7 因縁



「……こんな体になったのもあいつのせい。

 あいつは、わたしの安息と――ずっと大切にしていたものを奪った」


 唇を引き締め、そう言葉を零すティナを見て、「るるーなのさと」の新人従業員ヴェロニカ・ホーレンスは胸が締め付けられる思いがした。


 ティナが語ったのは、壮絶というには生ぬるいほど血にまみれた半生だった。

 彼女の父親と今回の黒幕たる男との間に紡がれた因縁。一方的な横恋慕から始まる、妖魔を使った策謀。

 もしそれが事実なら、ティナはたった一人の男のせいで故郷も両親も失ったことになる。そして今も彼女は彼に命を狙われていて――


「っ」


 ふつふつと湧き上がってきた怒りを、唾と共に飲み込む。


 ……勿論ヴェロニカとてティナの話を真正面から信じたのではない。

 まるで台本を読み上げているかのように自身の過去を吐露する彼女の姿は恐ろしさすら感じられた。内容の苛烈さも考えれば、作り話だと言われた方がむしろ安心するくらいだ。


 さりとてティナが嘘を言っているとは到底思えなかった。

 感情が凍り付いたかのようなその口から語られる言葉は真実味に溢れていたし――何よりあの時ヴェロニカに「毎日でも食べたいくらい」と言ってくれたことを忘れていなかったから。


 思い返せば、数刻前から既にその兆候はあったのだ。

 テーブルの上で項垂れ、食事を食べるのすら億劫そうにする彼女。無表情な彼女にしては珍しく、そこには確かな絶望が感じられた。


 きっとヴェロニカは最初から思い違いをしていたのだろう。

 ルルーナ村に来て数日間寝込んだのは、絶望していたわけじゃなかった。

 きっと悩んでいたのだ、このままここにいたら村のみんなに迷惑をかけてしまうことを。……そしてその懸念は現実のものになってしまった。


「わたしにはやることがある。

 ……それと、噂を流す時は出来るだけわたしの名前はわからないようにしてほしい。その方が都合がいい」


 そう言い残し、慌てたようにその場を去っていくティナ。


 彼女が最後にヴェロニカに求めたのは「情報の出所は隠した上で今の話を周りに広めてほしい」ということだった。

 その前半部分の意図は分かる。これからを考えれば嫌な意味でも注目を浴びることになるだろうし、なにより女の子として大切なものを彼に奪われてしまったのだ。それを声高に喧伝してしまっていいはずがない。

 分からないのは後半部分――何故彼女は力を貸してほしいではなく、噂を流してほしいと言ったのか、だ。

 彼女の状況を考えれば今は少しでも味方が欲しいはずだ。なのに彼女はヴェロニカに助けを求めるそぶりすら見せなかったのだ。まるでそんなこと最初から望んでいないかのように。

 

 いや、そもそもの話だ。

 どうして彼女はヴェロニカにそんな話をしたのだろうか?


 この村で両親を殺された商人は五人といないのだ。

 いくら出所を隠したところで、すぐに彼女の事だとバレてしまうだろう。ティナの話は今の状況は自分が本人です、と風潮しているようなものだ。

 もしこの村の中に口さがない人間がいたら、彼女の身柄を仇敵たる彼に渡そうさえとするかも――


 まさかティナちゃんはそれ込みで私に言った?

 彼女は自分の命運を私たちに預けようとしているのよ……?


 天啓を授かったかのように、ヴェロニカの体に電流が走る。

 俄かには信じられない。しかしそれを示唆する要素は幾分にもあった。


 今の状況は、言ってしまえばギルド支部同士の派閥争いにルルーナ村が巻き込まれている形だ。赤の他人に迷惑をかけている現状に、心優しい彼女が傷ついていないはずがない。

 それにいくらルルーナ支部がティナの味方だからといっても、その力には限度がある。今の状況が長く続けば流石の彼らも庇いきれなくなるだろう。

 その時、ヴェロニカたちが事情を知っているのと知らないのでは彼らに対する印象は大きく異なる。自分たちを守るために仕方なかったのだ、と多くの村人たちが納得できることだろう。


 だからあえて情報を流した?

 自らを取り巻く運命に絶望して、村人たちが自分を切り捨てる判断をしたら、仕方ないと諦めるつもりで……?

