5 英雄の娘



「……?」


 村を出る彼らを見送り、ギルドで護衛の募集をかけた次の日の朝。

 宿屋「るるーなのさと」を出た俺を迎えたのは、どこか浮足立った雰囲気に包まれた村だった。多くの村人たちが各々で集まり、深刻そうな顔で言葉を交わしている。


「何か、あった?」 


「ええ、そうなのよ。実は――」


 近くにいた女性に聞いてみれば、どうやら異変は昨夜から始まったらしい。

 昨日話した彼ら(名前は忘れた)があの後すぐに妖魔に襲われ、村に逃げ帰ってきたのだ。

 彼らの報告を受け、村は警戒態勢に。駐屯兵たちが戦闘の準備を始めた。

 そして今朝、村の外に巡回に出た兵士が村へと繋がる全ての道が妖魔に塞がれていることを確認した。

 突如村を襲った前代未聞の事態に、村の代表者たちが集まり今まさに対応を協議しているとのことだ。


「一体全体、何が起こってるのかしらね?

 兵隊さんが言うには、妖魔たちはこっちを見てるだけで襲ってはこないみたいだし……」


 声を細めてそう話す彼女。


 女性の声音からして、恐怖よりも困惑という色が強いようだった。

 人間の幼児以下の知能しか持たないとされている・・・・・妖魔たちが、示し合わせたような動きを見せるのが不思議なのだろう。


 さりとて、俺は今の状況を恐らくは他の誰よりも理解していた。


 隠密を投げ捨てた、目に見える形での陸上封鎖。 

 ――それは侵攻作戦が次の段階に移って初めて行わるものだ。


 網は閉じられた。

 こうなったら最後、何人たりとも網を抜けることは叶わない。これから攻めてくる妖魔の大群を、今村にいる人員だけで迎え撃たないといけなくなった。


「……まじ?」

 

 うっそだろ、おい。転生直後にいきなり大ピンチじゃねえか。

 せ、せめてもう少しくらい準備期間を用意してくれよっ。俺がいるかいないか程度しか、原作と変わってないじゃん、これぇ。


 このまま何もしなければ、間違いなくジエンド。

 そして多分、最悪を回避する手を打てるのは俺一人。


 あー、やりたくねえ。

 原作ストーリーと関係ない場所でのんびりしたいよ~。


 でも……やるしかないんだよなあ。


 後ろ向きになる思考を無理やり奮い立たせ、走り出す。

 目的地は、今回の過去編でキーパーソンとなる男がいる場所。


 侵攻計画の2段階目は置いておいて、その3段階目――最終局面では、妖魔勢力との全面戦争となる。その時、主人公たちのライバルとなる新四天王も攻めてくるのだ。現在の戦力ではどう考えても力不足だ。

 だからこそ、何とかしてもあの二人の力を借りなければいけなかった。



 ……。

 …………。



 そもそもの話、妖魔と人間の戦闘能力には圧倒的な開きがあるのだ。

 ただの人間が数十人と集まったところで、彼らにとっては何の障害にもならない。事実、今から大体4年後を描いたゲーム本編では、本気を出した妖魔たちによって幾つもの村が滅んでいた。


 そんな妖魔たちが今回七面倒くさい作戦を組み立てた理由。

 それはたった一人のキーパーソンを殺すためだった。


「……いた」


 ルルーナ村を見下ろせる位置にある、小高い丘の上。

 イチョウの花が咲き乱されるその場所で、彼は静かに座っていた。


 男の名前はディック・カローン。

 人魔大戦の英雄にして、その功績の大きさゆえに今も妖魔に命を狙われている元『剣聖』。

 人類勝利の象徴たる彼を殺すことで、彼らは反逆の狼煙を上げるつもりなのだ。


 ディックの視線の先にあるのは、一つの墓石。

 イリーナ・カローン。彼の妻が記された碑だ。

 英雄とは思えないほど見すぼらしい恰好をした彼は、虚ろな瞳でぼんやりとその文字を眺めていた。


「この村に危機が迫ってる。

 新たな妖魔四天王も出てきた。あなたの娘の命も危ない」


「……」


 俺の言葉にも、ディックは反応一つ返さない。

 というより動こうの意思すら伝わってこなくて、本当に生きているかすら怪しく感じられる。


 確か力を無理やり引き出した反動で廃人同然になったんだったか。

 なるほど。ここまでの酷いと諦めたくなるのも納得だ。

 ゲームの中での彼女の行動を思い返して、人知れず頷く。俺だってゲームの知識が無ければ、こんな無駄に思えることしないだろう。


 でも俺は知っているのだ。

 今も僅かに意識があって娘のために手を尽くしていることも、最後の最後で娘を逃がすために強力な妖魔に死力で立ち向かうことも、

 

「このままだとあなたの娘は悲惨な運命をたどる。

 それはあなたも望んでないはず。違う?」


「……」


「娘のためにも、今この瞬間に動くべき。

 もし少しでも遅れれば、あなたは死ぬことになる。これは確定事項」


「……」


「……(こちょこちょこちょ)」


「……」


 無言、無言、無言。

 

