4 包囲網



 アルーニャ連邦の西のはずれに位置するルルーナ村。

 その場所の存在が明らかになるのはリズ√の終盤。妖魔に占領された地域を奪還しようという話の流れで、他でもない彼女の口から語られたのだった。


 父親との確執、逃げてばかりだった弱い自分。そして妖魔側の卑劣な罠によって故郷のルルーナ村と父親を奪われたこと。

 決戦前日の夜、リズは涙ながらに自身の過去を吐露し、主人公に慰められる。

 最後に、夜空の元に体を寄り添って座る二人を一枚絵を映して場面暗転ブラックアウト

 普段はツンツンした彼女がその後はちょっとだけ態度を軟化させたりと、なかなかに物議をかます場面だったりしたけど……今は置いておく。


 重要なのは、ルルーナ村の滅亡が実に計画的に行われたことだ。


 彼女の話によれば、計画は概ね3つの段階に分けられていたらしい。

 その1段階目が、ルルーナ村の緩やかな陸上封鎖。

 村の周囲を妖魔たちで包囲し、出入りする馬車を襲わせるのだ。それも異変に気付かれないよう、徐々に頻度を増やす形で。

 この世界に馬車以外の通信・交通手段は存在しない。「あれ、明らかにおかしいぞ」と思ったが最後、食料の備蓄はおろか周囲との連絡も出来ない状況に、というわけだ。

 2段階目以降もこれまたえげつないやり方だったりするけど……村人たちの呑気な雰囲気を見るにそこまでは進んでなさそうだから、これも置いておく。


 恐らく今のルルーナ村は侵攻前か、1段階目途中の状態だろう。

 前者なら何の心配もいらない。護衛を雇ってさっさと村を出てしまえばいいのだ。

 だけどもし、計画が人知れず進行していて、その縄が何人たりとも通さないほど狭まっていたら――。


 ……そーいや俺がこの村にいるのも妖魔に襲われたからじゃなかったっけ?

 やばい、すごく嫌な予感がしてきた。


 激しくなってきた動悸に耐え切れず、足を止める。

 そうして一度大きく深呼吸をして、ゆっくりと歩き始めた。向かうのは引き続き「商人ギルド ルルーナ支部」。目的は勿論、村を出る方法を探るためだ。


 この世界において、ティナおれみたいな一般人が集落間を移動するには、ギルドを通じて自分で護衛を雇うか、別の商隊に声をかけて一緒に乗せてもらうかくらいしかないのだ。

 そして前者の方法は高額になりがちで、一般人には手が届かない場合が多い。

 その意味で両親の遺産がある俺は恵まれている方なのだろう。ただ今まさに妖魔に囲まれているかもしれない状況を思うと、ちっとも心は晴れなかった。


 はあ、せめて作中の事件が起こった正確な日付を教えてくれたらなあ。

 いやまあ、「あれは○○年〇月〇日の事だったわ……」とか急に話し出したら明らかにおかしいけれども。

 

 だとしたらギルドの受付とかに変なことが起こってないか聞いてみる?

 ま、それが無難だよなあ。計画の進行具合によって、雇う護衛の数とかも変わってくるし。


 とぼとぼと歩くこと数分。目的の建物につけば、何やら玄関の前で人だかりが出来ているのが見えた。

 大きな馬車の傍で話す数人の男性とギルドの職員さんたち。

 どうやら、隣町と定期的に行き来する商隊が今まさに出立しようとしてるらしい。


 おお、マジでナイスタイミングっ。

 離れるなら出来るだけ早い方がいいのだ。適当に情報収集して大丈夫そうだったら、乗り合わせちまおうかなっ。

 ……ぶっちゃけ、自分で手配するのも面倒だし。


 意気揚々と話しかけようとしたその瞬間、彼ら商隊のメンバーが二人しかいないことに気付いた。


「? ……護衛はこれだけ?」


「ん? そうだぞ。

 なに、もう戦争は終わったんだ。妖魔に襲われる心配なんてないさ。ま、人の方はどうだかわからんがな」

 

「おいおい、フロッグの旦那。

 俺たちの治安維持活動が頼りねえって言いてえのかい?」


「そりゃそうだろ。

 この前なんか巡回中なのに普通に飲み歩いてたじゃないか」


「おおっと。まさかバレていたとはなあ」


 朗らかに笑う商人の男とたった一人の護衛たる連邦兵。

 その笑顔に一切の陰りはなかった。横に立つギルドの職員も何も言わないところを見るに、彼らの間ではこれが日常らしい。


 ああ~、そうだった。

 「人魔大戦」の終結と、それに伴う妖魔被害の減少のせいで、この世界全体で楽観ムードが広がっていたんだったな。

 これ、聞いたところで、ロクな情報は得られない感じか……?


「……妖魔の被害が増えてないか、ですか?

 はあ、確かにここ最近は多いようですけど……ただの偶然だと思いますよ?」

 

 はたして、職員さんから返ってきたのは何の参考にもならない答えだった。

 ダメみたいですね。一番情報を握ってるはずのギルドさんがこれなら、そりゃあ妖魔勢力に付け込まれるわな。


 作戦変更。やっぱりさっさと村を出ることにしよう。

 そのためにもまずは――


「金ならある。もっと護衛を増やすべき」


 ――遺産が入った布袋を堂々に見せつける。

 お金の気配に、一斉に目の色を変える大人たち。

 へいへい。俺の金で妖魔の大群を退けられるだけの護衛を用意するんだ。もしそれが出来るならお前たちの馬車に乗ることを考えてやらんこともないぞ?

