10 策謀



 一体何がどうなっているのだ?

 妖魔に村を包囲されるなど、聞いたことがないぞっ。


 「商人ギルド ルルーナ支部」の最上階に設けられた支部長室。

 絢爛豪華な装飾が施されたその部屋の中で、ルルーナ支部支部長のグスタフ・ロレンフォは大きく唇を歪めた。

 

「……その、グスタフさん。

 私たちだけで逃げ出して、本当にいいのでしょうか?」


 隣に座る若輩者の村長が恐る恐ると言った感じで聞いてくる。

 その情けさない態度に、グスタフは心の中でため息をついた。


 確かに今回の脱出計画を持ち掛けたのはグスタフの方だ。

 しかし一度首を縦に振った以上、二人は既に共犯関係にあるのだ。

 恐らく良心の呵責に苛まれたのだろうが……上に立つ者ならばこの程度日常茶飯事なのだ。いちいち良心など気にしていたら世話がない。

 

 こやつを村長にしたのは失敗だったかのお、と後悔しながらもグスタフは人好きのする笑みを浮かべる。


「何をおっしゃいます、村長殿。

 儂たちは偶々別の村に視察に出ていて、この村にはいなかった・・・・・。そう決めたではありませんか。既に先方に話は取り付けております。

 なに、どっしり構えていればいいのですよ。

 ……それともまさか、家族を見捨てて一人で村に残るおつもりで?」


「い、いえいえ。滅相もありませんっ」


 グスタフの問いに、顔を真っ青にして首を振る村長。


 彼の血縁者は既にギルドの一室で保護・・しているし、そもそも彼はグスタフの力添えのおかげで村長になったようなものだ。

 色々な意味でグスタフには頭が上がらないことだろう。

 グスタフとしても、ここで彼に抜けられるのはいざという時の生贄スケープゴート的な意味で避けたかった。


「ただその……本当にあの妖魔の包囲を抜けられるのか、と心配になりまして。

 聞いた話だと随分大きい群れのようですし……」

 

 村長の怯えた声に、グスタフはふむ、と髭を撫でた。

 

 確かに今の状態は明らかな異常事態。当時の情勢を知っているグスタフとて、今回の判断に絶対の確信を持っているわけではなかった。

 しかし、どう考えてもここに留まるよりさっさと抜けた方が賢明なのだ。であれば、多少犠牲を出してでも強行すべきであろう。


「恐らく大丈夫でしょうな。

 妖魔など所詮獣も同じ。村人たちが奴らの注意をひきつけている間に行動すれば、何の問題ありますまい。

 それに倉庫には大戦時の武器も大量に保管してあります。それらを使えば、全滅はともかく撃退は容易なはず」


「そ、そうですか。大量の武器が……それは心強い」


 村長の顔に怯え以外の色が見えて、グスタフの心にほの暗い感情が広がった。


 思い出すのは自身の苦々しい過去。

 連邦の国防大臣として、国の防衛を担う事30年。

 軍に蔓延っていた横流しや横領を徹底的に摘発し、人魔大戦時も政府のオーダーに従い嫌々ながら武器の増産計画を練ったり、実直に仕事をしてきたはずだった。しかしそんな彼を待っていたのは、祖国の裏切りと世間からのバッシングだった。

 ディック・カローン等の活躍で大戦が大方の予想よりだいぶ早くに終結した影響で、大量の余剰武器が生みだされてしまったのだ。

 計画のほぼ全てが政府の命令であったものの、グスタフは責任を取らされる形で辞任。辺境の商人ギルド支部へと飛ばされることになった。


 さりとて、グスタフはこのままで終わるつもりはなかった。

 遠慮はやめだ。例えどんな手を使ってでも表舞台まで這い上がってやると、そう決めたのだ。武器の貯蔵があるのも、西の方で動乱の気配を感じたゆえだった。


「グスタフさまっ。大変ですっ」


「……どうした? 何があった?」


「いえ、それが、なんというか……」


 慌てて部屋に入ってきたはずなのに、なぜか口ごもる職員。

 グスタフが無言で続きを促すと、職員はごにょごにょと口を動かし始めた。


「その、どうやら兵士連中の一部が情報を漏らしたようで……」


「……っ」


 最悪な報告に、ついグスタフは奥歯を噛みしめる。


 脱出は極秘かつ安全に行わなければならない。

 そのため駐屯兵には箝口令を敷いたうえで招集をかけていたのだが……まさか裏切るとは。最近赴任してきた新人連中か? それともベテランの方?

 ち。折角、色々と横流して良い思いをさせてきてやったというのにっ。


 暴れ回る激情を押さえつけるグスタフの前で、職員が叫ぶように続けた。


「しかもそれだけじゃないんですっ。

 何故か妙な噂まで流れていたようで……その、ギルドの前に集まった村人たちが、訳も分からない主張をしているんです」


「……内容は?」



「――今の状況は分かっている。

 私たちにもベルベロ・ベロッティを倒すのを手伝わせてくれ、と」



「は?」


 全く聞き覚えのない名前を使った、何も分かってない主張に虚を突かれ、一瞬思考が止まる。

 どれだけ過去をさかのぼってみても、やはり何の心当たりも見つけられない。

 そんなふざけた名前の人物となんて会ったこともないはずだ。


「べ、ベルベロ……なんだって? 誰だそいつは」


「知らないですよっ。どうせ支部長の愛人とかじゃないんですかっ?」


「な、何を言うかっ。儂は結婚してこの方、妻一筋だぞっ」


「え、グスタフさんって意外と……」


「その生温かい目をやめんか、小僧っ」


 これがたった一人の策謀の、しかも意図しない結果だとは露知らず、彼らの混乱はしばらく続くのだった。



 ……。

 …………。



 時はこの場面より数刻ほど遡る。


 ティナの話を真に受けたヴェロニカが各地で風潮して一日ほど経った後。

 突如広まった真偽不明の噂に、ルルーナ村の住民たちの間に困惑が広がっていた。

 

