2 行動開始
さて、忌まわしき初手ゲロぶっぱ事件から早2日。
遺産相続の関係で近くの村に泊まることになった俺は、宿の一室の中でムムム、と唸っていた。
目の前に広がるのは、この2日間「朝になったら元の世界に戻ってたりしないかな~」と現実逃避しながらも必死に書き上げたノート。そこに纏められているのは当然
ティナ・ルターにとっては唯一の武器になるだろうそれをパラパラと捲り、情報を精査していく。
とある老舗ゲーム会社から発売されたCSゲーム「黎銘のフロージア」。
「王道の感動を君に」とのキャッチフレーズが掲げられたそれは、某アニメの記録的ヒットに便乗して作られた作品の一つだった。
舞台は人間と妖魔が暮らす、剣と魔法のファンタジー世界――フロージア。
しかも妖魔側の王――妖魔王は既に「妖魔大戦」時に人間たちの手によって倒されていて……という(どこか聞いたような)ストーリー。
とはいえ箱は同じでも中身は別物で、主人公たちの故郷が謎の集団によって焼かれたり、旅の途中で王族キャラが仲間になったり、と彼らが思う『THE王道』がたんまりと詰め込められていたゲームだった。
加えて主人公の性別が選択可能だったり、と今っぽい要素もうまく取り入れており、ユーザースコアも概ね高評価。発売後数週間は大手Y〇utuberがこぞって配信を始めたりとなかなかの盛り上がりを見せたものだ。パッケージ買いをした俺からしても、傑作と言える部類のゲームだった。
……惜しむらくはティナちゃんの扱いを(ry。
と、ゲームの概要としてはこんな感じ。
ただ残念ながらこれからが本題だ。「黎銘のフロージア」を語る上で欠かせないのは、ストーリーが進むにつれて明らかになる闇の部分。
実のところ本当にろくでもない勢力しかいないのだ。フロージアは。
ほとんどの国で当たり前のように汚職と腐敗が進んでおり、妖魔の人身売買に平気で手を貸していたり、人類同士で勝手にドンパチを始めたりとやりたい放題。そのせいで最終的にとある国以外の全ての国が滅ぶルートもあるくらいだから、そのグタグタっぷりも知れよう。
加えて言えば、『マーバー村の惨劇』――人魔大戦勃発の口実となった、妖魔によるマーバー村壊滅事件も人類側の自作自演だと判明したりする。
このせいで妖魔王の娘っ子が人類への復讐を誓ったり、マーバー村の生き残りが彼女に付き従ったり、逆に妖魔の殲滅を願うヒロインがいたり、と泥沼の憎しみのループへと突き進んでいくことになる。
……うん、どう考えても
人魔大戦自体はもう起こっちゃってるみたいだし……。
はあ、俺の異世界転生、世知辛すぎるって。
この体に原作者が知らない能力が隠されていたりしない? それとも転生特典でチートスキルが貰えてたり、ゲーム時代のアイテムが受け継がれていたりする?
仄かな期待を込めて、自身の可愛らしい体を見下ろす。
これはあれか、異世界転生者特有のお約束、やっておいた方がいいか……?
「ステータス、オープン」
若干の気恥ずかしさと共に発した魔法の呪文が、がらんとした部屋に反響する。
1秒,2秒。いつまで待っていても何の変化も起こらない。
はい、解散っ。閉店ガラガラ~。
てか、謎の力が目覚めていた所で、使い方が分からないと何の意味もないんよ。
裏技的な強化方法も思いつかないし、ここはまあ最弱前提で動いた方がいいだろうなあ。
となると、だ。
「……やっぱり帝国への亡命が一番?」
ノートを見ながら、作中最強とその国の名前を挙げる。
フロージアを牛耳る四大国の一角、ギラッド帝国。
大陸南西の山岳地帯に位置するその国は、簡単に言えば国力のほとんどを武力に注ぎ込む強大な軍事国家だ。国土内にまともな資源がないゆえに、大陸各地の他の国に兵士を派遣する傭兵業によって外貨を稼がざるを得ない貧しい国。
とはいえその鍛え上げられた戦闘能力だけは健在で、ひとたび軍隊となれば負け知らずだし、国が簡単に沈む「黎銘のフロージア」において唯一滅亡が描かれなかった国家でもある。
……というか帝国がやばかったら、世界がやばい。
その後はまあ帝国でビジネスでも何でも始めればいいか。ゲームの知識を使えば何とかなるだろう、多分。
見えた。ティナ・ルター、勝利の方程式っ。これで勝つるっ。
わりと簡単に出た答えに、思わずガッツポーズを掲げる。
はあ、やっぱり引きこもり戦術こそ至高なんだよなあ。そうと分かれば話は早い。早速亡命への準備を始めよう。
確か今俺がいるのはアルーニャ連邦のルルーナ村とかいう場所だったっけ?