 

 ……はっ。やばい、何か今めちゃくちゃ調子乗ってた気がするっ。

 これが金の魔力か。こわっ。でも楽しいっ。


「そ、そう言われてもな、嬢ちゃん。

 俺たちはすぐにでも出発しないといけないんだ」


「だなあ。そもそも今ここに戦える人なんていないし……」


 動揺した様子でそう否定する二人と、その横でそわそわと体を揺らす職員さん。


 うーん、どうしようかなあ。

 まだ包囲が始まっていないことに賭けて、彼らについて行ってみる?

 定期運行している彼らの消息が途絶えれば流石に問題になるだろうし、少なくとも普通の馬車よりは襲われにくいはずだ。


 でも妖魔に襲われたらその瞬間に終わりなんだよなあ。彼らの命運は妖魔側の思惑一つで変わってしまうわけだ。

 他人に自分の命を預けるのはちょっとなあ……。 


 ま、とりあえず今は見送ろうかな。

 商人の彼が言っていたように、妖魔以外に襲われる可能性もあるのだ。

 ここで無理をして得になるのは今が本当に限界ギリギリな状況の時くらい。それ以外の場合では、お金と時間を掛けて移動した方が絶対に良いのだから。


「分かった。でも妖魔たちが村の周りに潜んでるかもだから、気を付けて。

 襲われたら荷物を捨てて全力で逃げるといい」


「おうよ。

 ま、そうならないよう祈っててくれや」


 雰囲気を和らげた商人の男たちが、馬車に乗って去っていく。


 よし、これで保険も掛けた。

 襲われないならそれでいいし、もし万が一襲われる事態になっても他の村に逃げ込んでさえくれれば、周りから援軍を呼んでくれるかもしれない。


 (あの二人は正直どうでもいいけど)俺のためにも生き残ってくれよっ。 

 


 ……。

 …………。



「……変わった子だったな。

 まさか俺たちのために金まで出そうとするとは」


 ルルーナ村を出て暫く進んだ街道にて。

 定期便を運行する商人のフロッグは、御者席の上で困惑を零した。

 

 彼の心にあるのは、村を出る時に声をかけてきた小さな少女の事。

 護衛の少なさを気にしたりと最初からフロッグたちのことを気にかけてくれた彼女。挙句の果てに、『金ならある』と身銭を切ってまで護衛を雇わせようとしたのだ。それもあの年の子供には似合ないほどの大金を、だ、


 勿論商人として生きる中で、誰かに良くされる機会は何度もあった。

 ただあくまでそれは見返りを求められての事だ。彼女のように底知れぬ優しさでは決してなかった。


 一体あの子は何者で、何が目的なんだ?


「今思い出したんだけどさ……多分あの子、両親を妖魔に殺された子だ。

 つい3日前、近くの街道で血まみれの状態で発見されて……」


「そういう、ことか」


 はたして、その答えの半分は護衛のニータからもたらされた。


 深いため息とともに、フロッグは視線を落とす。

 なるほど、それならあの態度も理解できる。きっと彼女は自分のようになってほしくなかったのだろう。だからこそフロッグたちを助けようとした、彼女が貯めた大切なお金を使ってまで。

 

 分かってみれば単純で――報われない話だ。

 

「……一応、普段よりは速度を落としていくぞ。

 お前は警戒を頼む」


「はいはい分かったよ。

 ……全く今日は野宿コースかあ。旦那がもうちっと早く出てくれたら今日中に着けたのによお」


「うるさいぞ、ニータ。

 元々は直前で荷物を増やすように言ったお前のせいじゃないか」


 手綱を強く引っ張り、馬の速度を落とす。

 口では不満を言いつつも指示に従うあたり、ニータもまたフロッグと同じ気持ちらしい。

 

「へあ……?」


 ――その時、周囲の空気が一変した。


 ニータが大きく瞳を見開き、荷台を引く馬がぶるりと体を震わせる。

 背筋を走る冷や汗に、フロッグもまた忙しなく視線を彷徨わせ――気付いた。気付いてしまった。

 

 街道傍の茂みの中で、無数の黒い影が蠢いていた。鋭い牙と獰猛な瞳を備えた影が、ずらりと雁首を揃えてこちらを睨みつけていた。


 ――妖魔の群れだ。それも百体は下らないほど巨大な。


「な、なんだよ、これっ。

 おかしいだろ、こんなのっ」


 ニータの震える声が、夕暮れの森に反響する。


 森全体がざわめていた。

 冷たい風がフロッグたちの頬を撫で、妖魔たちの気配がゆっくりと動き出す。


「逃げるぞ、ニータっ。

 どう考えても俺たちの手に負える相手じゃねえっ」


「だ、だが、馬車の速度じゃどう考えても――」


「全部置いて逃げるんだよっ。

 嬢ちゃんが忠告してくれただろっ」


 凍り付きそうになる足を無理やり引き剥がし、フロッグたちは走り出した。

 

 ――少女が待つ、ルルーナ村へと。


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