第6話 トイレと夕食

 「うっ……」


 研究室に戻る途中、俺は下半身に変な感覚を覚えた。

 これはもしかして……尿意か。

 ヤバい、自覚した瞬間にめっちゃしたくなってきたかも。


 「どうかしたのかい」

 「トイレ行きたい……」

 「それは大変だ。どうして事前に済ませておかなかったんだ」

 「まだ大丈夫だと思ってたんだよ」


 正直な話研究室を出る直前ぐらいから多少催してはいた。

 でもその時は帰ってこれば済ませればいいかぐらいに思っていたのだ。

 

 「女の子ってこんなに我慢が辛いのか……?」

 「そもそもそんなに我慢できないよ。耐えられるのは催してからせいぜい一時間ちょっとだろう」


 マジか!?

 それが本当ならもう時間がないじゃないか。

 初日でいきなりお漏らしなんてしたくないぞ。


 「もうすぐ私の研究室だ。それまで耐えてくれよ」

 「言われなくても……そうするっ……」


 幸いにも研究室までの距離は近い。

 ここまでならなんとか耐えられるかも、いや耐えてみせる。


 「気を抜くなよ。ちょっとでも力が緩むと漏れるぞ」 

 「女の子ってそんなに我慢しにくいのかよ」


 研究室まであと一歩というところでレミは俺に忠告を発してきた。

 まるで経験があるかのような……

 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。


 「さあ着いたぞ。急いでいきたまえ」


 レミは研究室への到着を告げると俺は荷物を放り出して一目散にトイレに駆けた。

 助かった、これで漏らさずに済むぞ。


 トイレに駆けこみ、咄嗟にパンツを下ろしたところでとんでもないことに気がついた。

 アレがないのだ。

 女の子ってアレなしでどうやって用を足してるんだ!?

 前に出せないから立ってするのはまず無理だ!

 と、とりあえず便座に腰を下ろして……

 咄嗟の判断を実行完了したところで俺の尿意は限界を超えて決壊を迎えた。


 「あぁー……ふぅ」


 俺の下半身に溜まっていたものが音を立てて勢いよく噴出する。

 危なかった、あと数秒遅かったら漏らしていたかもしれない……

 

 ひとまず危機を乗り越えたところで俺はまじまじと自分の下半身を見た。

 二十数年人生を共にしていたはずのものがやはりきれいさっぱり無くなっている。

 男から女の子になったんだから当然といえば当然だが、改めて見ると喪失感がすごい。


 「ちゃんと用を足せたかい?」

 「まあ、おかげでな」

 「こんなことになる前に、催したのを自覚したら早めに済ませておくんだね」

 

 まさかこんな形で女の子の身体のことを一つ勉強することになるとは……

 いい教訓になったよ。


 さて、気を取り直して料理をするぞ。

 献立はとりあえず野菜スープ一品だ。

 本当はもっと作りたいが今の身体で普段の量を食べきれるかが怪しいからいったん様子を見よう。


 「道具の場所を教えてくれ」

 「道具といってもいろいろあるがどれを望んでいるのかな?」

 「とりあえず包丁、まな板、鍋、あと器」

 

 食器と調理道具を要求するとレミは研究室をゴソゴソと漁り、それっぽいものを提供してきた。

 野菜を切るには明らかに刃渡りが足りないナイフ、どう見てもまな板ではないなにか、そして食器用にしか見えない小鍋、スープの器としては明らかに小さいマグカップ。

 どれもこれも料理に使うためとは思えないようなものばかりだ。


 「お前まともに料理させる気あるのかよ……」

 「そんなこと言われてもねぇ。普段私がやらないことのためにいきなり道具を用意しろと言われてもこれが限界だよ」


 そういうことか。

 レミには俺の要望に応えようという心意気があってもそれを実現するに値する常識が致命的に足りていない。

 ないものねだりをしたところでどうにもならないな。

 調理道具は日を改めて調達することにしよう。


 「台所はないのか?」

 「研究室なら火も水も使い放題だが?」

 「お前なぁ……」


 今までレミが生きてこられた理由がマジでわからなくなってきた。

 俺がついていないと生物としてどこまでも堕落していくんじゃなかろうか。


 野菜の皮をむいて刻み、芋を湯がいて灰汁を抜き、スープの素を鍋に入れて味を見る。

 まともじゃない道具を使って料理をするうえに前よりも手が小さくなっているせいで思っているほどスムーズに進まない。

 そんな俺が料理をしている様子をレミはぼんやりと眺めていた。


 「ずいぶんと手間をかけるんだねぇ」

 「お前が薬を作る作業と似たようなもんだろ」

 「ふーん。そんなものなのかね」


 レミは首をかしげている。

 もしかして自分で料理をしたことがないのかコイツは。

 俺から言わせてもらえば俺がこの料理を作るのとレミが薬を作るのは手間としては大差ないように思えるんだが。


 鍋に具材を放り込み、煮込むこと数分。

 ほどよく具材がふやけて柔らかくなってきたところで匙を取り、味を確かめる。


 「つまみ食いかい?」

 「味見だよ。せっかく作っても食べられなかったら意味ないだろう」


 味見を知らないのか。

 コイツマジで料理したことないんだな。


 それはともかく、味はこれで問題ないだろう。

 あとはこれを食器に移し替えるだけだ。

 道具が足りなすぎるせいで小鍋からマグカップに移すのが難しすぎる。


 「ほらできたぞ」

 「思ったよりも早かったねぇ」


 俺がスープの入ったマグカップを持っていくとレミは興味津々にそれを覗き込んできた。

 まさか錬金術師の研究室を食卓として使うことになるとは思わなかったな。


 「固形物を食べるのは久々だなぁ。よもや友人の手料理になるとは」

 「いいから黙って食え」


 俺はレミの口を喋りではなく食事に費やすように催促した。

 するとレミは実験道具をフォーク代わりにして野菜を口へと運ぶ。


 俺に緊張が走った。

 これまでずっと薬剤以外の接種をしていないレミが固形食に拒絶反応を示したりしたら……


 「ふむ。ずいぶんと柔らかく煮込んでいるじゃないか」

 「急に固いもの食わせたら戻しちゃうかもって思ってさ」

 「私を赤ちゃんか何かだと思っているのかな?」


 似たようなものだろ。

 レミは錬金術師としては優秀な人物かもしれないが私生活については壊滅的、赤ちゃんも同然だ。

 前々から不安になることはあったがこれは俺が面倒を見ないといつか本当にダメになりそうだ。


 「で、味はどうなんだ?」

 「栄養剤以外の味を感じるのは久々だ。君がいてくれればいろいろいい思いができそうだ」


 とりあえず口に合っていたようでなによりだ。

 すでにお前は俺に一服盛って女にするっていう目的を果たした時点でいい思いしまくってるだろうがという突っ込みはさておき。


 

 「固形物を食べるのも悪くないな。これから君が私の食事係をしておくれよ」

 「食費を全額お前が出してくれるなら考えてやる」


 他愛もない会話を交わしながら俺とレミは二人で夕食を取るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る