3 邂逅
「それでは……ティナ様。
商人ギルド一同、またのお越しをお待ちしております」
「ん」
その日の昼間。
綺麗なお辞儀をする職員さんに見送られながら、俺は「商人ギルド ルルーナ支部」を後にした。
フロージア大陸全土に支部が持ち、各地の商人たちの支援や監視を一手を担う民間団体。それが商人ギルドだ(因みにここも作中だと賄賂と腐敗まみれの利権団体だと描かれてたりする)。
そんな組織に足を運んだのは、彼らに任せていた両親の遺産相続の手続きが終わったとの連絡を受けたから。さりとて、原作でのティナちゃんに裕福というイメージはなかったし、あまり期待していなかったのが正直なところだった。
まさかそれがこんなことになるとはなあ、と彼らに貰った布袋を持ち上げる。
手数料など色々差し引かれ、最終的に俺に譲渡されたのは約600万G。職員さん曰く、向こう10年は遊んで暮らせるような大金らしい。何なら3分の1もあれば帝国への安全な脱出も可能とのことだ。
金策という割と大きな難問が、何もせずともあっさりと解決してしまった。
ティナちゃん、大勝利っ。
何だか横取りしてるみたいで申し訳ないけど、娘さんを幸せにするのでどうか許してくださいお父様、お母様っ。
……って、今の何か結婚の挨拶みたいじゃなかった?
うーん、違うんだよなあ。
俺は推しキャラとニャンニャンしたいんじゃないんだよっ。天井のシミになって推しキャラが幸せになる過程を見たいんだよっ。
あれ、そう考えるとティナちゃんの体を奪っている今の状況ってなかなかに罪深いのでは? ティナは訝しんだ。
……ま、いっか。とにかく今は自身の安全を優先しよう。時間が経ったら何か変わるかもしれないし。
「~♪」
鼻歌を口ずさみながら、ルルーナ村の大通りを歩く。
いやあ、この町ともこれでおさらばか。原作が始まるまでまだ時間があるみたいだし、折角なら色々寄り道しながら帝国に行くのもいいかもしれないな、うん。
とその時、どこかから甘い匂いが漂ってきた。
忘れるはずもない。日本で何度も嗅いだ、大好物の匂いである。
……そーいやこの
呆れ半分歓喜半分の気分で歩き、「喫茶るるーな」と書かれたその扉に入る。
先に広がったのは、日本の喫茶店さながらの店内だった。
メニューに至ってはアイスクリームやショートケーキが堂々と載っていたりと、ある種の開き直りすら感じられる。
史実警察さんに全力で喧嘩を売るその姿勢……個人的には凄く良いと思います。それのおかげでこうして趣味も楽しめるわけだし。
「これをお願い」
「はい、かしこまりました~。脇にずれて少々お待ちください」
当店自慢のオリジナルパフェとやらを注文して、スプーンで口に運ぶ。
どうやらチョコと苺をベースにしたオーソドックスなやつらしい。クリームが舌に触れた瞬間、チョコの含みがある甘さと苺の甘酸っぱい味が溶け出していく。
「ん~」
はあああ、やっぱりこれよこれっ。
向こうだと男子一人でカフェとかに入るのに結構な勇気が必要だったからなあ。気兼ねなくスイーツを堪能できる点ではこの体も悪くないかもしれない。
「……ごちそうさま」
速攻で空っぽになるパフェの容器。
もう一個頼もうとも思ったけれど、どうやらこの体はこれで限界のようだ。手を合わせ、何とはなしに店の外へと目を向ける。
時刻は昼過ぎ。ぽかぽかとした日差しが俺の体を包んだ。
……あ、まずい。安心したら何だか眠くなってきて――。
……。
…………。
「ねえったらっ」
可愛らしい声と共に呼び覚まされる意識。
最初に分かったのは、どうやら今が夕方近いらしいということだった。頭上にあったはずの太陽が既に傾きかけている。
やべっ。寝落ちしてた?
おいおい、お腹いっぱいになって寝ちゃうとか小学生かよ。あ、いや今はそれくらいの体になっているだっけか。
混乱する思考を隅に追いやり、ひとまずは起こしてくれた誰かにお礼を言おうとして――思わず息を呑んだ。
目の前に立つ少女に、どうしようないデジャブを覚えたのだ。
「……なによ、あたしは店で寝ちゃったあんたを起こしてあげただけよ?」
不機嫌そうにふんと鼻を鳴らす少女。
その体が動く度、彼女の真っ赤な長髪が燃えるように揺れる。
歳は12歳くらいだろうか、
「血の狂犬ちゃん」とファンの間で密かに呼ばれていた彼女の名前は――
「……リズ・カローンっ」
衝撃的な展開に、錆びついていた思考が一気に思考が回り出す。
「黎銘のフロージア」に登場するヒロインの一人、リズ・カローン。
アルーニャ連邦の兵士として主人公たちの前に現れ、妖魔の殲滅という叶わぬ夢を夢想する少女。
その強気な性格が災いしていまいち人気はなかったけれど、個別ルートでは故郷を妖魔に滅ぼされたという過去が分かったりして――。
……あれ、もしかしなくてもその村の名前ってルルーナ村じゃなかったっけ?
「っ。お代はこれで。それじゃ」
「ちょ、ちょっと――」
世界が反転したかのような恐怖に蝕まれ、店を飛び出す。
原作キャラの近く、それも滅亡が決まった村なんかにいられるかっ。
俺はさっさと帝国へ逃げさせてもらうぜっ。
……。
…………。
「どうしたの、リズちゃん?
またお客様に失礼なことしたの?」
「こ、今回は違うわよっ」
ティナが飛び出した後の店内にて。
先輩店員の揶揄うような言葉に、リズ・カローンは力強く頭を振る。流石の彼女も、今回ばかりは何か間違いをした覚えはなかった。
それよりもリズが気になるのは例の客の不可解な言動だった。
眠りから目を覚まし、何故か幽霊でも見たかのようにこちらを見て慌てて逃げだした少女。
それに思い返せば、あのセリフも変だ。
そもそもリズは生まれてこの方ずっとこの村で暮らしてきたのだ。村の外に知り合いなんていないし、父親みたいに大陸全土に知れ渡る有名人というわけでもない。
それなのに、初対面のはずの彼女は確かに言ったのだ。リズ・カローンと。
それも自分からは滅多に言わない、ファミリーネーム付きで。
まさか、あの子――。
思い至った仮説に、口の中に苦々しい味が広がっていく。
それは完璧無敗のリズをして唯一にして最大の欠点。誰にも触れてほしくない逆鱗の一つ。
もし万が一、
この村から絶対に叩き出してやるっ。
強い決意と共に、リズは空のパフェ用グラスを握りしめる。
パリンっ。
あ、やばっと思った時にはすでに遅かった。
リズの力に耐え切れず、根元からぽっきと折れるグラス。横にいた先輩店員が心底嬉しそうに手を叩いた。
「はーい、追加入りました~。
リズちゃん、これで今月10個目だよ? そろそろ力自慢はやめとこ?」
「っ……もうっ」
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