第91話 大騒動勃発
騒動の報せが出回るのは想像以上に早かった。
俺たちが冒険者ギルドに到着した頃にはすでにボルガル山が噴火したことが報告されていたのだ。
「彼奴、想像以上に早く動いておるにゃ……」
イオリは困ったように頰を掻いた。
事情を知らないカノンとリオさんは事態を飲み込めずに困惑している。
「あの、何が起こってるんでしょうか?」
「只事ではなさそうだが」
「バーニングドラゴンが動き出したんだ。その影響でボルガル山が噴火した」
ドラゴンはただ動くだけでも人間に危害を及ぼしかねない強大な存在だ。
ましてや普段は火山の中にいるはずのバーニングドラゴンが地上に出てきたのが観測されたとなればそれはもう一大事なのだ。
ドラゴンの出現にカノンとリオさんは狼狽えるような素振りを見せた。
二人はドラゴンがどれほど強大なものであるかというのを守られるもの目線で知っているのだろう。
この場合はむしろドラゴンと真っ向勝負ができた俺の方が異常だと思っていいかもしれない。
「イオリちゃん、どうにか止めることはできませんか?」
「いや、今回は止めんほうが人間にとってはよい」
カノンはイオリに嘆願するがイオリはそれを真っ向から突っぱねた。
彼女と俺は事情を知っているが他の二人はその限りではない。
ここは俺がフォローを入れた方がいいだろう。
「……というわけだ」
「なるほど。でも周りの人がそれで納得してくれますかね?」
カノンはバーニングドラゴンが地上に出てきた理由に納得しつつも止めずにおくことを他の人たちが理解できるかどうかに懸念を示している。
それについては俺も同感だ。
なにせここにいる人間のほとんどはドラゴンのことなんてほぼ何も知らないのだから。
イオリの正体がドラゴンであることを明かせば説明がつくのだがそんなことできるはずがない。
そもそも幼女にしか見えないイオリの正体がドラゴンだなんて周りからすれば俺の正体がSランク冒険者のクロムだってこと以上に信じられないだろう。
「おはよー、なんだか朝から騒がしいな」
ハルトちゃんとループスさんが合流してきた。
彼女たちは今回の一件の経緯を知っているし、なんなら直接関わってもいるから説明するまでもない。
「どうするんだ?ここにいる人間たちはバーニングドラゴンとかいうのと戦う気でいるようだが」
ループスさんは俺に案があるかどうかを尋ねてきた。
バーニングドラゴンが人間と衝突を起こすことなく目的地まで向かう方法か……
「成功するかどうかはわからないけど、手はある」
一応俺も無策というわけではない。
成功するかどうかはかなり賭けだが……
というわけで俺は木漏れ日の森の少し奥へとやってきた。
場所を変えたのは今回実行しようとしている手は他人に見られるとかなりマズいからだ。
バーニングドラゴンが出たという事件が起こっていることもあり、森の中には他の人間は誰一人としていない。
「こんなところで何をするんですか?」
「まあ見ててくれ」
俺は周囲にそう前置きをしたうえで首にかけていたペンダントを外した。
ペンダントには深緑色の宝石が付いている。
周囲にはオシャレなお守りだと言って通しているがこれにはある秘密がある。
俺はペンダントの紐を握り、頭上に掲げると円を描くようにそれを振り回した。
宝石は空を切り、甲高い特殊な音を鳴らす。
「あの、何をしてるんですか?」
「もうじきわかる」
このペンダントはお守りということにしているがその正体はドラゴン種の一体でもあるストームドラゴンから貰い受けたものだ。
これを鳴らせばストームドラゴンは俺の元に駆けつけてくれると言っていた。
それを信じていいのであればここにやってくるはずだ。
ものの数分後、森に強い風が吹いた。
一瞬目を明けられなくなるほどの強い風に晒され、閉じた目を開けたときには俺たちの前には一体の巨大なドラゴンが降り立っていた。
「ド、ドラゴン!?」
「これはどういうことだ!?」
「すっげー……」
「こんな生き物は初めて見るな……」
カノンとリオさんは突如として現れたドラゴンに動揺していた。
ハルトちゃんとループスさんは初めて見るドラゴンの姿に目を輝かせている。
これこそが俺の秘策、ストームドラゴンだ。
以前出会ったときは人間の姿をしていたからドラゴンの姿を見るのは俺も初めてだ。
ストームドラゴンは俺たちの見下ろし、俺とイオリの姿を発見するなりドラゴンから人間の姿へと変化した。
よかった、俺たちのことを覚えていてくれたみたいだ。
「やあ、クロナくん。我のことを呼んでくれたんだねぇ」
ストームドラゴンの人間態、ランは間延びした口調で俺に話しかけてきた。
どういうわけか彼は俺のことを気に入っているような素振りを見せている。
「ラン、いきなりですまないが頼みがある。君にしか頼めないんだ」
「我を頼ってくれるんて嬉しいなぁ。で、頼みってなぁに?」
「バーニングドラゴンに人間の姿を取るように説得してほしい」
俺はランに直球に頼み込んだ。
ドラゴンが人間にとって脅威になるのはその巨体と風貌故だ。
つまりドラゴン側に人間の姿をとってもらえば衝突を起こすのを避けられるはずなのだ。
人間である俺たちが訴えかけても耳を貸すことはないだろうし、人間に対して友好的なドラゴンであるランが最も適任だ。
「なるほどねぇ。人間にしては知恵を絞ってるねぇ」
「頼む。引き受けてはくれないか?」
俺は頭を下げてランにより深く頼み込んだ。
これでダメなら諦めるしかない。
「うーん……いいよぉ。友達からの頼みだからねぇ」
ランは少し考えこんでから承諾してくれた。
よかった、これである程度は希望を見出せるぞ。
「こういう時、人間たちは『善は急げ』って言うんだよねぇ。それじゃあ行くよぉ」
ランは再びドラゴンの姿へと戻ると風を集めだした。
これはストームドラゴンが空を飛ぶ際にとる行動だ。
「行くってどこへ?」
「バーニングドラゴンくんのいるところだよぉ。君たちも連れていくからぁ、ちゃんと我の身体にしがみついててねぇ」
ランは俺たちを摘まんで足元や背中に放り込むと風を起こして宙に浮かび上がった。
人間にとって友好的とはいってもやはり根はドラゴンか、振り落とされる可能性をこれっぽっちも考慮していない。
こうして俺たちはストームドラゴンに連れられ、落下死の恐怖と戦いながらバーニングドラゴンの元へと向かうことになったのであった。
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