 噂の内容としては概ねこんな感じだった。


 ~~~~~~


 同じ村で生まれ育った二人の男――AとB。

 同年代の友人として親交を深めていた彼らだったが、些細な切っ掛けで絶縁。村長の息子であったAがBを追い出す形になってしまう。


 その十数年後、村を離れ商人として大成したAの前に、同じく商人として成功したBが現れる。

 かつての過ちを思い出し後ろめたく思うAだったが、Bの方は気にした様子もない。過去のことはお互い水に流そうと話すBに感激し、Aはその手を取った。


 しかし、それが間違いだった。そう、Bは許してなどいなかったのだ。

 そこから始まったのはBによる執拗な嫌がらせ。Aに不利な情報を流して商談を破断にさせたり、協力する振りをして利益を掠め取ったり、えとせとら。

 そしてそれはAがとある女性と結婚し、長女を設けたのを境に一気に激化した。その女性にBもまた声をかけていたのだ(ただしこれは随分と一方的なものだったらしい)。

 再びコンプレックスを刺激された彼は、法外の手を使って商人ギルドを裏から支配し、徹底的にAたちを潰すことにした。無実の罪を擦り付け、従わない支部を無理やり潰していく。聞いたところによると、Aの妻子やその人たちに似た女性たちを攫い、大勢の前で辱める等の卑劣な行為もしたらしい。


 そして今回、とうとう一線を越えた。独自のルートで手に入れた「妖魔を操る笛」を使って、Aたちを亡き者にしようとしたのだ。

 Aたちは協力者の手を借りて、数少ない味方の一つである「商人ギルド ルルーナ村支部」へと逃げ込もうとしたが力及ばず、長女だけが生き延びた……。


 Bの名前はベルベロ・ベロッティ。

 胡散臭い雰囲気を纏う、中背中肉の青年である。


 ~~~~~~


 そんな壮大な、あるいは出来すぎたうわさ話に、村人たちは顔を付き合わせてあれやこれやと言葉を交わしていた。割合としては否定派が8割くらいか。

 しかしそんな彼らの前に一人の男が現れる。


「商人ギルドの裏の権力者、ベルベロ・ベロッティか」


「知っているのかフロッグ」


 他の村との定期便を運行する商人、フロッグである。

 フロッグは井戸端で話す彼らに近づくと、神妙な顔で続けた。


「ああ、前にそんな存在を聞いたことがある。

 あれはそう、俺がまだ五歳くらいの頃、従妹のよっちゃんとのごっこ遊び中に聞いたんだったか……。

 それに、俺は噂の長女に救われたかもしれないんだ。

 いつも通り二人で出立しようとした俺を、一人の嬢ちゃんが止めてくれてな。金なら出すから護衛を増やしてくれって。

 思えばあの時既に危険を察していたんだろう。ああ、こっちは間違いない」


 馴染みのある彼の力強い言葉に、次第に心を動かされ始める住民たち。

 そして、その決定打は意外なところから放たれた。

 フロッグと共に命を救われ、ティナに恩を感じていた新人兵士のニータが小走りでやってきて、興奮気味にこう告げたのだ。


「……たった今、支部長さんから俺たち駐屯兵に命令があった。

 『秘密裏に戦闘の準備を進めてくれ』だってよお。これはもしかすると、もしかするんじゃねえか?」


「ま、まさか支部長はベルベロッティ?と戦おうとしてるのか?

 それも俺たちに内緒で?」

「……そういえばあの人、国防大臣だった頃は凄い不正に厳しかったよね」

「え、あの髭のじいさんが? まじで?」

「そうそう。ボロボロだった軍を立て直してくれたんだよ。

 戦後に何かの責任を取らされてやめされちゃったけど……」

「……それじゃあ今回も俺たちのために動こうとしてるのか?」


 かつての記憶と結びつけ、勝手に話を広げ始める村人たち。


 実感と熱を伴った噂は急速に広がっていく。

 こうして商人ギルドを囲い込む程の騒動に繋がるのだった。



 ……。

 …………。


 そして、場面は現在の別視点に移る。

 商人ギルドに集まった人たちから話を聞き終えたリズは、あまりに荒唐無稽な噂に困惑せざるを得なかった。


「……みんな、よくこんな話を信じたわね。

 ってか、あたしの父親のちの字も出てこないし」


 呆れたような気抜けしたようなリズの呟きは、騒然の中へと消えていった。







 ――――――――――――――――――

 【あとがき】

 因みに噂の「同じ村に育って~」云々は後から付け足された部分になります。

 因縁とかがあった方が盛り上がるからね、仕方ないね。


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