 

 ――そんなのっ、絶対にさせないのよっ。

 ティナちゃんは私が守護まもるのかしらっ。


 目尻に溜まった涙を振り払い、ヴェロニカはきりりと天を仰ぐ。

 彼女の心の中では、母性に近い使命感が轟々と燃えていた。



 ……。

 …………。



「ふわああああ」


 女性従業員さんにあることないこと吹きこんだ次の日。

 あのまま宿屋の一室に引きこもって一夜を過ごした俺は、爽やかな朝日と共に目を覚ました。


 寝ぼけ眼をこすりながら周囲を見渡せば、昨日に散々感じた絶望感は嘘のようにどこかに消えていた。

 うーむ、やっぱ睡眠しか勝たんのよなあ。

 どこかの論破王も「睡眠こそ我が至高の神なのです」とか言ってたし。


 ベッドの大きく伸びをして、立ち上がる。


 さ、今日もカローン親子の好感度を上げに行こうっ。

 ……できればカローン(娘)は無しにしてください、お願いしますっ。




「む。今日も相変わらずの無表情」


「……」


 というわけでやってきたのは、元『剣聖』が座る約束の場所。

 どうやら神様への真摯な祈りが届いたらしい、そこにはディック・カローンしかいなかった。昨日と同じ服を着た彼の前で、一人首を捻る。

 

 昨日のあれで言葉でのコミュニケーションがあまり効果がないことが意味がないことが判明してしまった。だとしたら後は身体的接触?

 いやでも昨日のこしょこしゃは効果なかったし、おっさんの体とか好き好んで触りたくないんだよなあ。


 だとしたら……そうだ。

 リズがいない今のうちに火炎剣レーヴァテインを掘りおこせばいいのでは?


 頭に浮かんだ悪魔的発想に、ピンと背筋を伸ばす。

 確かにディックの早期覚醒は望ましいけれど、別に必須条件ではないのだ。何もせずとも妖魔との決戦時には間に合うはず。

 つまり俺がするべきなのは一刻も早くレーヴァテインをリズの元へと届ける事。

 他人の墓を勝手に暴くのは倫理的にもあれだけど、この際知ったこっちゃねえっ。


 そうと決まれば話は早い。早速下の道具屋でスコップを買って戻ってくる。


「……」


 いざ地面に突き立てようとしたその時、スコップを持つ腕をディックに掴まれた。それも一切予備動作が見えない速度で。


 ……な、なるほど。

 まさかこんな風に原作ブレイクを防ぐ仕掛けが用意されてるとは……。リズ以外には見つけられないようにってかい? めんどくさいなあ、もうっ。


「っ……なんで、わたしじゃ、ダメなのっ?」

 

 ぐいぐいぐい。右に左に動かしても、腕の拘束は一向に外れない。むしろ締め付けが強まっていくようだ。

 この体、ほんとに力弱いなあっ。かわいいかよっ。


「ひっ」


 体勢を崩し、デッィクの足元に仰向けに倒れ込む俺の体。

 ぱらぱら、と彼の不衛生な緑髪が俺の頭に当たる。その生気のない顔を見ていると、何だか恐怖より怒りの感情が湧き上がってきた。


 てんめえ。俺の最推しのティナの手を取ったばかりか、押し倒しやがって。

 おっさんと少女のラブなど言語道断。世間が許しても俺は許してくりゃあせんよ。


「っ。なんでこんな時だけ動くのっ。

 本当に娘のことを心配しているなら、何よりまずは娘の思いに応えてあげるべきっ。

 娘のためにっていう免罪符で自分の思いを勝手に押し付けるなっ」


「……」


 激情に任せ、割と素直に感じた思いを元英雄にぶつける。

 実際問題、彼の行動のせいで今後のリズ・カローンの人生は大きくゆがむのだ。妖魔への復讐を誓うのは父親を救えなかった後悔から、刺々しい態度は弱い自分を奮い立たせるため。

 リズ√で救われたからまだ良かったけど、他のルートだと和平後も過激派組織の構成員として活動を続けるとかあったんだぞっ。


クリエイターさんおとなたちはいつもそう。

 勝手に産んで、勝手に苦しめて、キャラクターわたしたちの心は考えもしないっ。

 ティナわたしだって家族と一緒に幸せになりたかったっ」


 ついでにゲーム制作陣への憤りもぶつけておく。

 そもそもの話、本来の俺は根っからのハッピーエンド主義者。トラウマとか復讐とかの鬱展開はあんまり好きじゃないのだ。

 俺の主戦場はほのぼの日常系、シリアス要素もほどよい感じが一番よ。


 ……星屑テ〇パスはいいぞ。第九話が神回だったんじゃあ。

 

 ともかくっ。

 俺が見たいのは苦しむ女の子じゃなくて楽しそうに笑う女の子なんだよ。

 大体、精神喪失設定ってなんだよ。魔力を込められるなら話くらいできるだろっ。完全にシナリオの都合じゃん、これっ。


「……はあ、はあ」


 大方の感情を出し終え、大きく深呼吸する。


 ……あれ。よく考えれば、意思疎通が出来ない相手にこんなに怒るなんて、中々に痛い奴だったのでは? 

 暫くしてやってきたのは、そんな身もだえるほどの羞恥心だった。


「……今日はもう帰る」


 いつの間にか弱まっていた拘束を抜け出し、いそいそと立ち上がる。


 ま、まあすっきりしたしいいか。そんなに変なことも言ってなかったし。

 小さく首を振り、俺は足早にその場を立ち去った。


 ――近くの木の陰に隠れていた、少女の気配に気付くことなく。


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