そこからどうやったら帝国まで行けるんやろうなあ、と思考を回しながら外着に袖を通す。
……そういえば、ルルーナ村ってどこかで聞いたことがあるような……ま、気のせいか。数百万の村がある中で、ゲームに関わりがある村にピンポイントに転生するとか、あるわけないっしょ。
「……っ」
部屋の扉を開けると同時、正面の窓から入ってくる朝日。
その光のあまりの眩しさに、思わず目を細めて右手で日除けを作る。
おおぅ、そーいや外に出るのは久しぶりだったな。
それもこれも毎日三食美味しいご飯をちゃんと用意してくれるこの宿がいけないんだぞ、うん。
って、あ。鼻がこそばゆくなって――へくちっ。
……。
…………。
……はあ、今日もティナちゃんは部屋に籠っているのよ。
宿屋の二階、203と書かれた部屋の前にて、一人の少女が沈痛な面持ちで俯いていた。
彼女の名前はヴェロニカ・ホーレンス。宿屋「るるーなのさと」の新人従業員にして、元冒険者という一風変わった経歴を持つ少女である。
そんなヴェロニカの心配事は、2日前から203号室に泊まっている客――ティナ・ルターについてだった。
町はずれの街道で、両親の死骸に囲まれた状態で発見された彼女。
女将に「暫くはうちで引き取る」と言われ、その無表情な顔を見た時には既に彼女の精神は崩壊寸前のように思えた。
冒険家業の中で死別を繰り返してきたヴェロニカにとって、彼女の苦しみは嫌というほど理解できた。それを乗り越えるには周りのサポートが大事なことも。
ただ彼女の場合は今回の件で親族全員を亡くしてしまったらしい。しかも行商人として各地を旅してきたようで、決まった故郷もなかった。
つまりあんなに小さい(名簿によると10歳らしい)のに、見知らぬ地でひとりぼっちなってしまったのだ。
耐えられるはずもない。何もしなければ、きっと潰されてしまう。
そう思って女将さんに内緒で特別に食事を用意してあげたりして、でもなかなか外に出てくれなくて――
「なっ……」
――だからその扉が開いた時、ヴェロニカは時が止まったように感じられた。
大きな扉の隙間からゆっくりと顔に出し、すぐさま右手で顔を覆うティナ。
二日ぶりに見た彼女の顔は相変わらずの無感情で――いや、違う。まさに今、何かを堪えるようにくしゃりと歪めていた。
やがて、ヴェロニカに気付いた彼女が表情を引き締めて会釈をしてきた。
そして足早にヴェロニカの横を通り抜けようとしてくる。まるで見られたくないところを見られてしまったかのように。
「あのっ」
「?」
そんな健気な姿に、ヴェロニカはつい呼び止めてしまった。
不思議そうに瞬くティナの瞳。それに気押されつつも、ヴェロニカは必死に何と声をかけるべきか、と思考を巡らせる。
「……今日のご飯はどうするかしら?
もし良かったら、また私が作らせてもらうのよ」
「ん、今日は大丈夫。
……もしかして今までのご飯、全部あなたが?」
はたして、口から出たのはそんな業務連絡だった。
とはいえこれもまた大事な仕事だ。もしかして口に合わなかっただろうかと不安に思いながらも、ヴェロニカは頷く。
「そう。いつもありがと。おいしかった。
むしろ毎日食べたいくらい」
「っ」
ほんのりと口角を上げ、微笑するティナ。
うう、ティナちゃんは本当に良い子なのよ。そんなお世辞を言ってくるなんて。
両親が作ってくれたご飯の味を、忘れたくてもまだ忘れられないはずなのに……。
胸の奥から溢れそうになるものがあって、ヴェロニカは天井を見上げる。同時に、今まで感じたことがないほど巨大な何かが心の中で暴れ回っていた。
――最も、当の本人のティナは(何かこの人、急に話しかけてきてそのまま泣き始めたよ。こわ……)と目を白黒させていたけれど。
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