9 対話



「あんたが前にした話、もう一度最初から説明しなさいよ。

 あんたのこと、完全に信用したわけじゃないけど……一応、話くらいは聞いてあげるわ」


 ディックの元を離れた数時間後。

 突然部屋を訪ねてきたリズ・カローンに、俺は完全に狐につままれたような気分だった。

 俺と彼女は昨日喧嘩別れしてそれまでだったはずだ。それなのに――


「……なんで急に?」


「べ、別にそんなのどうだっていいじゃない。

 ほら、さっさと話しなさいよっ」


 ずかずかと部屋に入ってきて、俺の隣に腰掛けるリズ。


 ?? 一体何がこのツンデレっ娘の琴線に触れたんだ? 

 それとも、父親関連で何かあった? 


 うーん、本気で分からん。

 ……ま、別にこっちに不利益があるわけじゃないし、いっか。


「最初からも何も……あなたのお父さんがあそこにいるのは、地下に埋まった火炎剣レーヴァテインに魔力を注いでるから。

 わたしが知ってるのは、それくらい」


「……それで、その話をどこで聞いたのかは言えないのよね?」


 ふっふっふ。今の俺は前と違げえ。

 この俺が前と同じ失敗をするとは思わないことだなっ。


「ううん、ようやく思い出した。

 あの状態になる前はわたしの父とあなたの父親が懇意にしていたらしい。そこ経由で聞いた。

 ――この戦争が終わったら、例えどんな体になっていても娘のために剣を作りたい、とそう言っていたと」


「……それって、あなたまだ4歳かそこらの頃よね?

 そんな小さいときのことをまだ覚えてるの?」


「あなたの父親と交流があったことを相当名誉に思っていたみたい。

 英雄ディック・カローンの話を何度も聞かせてくれた」


「ふぅん? それじゃあ、あたしのこともその時に?」


「? そうそう、よくわかった。流石はリズ」


 一瞬疑問に思ったけれど、そういえば俺、普通にリズをディックの娘として扱っていたな。あっぶねえ。雑に褒めて誤魔化しとこ。


 一瞬の沈黙。

 人知れず肝を冷やす俺の前で、リズは表情を緩めた。


「そう。……ねえ、あたしの父親って昔はどんな感じだったの?

 軍の関係者に功績を聞かされただけで、実際の性格とかはあんまり知らないのよね。あいつらの話ってすんごい誇張が入ってると思うし」


「……え?」


「? だってあんたの父親から色々聞いてるんでしょ?

 さっき、あんたがそう言っていたんじゃない」


 不思議そうにこちらを見るリズに、だらだらと俺の背中を冷や汗が流れる。

 

 ……やべ、ディック・カローンのことはあんまり覚えてないんだよなあ。

 い、いや、仕方ないじゃん。ゲームだと「かつての英雄」とか「流石はあの剣聖の娘だな」とかメインキャラ目線でしか描かれていなかったのだ。立ち絵やセリフもリズ√で数回出てきたくらい。

 大体、男キャラの過去なんて興味ないねんっ。俺は可愛い女の子の話が見たいんじゃあっ。


 し、仕方ない。

 ここは誰にでも当てはまる無難な内容でも話しておくか。


「や、優しい人だったみたい。

 騎士学校に入学した時から人望に厚くて、人魔大戦の時も仲間の兵士たちを助けてあげてたって」


「……あたしの父、冒険者として大戦に参加したって聞いたんだけど?」


「あ、そうだった――じゃなくてっ。

 そう、言い間違い。本当は冒険者学校って言いたかった」


「……なに、冒険者の学校? 

 そんなの噂にも聞いたことないわよ? そもそも冒険者って教育にお金を掛けられない人たちがなる職業だし」


「そ、そうだったっけ?」


「……」


 言葉を重ねる度、彼女の眉がどんどん吊り上がっていく。


 やばい。俺のガバガバ知識が露呈してるっ。目しばしばしてまうっ。中世風ファンタジーの世界観って、作品ごとに微妙に違って分かりづらいんだよなあ。

 俺自身、設定資料とか読み込むタイプじゃないし……どうしよ、何を言っても藪蛇になる気がしてきた。


 ってか、そう考えると従業員さんにした話も大分ひどかったんじゃ……?

 だ、大丈夫、だよな? ちゃんと広まってるよな?


「……もしかして今ままでの話は全部嘘?

