6 噂



「……やばい」


 リズたちとのファーストコンタクトが失敗に終わった後。

 今の状況が最悪に近いことを再認識した俺は、「るるーなのさと」の食堂で完全に脱力していた。テーブルの上に乗せたティナおれの柔らかい頬が、だらーと広がっていく。

 ああ^^~~、この冷たさだけが俺の心を癒してくれるんじゃああ。


「お待たせしました――って大丈夫なのよっ!? 

 風邪でも引いたのかしらっ!?」


「だいじょぶ。問題ない」


 視線だけ動かして、店員さんが持ってきた昼食を受け取る。


 何がやばいって、やっぱりこの村にまともな防衛戦力がないことなんだよなあ。


 村人たちの話によると、ルルーナ村の今現在の人口は1000人程度。その中で戦えるのは、リズたちを除いた駐屯兵の33人と元冒険者の数人のみ。

 それに対し、妖魔側の戦力は(ゲーム通りならば)新四天王人、参謀役一人、獣型の小型妖魔が数千。本気で攻められたら数秒と持たないだろう。

 かといって今いる戦力を鍛えることも出来ない。


 そもそも、ここ「黎銘のフロージア」は才能が全ての世界なのだ。

 作品内の説明を纏めるならば――


 この世界の大気中には魔力と呼ばれる不思議物質が漂っており、人間と妖魔はそれを吸収することで初めて人外の力を発揮できる。

 この吸収量を「レベル(Lv)」、取り込んだ魔力がどのように体を強化してるかをSTRなどに分けて数値化したもの「ステータス」と呼ぶ。

 

 ――とこんな感じ。

 そしてこの世界に暮らすほとんどの人間が魔力を吸収できない――レベル0か1のクソザコ君なのだ。

 例外は兵士や元冒険者などのごく一部くらい。そこそこの吸収率があればそうした道が開けて将来が保証されるから、実力は隠している人は滅多にない。

 加えて言えば、ティナについては紹介文で「吸収率が絶望的に低い」と明確に記されていた。


 また、武器や防具についても強力な効果が得られるものは「STR30以上」といった制限が付けられており、レベルが低い俺たちはクソ弱いやつを使うことしかできない。

 一般人モブはモブらしく主人公たちの影でガクガク震えておれいっ、というやつだ。


 頼みの綱のリズたちと話すのも今日は無理だろうし……。

 ああああ、どうすんねんこれっ、

 

 鬱々とした気分のまま、注文したスープを口に運ぶ。

 口の中に広がるコーンの香り。うん、やっぱりここのご飯は美味いな。


 ……あれ、そういえば村を見回っても、食料が無くなったみたいな話は聞かなかったな。


「備蓄は大丈夫?」


「ええ。

 事前に買い込んでいたおかげで当面の間は何とかなりそうなのよ」


「? そう」


 あれ、おかしいな。ゲームだと食料状況がひっ迫するまで1段階目が続くんじゃなかったっけ?

 それの影響で2段階目以降の計画が凶悪になってくるわけだし……どこでフラグが変わったんだ?


 今の状況への疑問。次に取るべき善後策。彼女たちとの仲直り方法。

 答えの出ない問題たちが頭の中でぐるぐると回っていた。螺旋を描くように、ぐるぐると。

 

「……はあ」


 ……なんかもう、色々面倒になってたな。

 大体、策謀を巡らせて状況をコントロールするとか得意じゃないんだよ。というかただの高校生の俺にそんな高度な事を求めるんじゃねえっ。


 当たるも八卦、当たらぬも八卦。

 どうせ駄目で元々なのだ。折角押しキャラに転生したんだから、目一杯楽しもうじゃないかっ。


 思い出すのはとある敵キャラがひねり出した計画の第二段階。

 ……うん、被害を受けるのがあいつだと思うと全然心も痛まないな。あいつのせいでこうして頭を悩ませているわけだし。むしろちょっとした仕返しをするくらい正当な権利がしてきたぞ。

