第7話 価値観は人それぞれ

 日常のただいまと非日常のただいまは雲泥の差があり、今は、


「.......ただいま」

「おかえり」


 真後ろから聞こえる「おかえり」は、とても怖く耳が凍える様に痛い。


「雪葉離してくれませんか?」

「No」

「............おりゃ」

「無駄だよ」


 雪葉にプロレス技の様な決め方を行使されており、完全に抜け出せない僕は雪葉と一心同体になりながら、ゆっくりと僕の部屋に向かって階段を歩く羽目になった。


「............」

「............」


 ガチャ..........、


 いつもと変わらない部屋が、いつもより狭く感じるのは気のせいではなく、完全に後ろの人が作用していると、痛い程理解できる。


「有希さん離してくれませんか?」

「.........有希って誰?」

「あ」


 名前を間違えてより一層腹部に刺激が走った。有希という名前に親しみは無いけど、今は弁明する事が大切であると瞬時に読み解けた。


「間違いました。すいません」

「雪葉だよ。マチガエナイデネ」

「すいません」

「..........呼んで」

「ん?」

「呼んで」

「..........雪葉」

「うん。隼也」


 この空間から早く逃げたい僕は、お客様が来た時の母親を思い出して、


「お茶持って来るから離してくれませんか」

「私は要らないよ(隼也以外)」

「了解しました。取り敢えず座りませんか?」

「うん」


 今客観的に見たらやばい事になっている。雪葉の膝の上に僕が居る。女子の上に乗る事は結構恥ずかしいが、今はそれ以上に怖い。


「雪葉........重くない?」

「全然大丈夫だよ(重くても私は好きだよ)」


 永遠ともとれる時間の中で僕は、今を打開する手段を必死に考えていた。有効な手段とすれば、


「雪葉漫画読みたい」

「漫画?呼んでも良いよ」

「あ........はい」


 この上から動けない僕は雪葉の上で、さっき買った漫画を読む事にした。さっき買った幼馴染は負けヒロイン志望は僕の考えでは結末に近く、集中して読む事にした。


「................」

「(幼馴染は負けヒロイン?隼これって私への当てつけなの?もしそうなら、この漫画焼き芋の素材になるよ)」


 漫画に集中しているが、痛みには勝てない。表紙から読んで行くにつれて痛みが増している。もしかして読みたいのかな?


「雪葉も1巻読む?」

「何で?」

「読みたそうだから」

「(私に隼を諦めろって間接的に言ってるのかな。それなら断固拒否します)、読まない」

「そう」


 数十分が経過して漫画も終盤に入った時に、問題が起きた。僕のお尻が細かく震えていた。僕のお尻に振動する機能は備わっていないので、


「雪葉大丈夫?」

「大丈夫よ」

「震えているよ」

「(痛いけど、このくらい隼から離れる事に比べたら全然皆無)」


 雪葉の顔は見れないけど、痛そうにしているなら僕は、


「雪葉の体が1番心配だから離れるよ」


 僕は、後ろを向いて至近距離でそう言った。結構恥ずかしい距離感だが、無理はしないでほしい。


「(隼が近い。こんな距離小学生以来だよ。それに「私のカラダが1番大事」、その言葉で私は手が緩む)」


「それ」

「あ」


 私の拘束が綺麗に解かれて隼が子猫の様に離れて行った。すぐ捕まえて拘束したかったけど、今は一切動けない。


「僕、お茶淹れてくるね」

「待って(お願い離れないで)」


 隼は私の言葉が終わる前に出て行った。こんな思いをするなら、膝に乗せるんじゃなかった。でも...........私の太ももは尋常ではない程に喜んでいる。


「なら私も手段があります」


 時間にして3年ぶりの来た隼の部屋は何も変わっていないので、少しは気分が落ち着いた。でも、捜索は必要だよね。


「これは.........隼の服」


 私は痺れた下半身を酷使しつつ、隅に置いていた隼の私服を手に取って顔に近づけた。


「はぁはぁはぁはぁ.......スゥーーーーー」


 何故だろう。隼が私の顔を包んでいる妄想が、具現化して今にも溶けてしまいそうになる。服だけでこの威力なら本体と触れたら私は.............,辞めておこう。


「次は、これかな」


 隼のインナーをリュックに入れて、私は隼が持っていたビニール袋の中身を確認した。さっき隼が持った時に中身があまり変わっていなかったので、私はもう一冊あると予感していた。


「どれどれ........年上には歯が立たないけど愛はある、何これ?はぁ.........隼年上好きだったの。それならさっきの漫画以上に許せないよ」


 私は今日起きた事を思い出して漫画が変形するくらいに、手に力が入った。これは隼の部屋には不要だよね。



「隼には同年代の長年一緒に居た幼馴染が1番似合っているし、それ以外選択肢に入れたら駄目だよ」



 私は........漫画にも敵意が出せる人間だった



 

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