第92話 邂逅、バーニングドラゴン
ストームドラゴンに半ば強引に連れだされ、俺たちがやってきたのはボルガル山へと続く道から外れた荒地であった。
「ハァ……ハァ……殺されるかと思った……」
ようやく地上に降ろしてもらえた俺たちはすでに激しく息を切らしていた。
ストームドラゴンの飛行はどんな乗り物よりも早かったが乗せているのが自分たちより数段弱い人間であるということをまるで考慮していない。
しかし俺たちが生き絶え絶えになっていた矢先、本命がその視線の先にあった。
『あれが今回の本命、バーニングドラゴンくんだよぉ』
ストームドラゴンはドラゴンの姿のまま俺たちに語り掛けてきた。
眼前には赤黒い鎧のような甲殻に身を包み、口からはすさまじい熱気のこもった息を吐いている重厚な外観の巨大なドラゴンが一体。
間違いない、今俺たちの目の前にいるこれこそがバーニングドラゴンだ。
バーニングドラゴンは足を止め、俺たちをじっと睨みつける。
まだ敵意はないにしてもすごい眼光だ。
並みの冒険者ならこれだけで背中を向けて全力で逃げてしまいそうだ。
ストームドラゴンはランの姿に変化すると言葉を発してバーニングドラゴンと意思の疎通を図った。
きっと俺たち人間にも話していることを伝えるための配慮なのだろう。
「バーニングドラゴンくん。君に伝えたいことがあってねぇ、このままだと君はこの世界に非ざるものにたどり着く前にぃ、人間たちとぶつかることになるんだよねぇ。そこでぇ、衝突を避けるためにもぉ君に人間の姿を取ってもらいたいんだぁ」
ランはバーニングドラゴンに要件を伝えた。
本来なら遠く離れた場所からでも会話ができるはずのドラゴン同士が同じ場所に居合わせることで説得力を演出してくれている。
「余もストームドリャゴンと同じ意見じゃ。人間と衝突して余計な時間と力を使いたくはにゃかろう」
ランに続いてイオリもバーニングドラゴンに訴えかけた。
戦いに赴くために地上に出てきたのに地上で人間に足止めを食らうのはあちらとしても避けたいはずだ。
「えぇー、誰の入れ知恵かってぇ?」
ランはそう言うとおもむろに俺をバーニングドラゴンの前に突き出した。
ひえええええええ!
確かに提案したのは俺だけどそんなにあっさり言わなくてもいいじゃんかよぉ!
「クロナちゃん!?」
「クロナ!?」
「行くにゃ。消し炭にされるぞ」
カノンたちにイオリが制止をかけた。
相手はドラゴン、真正面からぶつかって彼女たちが勝てる相手ではない。
これだけ距離が詰まっていたら俺でも無理だ。
『貴様か。ブレードドラゴンとストームドラゴンにこんなことを吹き込んだのは』
バーニングドラゴンは俺だけに語りかけてきた。
ものすごい圧力だ。
ドラゴンと真正面から向かい合うのは怖くて膝が震えるがここは臆したら負けだ。
俺は意を決してバーニングドラゴンの目を見つめ返した。
「ああ、二体のドラゴンに人間として考えを吹き込んだのは俺だ」
『ストームドラゴンから話には聞いている。なぜ人間の分際で我らに頼みなどをしようとする』
「人間とドラゴン、両方を守るためだ」
俺はバーニングドラゴンに正直な意見を伝えることにした。
イオリとランがフォローに入ってくれるだろうけど、これでダメならもう諦めるしかない。
「俺たち人間はドラゴンに比べたらずっとずーっと軟弱だ。俺も、ここにいる他の奴らもな。弱いからそれを数や知恵で補っている。そんな人間たちが暮らす場所に大きくて強いドラゴンが入ろうとすれば、人間たちは住処を守るために数と知恵を使って全力で追い返そうとする。力でどうにでもできるだろうけど、そうすれば人間もドラゴンもお互いに時間と体力を奪われる」
ドラゴンは人間にとっては生きた災害にも等しい扱いを受けている。
生活にも関わるような危害を及ぼす相手ならどんな手を使ってでも防ごうとするのが人間であり、ドラゴン相手ならその方法が『立ち向かう』ことなのだ。
「人間がドラゴン相手でも立ち向かおうとするのは『ドラゴンが大きくて強い存在』ってことを覚えているからだ。なら、逆にドラゴンの姿さえ見せなければ余計な戦いをしなくて済む」
人間というのはとても単純な生き物だ。
身体が大きなドラゴンは脅威とみなすが同じ人間の姿をしていれば途端に警戒心をなくす。
今のイオリが人間として馴染んでいることからそれは証明できる。
「人間を代表して頼む、お互いに誰も得しない戦いは避けたいんだ」
「ここは譲ってやってはくれぬか。人間を侮って痛い目を見た同族の余かりゃの頼みじゃ」
イオリは俺と並ぶように立ってバーニングドラゴンに嘆願する。
彼女はかつて人間を嫌い、人間を侮った結果人間に敗北を喫したドラゴンの先人だ。
バーニングドラゴンに同じ目に遭わせたくないという同族としての忠告も兼ねているのだろう。
「頼まれてくれないかなぁ。ここはぁ、人間に一つ威厳を見せるつもりでぇ」
ランは最後の一押しをかけてくれた。
それを受け、バーニングドラゴンはついに折れたように一歩下がった。
するとバーニングドラゴンの身体は赤い光に包まれ、人間のような形へと変わっていく。
『同族二体からの頼みだ、特別に受け入れてやる』
人間の姿を取ったバーニングドラゴンは表情を微動だにさせずに俺たちの頭の中に声を響かせたのであった。
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