティの奴、そんな面白いことになってるんかっ。当時の俺、ナイスっ。

 それに噂の拡散には一応成功してるっぽい? ここら辺は後で聞いてみないとな。

 とりあえず今は適当に言い訳しなければ。このままでは俺が根も葉もない噂を流したクソ野郎になってしまうっ。


「で、でもあなたの父親を守るためには必要なこと。

 元々はベロッティが「あなたの父親が元凶」という噂を流す計画だった。これでその計画は潰せたはず」


「……それをどこで知ったのかは教えてくれないのよね?」


「ん。……ごめん」


 諦観と共に発せられた言葉に、つい謝罪が零れる。

 うう。俺だって、出来るなら全部打ち明けて楽になりたいんよ……。世の異世界転生者たちはこんなジレンマを乗り越えてたのかあ。ちょっと尊敬。


「ああもうっ。分かったわよっ。

 ちゃんとした理由があるみたいだし、みんなには言わないでおいてあげるわ」


「ありがと」


「ふんっ。それでいいのよ。寛大な私に感謝しなさい。

 ……それと、あたし今日はここに泊まるから。よろしく」


「え」


 え”


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