第4話 錬金術師レミ
レミと服屋の店員にめちゃくちゃに回されて着せ替え人形にされた後、俺は替えの下着数着と外用の服を数パターン購入して服屋を出た。
紙袋何個分にもなる服は今の俺にはかなり重たく感じられる。
「レミ……少し持って……」
「なんだい。随分と力がないんだな」
誰のせいでこうなったと思ってるんだ。
男のままならこれぐらいたぶん普通に持てたわ。
結局レミに半分ほど持ってもらうことになった。
おぉ、我ながらなんと非力……
「なあ、俺がこの姿になった本来の目的覚えてるよな?」
「もちろん覚えているとも。えーっと……なんだったか」
コイツ本気で言ってるのか。
いくらなんでも悪ふざけにもほどがあるだろう。
「新しく冒険者としてやり直すことだろうが!」
「ああー、そうだった。でもちょっと待ってもらっていいかな。流石にこの荷物を持って冒険者ギルドにはいけないだろう」
レミは今思い出したかのような反応を見せた。
それと同時に述べられた理由は至極真っ当なものだ。
確かに冒険者ギルドは買い物帰りに行くような場所じゃない。
これを置いてから改めて来るべきか。
商店街を歩いていると、レミは街のいろんな人たちから話しかけられた。
「レミさん。アンタがこの前作ってくれた解熱剤のおかげで息子が早く病気から復帰できたよ」
「それはよかった。また贔屓にしておくれ」
「レミさん。前に話してた薬の材料が近々入荷できそうですよ」
「なんと!入荷出来たらうちに持ってきておくれよ。いい値で買おう」
「レミさん。お医者様が一緒にお仕事をしたいって言ってたよ」
「悪いがお断りさせてもらうよ。私は自分の研究に集中したいのでね」
レミは人々から話しかけられ、その一つ一つに答えながらコミュニケーションを取る。
コイツ、意外と人脈広いんだな。
てっきり研究室に引きこもってばかりだと思っていたがそういうわけではないらしい。
「お前って思ってたより人と話すんだな」
「人から求められた薬を作って売るのが私の仕事だからね。これぐらいの社交性がないと他の錬金術師に客を取られてしまうよ」
レミは商売のために社交性を身に着けたと語る。
必要ならばそれ相応の能力を発揮できるのがレミという女だったんだ。
不定期に尋ねるだけではわからなかった彼女の一面を垣間見たような気がする。
「ところで、クロナちゃんはどうして人と話すのが苦手なんだい?」
レミは逆に俺に聞き返してきた。
そういえば自分が人と話すのが苦手な理由をまともに考えたことなんて一度もなかったな。
気がついたらこうなっていたというのが一番近いんだが、理由をつけるとしたら……
「うまく会話ができていないのを想像すると怖い、からかな」
俺が人と話すのが苦手な理由を具体的に上げるとしたらこれに尽きるだろう。
話がかみ合わずに気まずい空気になるのが怖いのだ。
だから相手がしたい話を伺おうと受け身になってしまう。
「それは考えすぎだね。人はそれぞれ違うことを考える生き物、だから話がかみ合わないなんてよくあることさ」
「じゃあ、もし話が合わなくなったらどうすればいいんだ?」
「その時は一言『ごめん』で済ませればいいのだよ」
レミは俺に会話の秘訣を教えてくれた。
確かに考えすぎなのかもしれないな。
せっかくこの姿になって相手に気負いさせることはなくなったわけだし、こっちももっと気兼ねなく話せばいいのかな。
「レミ、俺はお前のことを勘違いしていたらしい」
「ほうほう。というと?」
「前まで『引きこもってばかりいる孤独な錬金術師』だと思ってたけど『人当たりがよくて面倒見がいいけど友人を女の子にして興奮するヤバい錬金術師』に認識が変わったわ」
「それは私に対する解像度が上がっただけじゃないか」
友人を女の子にして興奮するヤバい錬金術師っていうのは否定しないのかよ。
それを今まで誰にもひけらかしてこなかったというのもなかなかすごいが。
「ところで今日の飯はどうするんだ?」
「それなら心配ない。この栄養剤を飲めば食事に時間を取らずとも一日に必要な栄養がすべて……」
「お前はそれでよくても俺はよくねえんだよ!」
研究室に戻った俺が食事のことを尋ねるとレミは徐に自作と思われる栄養剤を取り出してきたが俺はそれを拒否した。
レミは研究と薬の開発ばかりしているわりにはずいぶんと健康的な体つきをしていると思ったらそういうことだったのか。
「そもそもそれって極地に長期遠征する冒険者用の薬剤だろう。普段使いするなよ」
「仕方ないだろう。人に依頼されて薬を作る時は命がかかっていることが多いのだから」
錬金術師は人から依頼されて薬を作るという仕事柄、解毒剤や解熱剤といったものを作ることも多く、文字通り命がかかった一刻を争う事態に直面することも珍しくない。
そんなときに悠長に食事や睡眠をとる余裕などないというのがレミの言い分だった。
だがそれはそれとしてそういった仕事をしていない時も栄養剤で栄養補給を済ませてしまうのは人間の行動として問題がある。
「とにかく、お前はそれでよくても俺は嫌だからな」
俺も以前クエストで遠征した際にレミの作った栄養剤を持ち込んだことがあった。
おかげで栄養失調にはならなかったが、泥と雑草を混ぜ合わせたような味やのどを通る時の焼けるような感覚は今でも鮮明に思い出せるほどに強烈なものだった。
だからそんなものを日常的に服用したくはないというのが本音だ。
「とにかく、あるもの使って何か作る!材料は……」
「料理できるのかい?」
「元々一人暮らしだし、手の込んだものは無理だけど料理ぐらいならできる」
俺は研究室を漁って食料になりそうなものを探した。
が、それっぽいものが何一つとして見当たらない。
「何も材料になりそうなものがない……」
「はっはっは。薬の材料で全部使ってしまったからそんなものあるわけないだろう」
なんで笑ってるんだコイツは。
俺にとっては大問題だぞ。
「わかった!なら材料買ってくる!」
「待ちたまえよ。今の君が一人で外出するのは……」
レミが何か言っていたが今はそれどころじゃない。
俺は自腹を切って食料を調達することにし、もう一度外へと出たのであった。
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