第84話 カワイイが物足りない

 「ただいまー」

 「おかえりクロナちゃん。元気そうで何よりだよ。あの二人に変なことはされなかったかい?」


 一日ぶりにレミのところへと帰ると、レミはまるで我が子が帰ってきたかのように俺を出迎えてきた。

 この前の遠征帰りの時といい、一日顔を見せなかっただけでこの心配ぶりだ。


 「失礼だなぁ。あの子たちはそんなことをするような人じゃないよ」


 俺はレミの心配を一蹴した。

 ハルトちゃんとループスさんは基本的にはいい子たちだ。

 そんなことを心配するようなことはない。

 

 「ところでクロナちゃん、今日の夕食はまだかな?」

 「はいはい。作るから白衣脱いでこい」


 レミに夕食をせがまれた俺は淡々とそれを流す。

 このやり取りをしているとここにいるということを実感するな。

 

 「イオリはもう帰ってきてる?」

 「もちろんだとも」

 「イオリー、夕食作るから手伝えー」


 俺は先に帰ってきていたイオリを呼びつけた。

 人間のことを知り始めた当初は嫌がっていたが最近は文句を言いつつも手伝ってはくれるようになった。

 でもレミの様子を見るに一人ではやらないようだ。


 そんなこんなで夕食を作り、いつものように三人での夕食となった。

 レミの身体にこびりついた薬品の臭いが気になるところだが今回はまあよしとするか。


 「なあレミ、俺って女の子っぽさが足りないと思うか?」

 「どうしたんだいいきなり」

 「ハルトちゃんに言われたんだよ。『クロナには女の子らしい可愛さが足りない』って」


 俺はついさっきハルトちゃんに言われたことが気がかりになっていた。

 あの子を模倣することなんてできないとはわかっているがそれでも……


 「んー、私としても思うところはあるよ。君には女の子らしさをいろいろ教えてきたつもりだけど、やっぱり肝心なところで男を捨てきれていないって感じだね」


 レミは俺について思っていたことを正直に伝えてきた。

 やっぱりそうだったか。

 ハルトちゃんの指摘と全く同じ『男を捨てきれていない』ことが女の子っぽさを出しきれない要因だと考えているようだ。


 「しかし、クロナちゃんがそんなことを考えるとはねえ」

 「勘違いするな。真正面から言われたからちょっと思うところがあるってだけだ」


 レミはニヤニヤしている。

 決して女の子っぽくなりたいとかそういう願望があるわけじゃない。

 ただどうすれば女の子っぽく見せられるか、その方法が知りたいというだけだ。


 「確かに、あの子はクロナちゃんと同じ元男とは思えないぐらいに女の子ぶれているねぇ」

 「昔何かあって男であることを捨てられたって言ってたけど、何があったのかは教えてくれなくてさ」


 ハルトちゃんは『何か』があったことで男であることを捨てられたといっていた。

 それは逆を言えばハルトちゃんですらきっかけがなければ女の子になりきることはできなかったということだ。

 そのきっかけが掴めれば俺もより女の子っぽくできるはずなんだが、それがわからない。


 「クロニャにとって女子っぽさとはにゃんじゃ?」


 さっきまで話題に置き去りにされていたイオリが唐突に口を開いた。

 ただ漠然と女の子っぽさについて考えていたが具体的にはどんなものなのか、俺にはそれが見つかっていなかった。


 「うーん……カワイイとか?」

 

 俺にとって一番近い女の子らしさはたぶん『カワイイ』だろう。

 俺はイオリやハルトちゃんほど容姿が幼くないから子供っぽい振る舞いは似合わないし、かといってループスさんほどスタイルがいいわけではないから大人っぽさも足りない。

 所謂成長途上の姿をしているのだ。


 「そうかわかったぞ。クロナちゃんには『女の子っぽさを褒めてくれる人間』が足りないんだ」


 レミは俺の一言から足りないものを導き出したようだった。

 確かに俺の周囲には俺のことをカワイイと言ってくる人間が少ない。

 それこそレミとカノン、服屋の店員ぐらいのものだ。


 「理由が分かれば話は早い。今度カノンちゃんと一緒にお出かけしてくるといい。あの子と一緒に女の子らしい『カワイイ』をもう一度学び直すんだ」


 レミは俺の両肩に手を置きながらそう言い放ってきた。

 別にそれを今すぐ求めているわけじゃないんだけど、ここで否定すると話がややこしくなりそうだなぁ。


 

 ふとしたきっかけから俺はなぜ自分が女の子の姿を得たのか、その理由ともう一度向き合うことになったのであった。

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