第5話 クロナちゃんと保護者

 レミの食生活には心底呆れた。

 まさか日常的に薬剤の摂取だけで済ませていたとは。

 これは俺が普通の人間の世界に引き戻すしかない。


 「待ちたまえよ」


 商店街を歩いていると、レミが慌てた様子で追いかけてきた。

 なんだ、今更やめろと言われても聞かないぞ。


 「なんだよそんな急に出てきて」

 「今の君が一人で出かけるのは危険だ」

 

 急に保護者ムーブをかましてきやがった。

 危険は流石に言い過ぎだろう。


 「心配するなって。そんな変な奴いないからさ」

 「そうは言ってもね。まだ女の子としての勝手がわかっていない君を一人で外に出すわけにはいかないのだよ」


 コイツは母親……なのか?

 まあいいや、せっかくだからコイツのリクエストを聞いたうえで作るものを決めよう。


 「女一人で出かけるのってそんなに危ないのか?」

 「そりゃあもう。私は周囲では顔の知れた錬金術師だからそんな心配はないが、君はそうではない。私は君の正体を知っているが、他の人間からしたら君はただのか弱い女の子に過ぎないのだよ」


 レミは女一人で出かけることのリスクを俺に説いてきた。 

 うへぇ、女の子って常にそんな風に見られてるのか。


 「だが安心したまえ。私が傍についていればそんなことは起こらない」


 まるで絵にかいたような保護者面だ。

 子供扱いされているようでなんだか腹立たしいが確かに今の俺は女の子だ。

 レミに近くにいてもらった方が都合がいいのは事実かもしれない。


 「夕食ぐらいはお前にも普通に食ってもらうぞ。何が食べたい」

 「なんでも構わないよ。強いて言うなら喉を通る物かな」


 健康体のくせに病み上がりみたいなこと言うな。

 錠剤以外の固形物をずっと口にしていないだろうし、そのチョイスは当然と言えば当然だけど。


 「じゃあ野菜スープにするぞ」

 「それで頼むよ」

 「味付けはどんなのがいい?」

 「薬と違う味を所望する」


 つまりのところなんでもいいってことだな。

 というかあんな味再現しようと思ってもできんわ。

 

 俺はレミを連れて行きつけの青果店に足を運んだ。

 青果店の店員はレミが現れたことに驚いている。

 

 「レミさん!?どうしてここに!?」

 「最近雇った助手が料理を振舞ってくれるというのでね。私は買い出しの付き添いさ」

 「へぇー、君が助手?」

 「えっ。ああ、はい。クロナっていいます」


 店員は初めて見る俺の顔を覗き込んできた。

 元々顔見知りなのに初対面のように振舞うのはなんだかもどかしい。


 「クロナちゃんかぁ。クロムさんと名前似てるけど、もしかして知り合いだったりする?」

 「えっ!?そんな人がいるんですかぁ?」


 俺の名前を出されてつい素が出そうになってしまった。

 隣ではレミが気まずそうに視線を逸らして明後日の方向を見ている。

 なんでお前の方が動揺してるんだよ。


 「クロムさんっていうすごい冒険者がいてね。他の冒険者たちが束になっても敵わなかったモンスターもたった一人で倒しちゃうような凄腕の魔術師なんだ。たまにうちに買い物に来てくれるよ」


 店員は嬉々としながら俺のことを語る。

 やっぱり『孤高のクロム』の評価が独り歩きしているんだな。 

 本当は望んでソロ専門になったわけじゃないんだけど周りからはそういう風に見られているみたいだ。

 あと話に水を差すようで悪いがそのクロムはもうしばらくここには来ないぞ。


 「スープに合う野菜を買いに来たんだけど、できれば味をまろやかにできる奴がいいな」

 「それならこれとかどうかな」


 俺が欲しいものをリクエストすると店員は気前よくそれに答えてオススメを紹介してくれた。

 葉野菜に根菜、芋類まで様々だ。

 刺激が弱いものを選ぶなら葉野菜や芋がいいだろう。

 あとはスープの素を買えば素材は十分だ。


 「これとこれとこれと……あと、これください」

 「いいよぉ。クロナちゃんは小さいのにしっかりしてるねぇ」


 そりゃあ十年近く自炊してたからな。

 見た目が幼くなると同じことをしてもこんなに評価が変わるのか。


 「レミさん。あんまりクロナちゃんを扱き使っちゃダメですよ」

 「いやぁ、かたじけない。これじゃどっちが面倒を見ているのだか」


 まったくだ。

 自覚があるならもうちょっと人間らしい生活をしろ。


 青果店でまあまあな量の食料を買い込んだ。

 俺一人では持ちきることができず、レミの両腕を塞いで持ち帰ることとなった。


 「随分な量を買ったね。一日でこれ全部食べるのかい?」

 「そんなわけないだろう。数日分の食料を買いだめしたんだよ」


 そんなのでよく今まで生きてこられたなこの錬金術師。

 薬剤調合のスキルがなかったらとっくにくたばってただろ。


 「ところで。クロナちゃんは青果店の店員とは普通に話ができていたが本当に会話が苦手なのか?」

 「元々顔見知りだから大丈夫だっただけだ。初対面が相手だとダメっていうだけで」


 レミとのやり取りで俺はとあることに気がついた。

 俺が普通に会話できる数少ない人間はそのほとんどが商店街の人間だ。

 クロムからクロナになったことでその関係もリセットされてしまったのだ。


 俺は確かに人と話すのが苦手だがある程度顔見知りの人間であれば人並みに話はできる。

 ただ初対面の人間との会話が苦手なのだ。

 

 「これからは私以外の人間すべてが初対面のようなものだろう。これを機に苦手を克服していこうではないか」

 「うん。まぁ、そのつもりだけど……」


 私利私欲が混在しているとはいえ、今の身体はレミが俺のために作ってくれたものだ。

 レミは冒険者じゃないし、俺がもう一度冒険者になればその間はレミに頼れなくなる。

 俺の夢を叶えるためにはそこから先は俺自身の力でどうにかしないといけない。



 「ずいぶんとしおらしいじゃないか。もう女の子っぽさが身についてきたのかな?」

 「う、うるさい!」


 俺はニヤニヤしたレミにおちょくられながら帰り道を歩むのであった。

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