 うーん、人類皆弱点のくすぐり攻撃でも駄目か。

 てっきり娘の話をすれば反応してくれると思ったんだけど……どうしよ。彼女一人で何とかなる? でも戦力は多いに越したことはないよなあ。


「……あんた、なんでこんなところにいるの?」


 と、彼の脇腹から手を放したその時、背後から聞き覚えのある声が響く。

 赤髪を携える少女――リズ・カローン。ディックの一人娘にして、今回助けを求めるべきもう一人。


 彼女は形の良い眉を吊り上げ、持っていた花束を剣のように構える。


「やっぱりそいつ・・・の知り合いだったのね。

 また冒険者関連? それとも連邦の奴らがやり方を変えてきた? 

 ま、どうだっていいわ。さっさと帰りなさい。そいつはもう壊れちゃって、どうにもならないんだからっ」


「リズは……勘違いしてる。

 彼は壊れたわけじゃない。今もあなたのことを思ってる」


「ああ、そっちね。だから『そっとしておいてやれ』ってそういうんでしょ?

 でもねそうやって待ち続けて――もう6年よ。今さら信じるわけないじゃない」


 瞳に暗い光を灯し、歪に口角を上げる彼女。

 そこに見えるのは途方もなく深い諦観だった。


 そう、6年にも渡る歳月の中で彼女は父親に向ける感情を変化させてしまったのだ。期待から失望へ。尊敬から軽蔑へ。その全てが裏返ってしまった。

 父親の背中を追っていた彼女は、武の道から完全に足を洗った。

 見舞いや相談に来る関係者などの父親に関わる全てを煩わしく感じるようになった。


 子供時代の大半を、物言わぬ父親と共に過ごすのはどれだけの苦痛なのだろうか。

 俺には分からない。というか本来なら部外者の俺がひっかきまわしていい問題じゃあないんだろう。


 でも多分、俺――いや俺たちの生存にはリズの覚醒が必要不可欠なのだ。

 そのためには、何とかして彼女に専用武器の「火炎剣レーヴァテイン」を手に入れてもらうしかない。

 時間もないし、頑な彼女の心を動かすにはやっぱり物証が一番、だよな。原作でもそれで確信を持ったわけだし。


「疑うなら、彼の足元を掘りおこしてみるといい。

 彼はここでずっと自分の魔力を込めていた。地下に眠る魔導剣――あなたの母親の遺品たる「火炎剣レーヴァテイン」へと」


「っ」


 万を期して、現状を変えられる唯一のキーアイテムの存在を告げる。


 それがわかるのはリズ√の後半も後半。

 ルルーナ村を解放し、4年ぶりにこの場所に戻ってきた主人公たちが仲間の助けを借りてようやく気づくのだ。

 そうして呆然自失の状態でもディックがリズのために力を尽くしていたことを知り、「父と母の思いの結晶たる剣を握りしめ、涙を流すリズ」という作中屈指の名シーンへと繋がる。

 余韻も何もあったもんじゃないけど、こればっかりは許してくれい。原作者さん。


 寝耳に水だっただろう俺の言葉に、はっと息を呑むリズ。

 ――頼む、これで終わってくれっ。


「……なにそれ。馬鹿じゃないの?

 見ず知らずのあんたの言葉を信じて、お母さんの墓を暴けだって? よくそんなこと言えたわねっ。

 大体それが真実だとして――あんた、どこで知ったのよ?

 そいつは6年間ずっと木偶の坊だった。言葉を交わす時間なんてなかった。何をしていたかなんてわかるわけないっ。

 ほら、言ってみなさいよっ」


「っ……」


 はたして、返ってきたのは煮えたぎったような怒りの感情だった。

 

 な、なるほど。どうやって知ったの、と来たか。

 そりゃあ初対面の人間が訳知り顔でそんなことを話し出したら疑って当然だよな。


 ……も、勿論つつかれた場合の言い訳も考えてますとも。

 まさか何も考えてなかったなんて、そんなこと、あああるわけないじゃないですか……。


「夢の、中で?」


「……殺すわよ?」


 リズの冷え切った怒気に、心臓をぎゅっと鷲掴みにされる。

 俺と彼女の間には、マリアナ海溝より深い溝が出来たように感じられた。


 あ、あれ、これ、やっちまったパターンでは?

 ……り、リカバリーは明日に任せて、今日はもう次の手に進んだ方がいいかもしれないな。うん。


「また、来る。

 ……もし少しでも今の話が気になったら、「るるーなのさと」を訪ねるといい。わたしはそこに泊っている」


「誰があんたなんかっ。

 金輪際、ここに来るんじゃないわよっ」


 彼女からを視線をはずし、丘を降りる。


 明日の俺はちゃんと仲直りできるかな? 出来るといいなあ(絶望)。


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