 よし、まずは――


「突然だけど、話したいことが出来た。聞いてくれる?」


「も、勿論なのよ。 

 ティナちゃんの頼みならどんとこいなのよっ」


「ん。じゃあ本題から。

 ――私はこの事件の黒幕を知ってる」


「っ!?」


 ――近くにいた従業員さんに驚くべき真実(陰謀論)を告げる。

 そう、これは必要なことなのだ。誰かを悪く言うなんて俺もやりたくないけど、生き残るために仕方なーくやるんだ。


 さ、あいつにどんな悪役をやらせようかな~。



 ……。

 …………。



 ルルーナ村侵攻計画の二段階目。

 それは「今の状況は全てディック・カローンが妖魔に恨みを買ったせいである」という噂は村の中で流すことだった。

 本来なら根も葉もない噂話で終わっただろうそれ。さりとて普段の彼の様子を知っていて、現状を説明する術を持たない村人たちは次第に彼に不信感を抱くようになり――というのが筋書きだ。


 では、それを潰すにはどうしたらいいか。

 簡単な話だ。全く別の、もっともらしい噂を先に流してしまえばいい。


 地球のSNSが多くのゴシップ記事で溢れていたように、人間は下世話な話が大好きな生き物なのだ。娯楽が少ないこの世界では尚更だろう。

 センセーショナルに、そしてより過激に、

 ついでに、実際にこの村に足を運んで噂を流しに来るらしい彼を全ての黒幕にしてしまえば完璧である。


 くっくっ。討論会のレシプロ機と呼ばれた俺の腕前、見せてやるぜっ。


「……まさか。

 そんな絵に描いたような悪人がこの存在するなんて、なのよっ」


 あれ、やりすぎた? と我に返ったのは、女性従業員さんが顔を真っ青にして声を絞り出した時だった。

 真実4割、嘘6割くらいの話をするつもりだったんだけど……やばい。何を言ったか全然覚えてない。

 確かティナおれの親とあいつが対立していて――みたいな話をしていて……?


「……訂正。やっぱりそこまで悪い奴じゃないかも。

 彼にもきっといいところがあった……と思う」


「ううん。ティナちゃんが譲歩することじゃないのよ。

 悪いのは全部、あなたのお母さんを奪おうとしたそいつのせいなのかしらっ」


 憤怒のままに、テーブルをバシン叩く従業員さん。


 お母さんを、寝取る……? そんな話だったっけ?

 訳分からなすぎて、今更訂正するのも面倒になってきたな。下手につついて齟齬を産んでもあれだし……ま、いっか。適当に乗っておこう。


「あいつは人間の皮を被った妖魔。

 あいつの卑劣な手によって、可愛い女の子たちの尊厳が何度も壊されてきた」


 これは事実である。

 なにせあいつのクソ害悪戦法のせいで、大勢のVtuberたちのキャラ付けが崩壊してきたからなあ。

 清楚キャラの子が「ふっざけんじゃねえ」と台パンする姿に、当時の自身の苦労を思い出してほのぼのしたものだ。


 ……いかん。思い出したらムカついてきたな。

 攻略サイトを事前に見てなかったせいで、どれだけの時間を浪費させられた事かっ。あの数時間をごろごろに費やせていたと思うと俺はッ。


「……こんな体になったのもあいつのせい。

 あいつは、わたしの安息と――ずっと大切にしていたものを奪った」


「っ!?」


 ついでに、この世界にTSした罪を被せておく。

 転生を司る女神とかが出てくる気配はないし、大丈夫大丈夫。


 後はいい感じに話を切り上げてって、と。


「……その、ティナちゃんはこれからどうするのよ?」


「わたしにはやることがある。

 ……それと、噂を流す時は出来るだけわたしの名前はわからないようにしてほしい。その方が都合がいい」


「勿論なのよ。

 ティナちゃんの意思は私が継ぐから、安心して任せてくれていいのかしら」


 力強く頷く彼女に頭を下げて、食堂を後にする。


 よし、さっさと部屋に籠ろう。

 ……どうか噂の発生源が俺だと気付かれませんように。願わくば、(どんな内容かも分からないけど)が本人の耳に届きませんようにっ。


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