 やっぱりあんた、あたしのこと馬鹿にしてるでしょ?」


「ソンナコトナイヨー。

 ワタシ、ウソツカナイ」


「もう帰るわ」


「ちょ、ちょっとまって。お願いっ」


 はたと立ち上がったリズの裾を慌てて掴む。

 ここでミスったらまたやり直し、いやそれ以下からのスタートだ。今のうちに何とかつなぎ止めないと。


 でも正直、これ以上何の言い訳も思いつかないんだよなあ。

 この世界に「予知」や「思念伝達テレパシー」とかの便利能力があったらよかったんだけど……少なくともゲームでは描かれてなかったし。


 いっそのこと、全部ばらしてみる?

 やるとしたらこんな感じか。


 ――――――――――


 件名:信じられないかも知れませんが、私は異世界転生者です。

 はじめまして。啓介(本名)といいます。


 ティナ・ルターの体を借りて、こうして面と向かって

 言葉を交わしているだけでは

 分からないかも知れませんが、私は異世界転生者です。


 男の異世界転生者です。地球と日本の国に住んでいましたが、いつのまにかこの世界にいて――


 ――うん、どう考えても胡散臭いねえ、これっ。

 いやこんな形式にした俺のせいなんだけどっ。どっちにしろ頭がおかしい奴だと思われて終わりだってばよ。


「だったら、さっさと本当のことを言いなさいよ。殺すわよ?」


 また一段と低くなるリズの声に、ゲームでの狂犬っぷりを思い出してつい飛び上がりそうになった。

 ツンデレのツンだけが強調された性格だからなあ。

 最初から主人公たちに喧嘩腰で突っかかってくるし……うへえ。絶対三人くらい埋めてるって。


 しゃーない、ここは最終手段を使おう。


「言わない方が、あなたのためになるから」


「……」


 必殺、「あなたのため」戦法。

 これをすると相手は何も言えなくなる。

 ただし、その分信用ゲージがガクンと減るから、使いすぎには注意が必要だぞっ。


 ああああ、心労で頭が痛いっ。どうかこれで終わってくれ、頼むからっ。

 俺の真摯な祈りが通じたのか、リズは暫く黙り込んだ後、渋い顔のまま腰を下ろした。


「それで?」


「?」


「……ああもうっ。

 ほら言ってたじゃない、この村に危機が迫ってるとかなんとか。あの時は何の兆しもなかったはずなのに、どうしてわかったのよ?」


「ああーと、それは……」


 完全に失念していた部分を突かれ、俺はリズから視線を外した。


 やべ、どうしよ。

 てきとーな噂を広めちゃったせいで、下手な話をするとバレる可能性があるよなあ。仕方ない、ここも――


「周りの人に聞いて見るといい。

 そっちの方がきっとあなたのためになる」


「……あんた。本当に信じてもらう気、ある?」


「うっ」


 失望を隠そうとしない瞳に射抜かれ、思わず息を漏らす。

 ……あ、でも可愛い子のジト目ってちょっといいかも(手遅れ)。


「ま、いいわ。話は分かったし、あたしはもう帰らせて――ってそんな顔するんじゃないわよ。

 ただ仕事が入ってるだけ。あんたから逃げたわけじゃないわ」


「……それじゃ、わたしの話は?」


「そうね。頭の片隅ぐらいには置いておいてあげるわ」


 にっこり、と笑ってリズが部屋を出ていく。


 ですよねー。



 ……。

 …………。



 ほんと何なのよ、あいつはっ。

 あたしのことを揶揄ってるわけ?


 ティナ・ルターとの3回目の対話を終えた後。

 「るるーなのさと」を出たリズは、怒りのあまりについ近くの壁を殴りそうになった。


 ディックに強い憤りをぶつけるティナに感化され、話を聞きに来てみれば――返ってきたのはちゃらんぽらんな回答。自説の根拠どころか、英雄ディック・カローンの基本的なことすら知りやしない。

 自身の背中を押してくれたことに(勝手に)恩を感じていたリズにしてみれば、肩透かしにもいいところだった。


 ただリズはあの時の彼女が嘘だったようにはどうしても思えなかった。

 その言葉に熱がこもっていたからこそ、リズは前に進めたのだから。


 墓場での姿。部屋でのいい加減な態度。正反対な印象のティナ・ルターがリズの中でこんがらがっていた。

 恐らくディック・カローンと何らかの関わりがあるのは事実だろう。

 でもその内容を必死に隠そうとしている、とか? だとしたら何で――


「……?」


 と、その時通りの奥が騒がしいのに気付いた。

 どうやら商人ギルドの方で大きな人だかりが出来ているらしい。


 一体なんだろうか?

 ティナに「周りの人に聞いてみるといい」と言われたことも思い出し、リズは仕方なくその集団の方へと向かう。


 ――そうして驚愕の真実()を知ることになるのだった。


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