第六話 ここではなくても
(一)もう一度
§
畳の間で、華と央は向かい合って座っていた。
「
対する華は居住まいを正した。
そして、華の前には、風呂敷に包まれた玉鋼。闇色の塊のなかに、きらきらと、玉虫色の輝きがある。
「それにしても、妖を倒すための神剣とは。とんでもない御伽噺だ」
「すぐに信じてくださいとは言いません。ですが、央さんの力を借りたいんです」
「信じるさ。なにしろ、こんな立派な玉鋼、今まで見たことがない。神さんが授けてくださったっていうのも頷ける」
神妙な面持ちで、央は言葉を区切った。
「鍛錬、一度だけやったことがあるって言ってたな」
「はい」
央が空中に刀身を指で描く。
華は、それを目線で追った。
「切先から
華はこくこくと頷いた。
「さて、一般的に形状と呼ばれる造込みには、二つの種類がある。
「美しくて、強い……」
華は玉鋼へ視線を落とす。
既に美しい。そこへ、鍛えることにより、強さを与えるというのが鍛冶師の仕事なのだ。
ぱんっ! 央が勢いよく両手を叩いた。
あまりの勢いのよさに、華はびくっと肩を震わせた。
「何はともあれ、神剣を鍛えるだなんて一生に一度できるかどうかだ。そんな大仕事に携われるだなんて、鍛冶師冥利に尽きる!」
さらに勢いよく央が立ち上がる。
「俺の工房は裏手にある。ついてきな」
「えっ、あっ、はい」
華は玉鋼を風呂敷に包み直し、両腕で抱えると、央の後に続いた。
勝手口から出ると、石造りの工房があった。
(実家より、小さい。だけど、同じ……)
懐かしさがこみ上げてくる。華はぎゅっと玉鋼を抱きしめた。
足元には土の精霊たち。
工房では既に火の精霊たちが華を待っている。もしかしたら待ちきれないのかもしれない。
当然のように央には見えないようで、ずかずかと歩いて行く先にいる妖たちは、ばらばらと逃げていく。
「入っといで」
央の呼びかけに華は頷いた。
そして、工房に入ろうとしたとき。
――その覚悟が本物か、見せてもらいましょう――
「嬢ちゃん!?」
「!?」
きらきら……。
輝きを声にしたような音が空から降ってきて、華の姿はその場から消え失せた。
§
「痛……」
華は地面に倒れているようだった。
目を開けると、明らかに、先ほどまでいた央の店ではない。
(ふしぎな声が聞こえた瞬間に視界が真っ白になった。今のは、一体)
急に消えてしまって、央は心配しているだろう。
ゆっくりと上体を起こして、目の前に広がる景色が、よく知っているものだと気づく。
雪で白く染まっている山々。
四方を山に囲まれた自然豊かな場所。
水の底に沈んでしまった、永遠に帰れない場所。
「!」
今度は勢いよく立ち上がると、華は、地面を蹴って走り出した。
どっどっどっ。
心臓の鼓動がうるさい。
見えてきた。
華の生まれ育った屋敷。記憶のなかと、何ひとつ、違わない。
(早く、早く)
がらっ!
「はぁ、はぁ、……」
鼻の奥が熱くて痛かった。
そして、華の勢いとは対照的に、のんびりとした声がかけられる。
「そんなに慌ててどうしたの?」
「かあ、さ、ま」
華は息を切らしながら台所へ飛び込む。
ちょうど
背中では
「華?」
華は勢いよく、縁と倫を抱きしめた。
「母様。倫。……大好き……」
「あらあら。突然甘えん坊さんになっちゃって」
くすくすと縁が笑みを零す。
「落ち着いたら、手伝ってちょうだい」
うん、と華は呟いた。
§
華は訳が分からないなりに、自分に起きたことをいくつか整理する。
着ているのは美代のものではなく自分の着物。
空気は冷たく、疑いようがないくらいに冬。
まるで時間が巻き戻ったかのようだ。
(というより、戻ったのかも、しれない)
日付を確認したところ、尊たちが仁志のもとを訪ねてくるのは、なんと明日だった。
(そうだとしたら、これから起きる悲劇だって食い止められるのでは?)
ひとりでは朔夜には敵わない。
それでも、やれること、やるべきことは幾つかある。
ひとつ。神から授かったという玉鋼を朔夜の屋敷の蔵から持ち出す。
ふたつ。未来を知らない尊へ事情を説明して協力を持ちかける。
みっつ。宴会の夜に、集落の人々を助ける。
持っているのはくずはから預かった翡翠の腕輪だけだった。
しかし、それはそれで好都合。
(この翡翠を見たら、一条さまだってわたしの話に耳を傾けてくれるはず……!)
華はあまり眠れないまま朝を迎え、気もそぞろに集会所の炊き出しを終えた。
「ふわぁ……」
帰り道。
あくびをしながら歩いていると、目の前に、火の精霊が現れた。
ぽて。それは華の目の前で、やはり転ぶ。
華はしゃがんで火の精霊に声をかけた。
「足元に気をつけなよー」
「驚いた」
心臓の鼓動が、大きく跳ねる。
華は固く目を瞑る。
(来た……!)
「火の精霊を見ることができるとは」
一条尊が脇に立っている。
はやる気持ちを抑えて、華は、ゆっくりと顔を上げた。
黒髪に黄金の瞳を持った涼やかな美丈夫。
水色の軍服の腰元には日本刀を差している。
(あぁ。一条さまだ……)
出逢ったときは、恋をしてしまうなんて思ってもみなかったというのに。
失礼な男だと憤慨したのに。
今は姿を見るだけで、力が湧いてくるようだ。
すっと華は立ち上がって、両手を体の前で揃えて重ねた。
「帝国想軍中将、一条尊さまですね」
「何故私の名前を知っている」
尊の表情に、僅かな警戒が浮かぶ。
華は怯みつつも、ぐっと堪えた。
「わたしは火宮華と申します。今からお話しすることは到底信じられないかもしれません。ですが、どうか、お力を貸してください」
翡翠の腕輪を翳してみせると、尊の眉がぴくりと動いた。
見逃さず、華は言葉を続ける。
「これが何かお分かりですね? 土御門家当主のくずはさんがわたしに託してくださいました」
華は深く頭を下げた。うさんくさいのは自覚しているが、これ以外に方法はないのだ。
「くずはからこの集落に知り合いがいると聞いたことはない」
「それは、現時点では、です」
視線を地面に落としたまま、華は答える。
「わたしはこの先にこの集落で起きることを知っています。わたしも命を落とすところでしたが、あなたに助けられました。そして、今度はあなたを助けるために、こうして過去に戻ってきました」
(お願い。信じて、一条さま)
しばらく、無言。
やがて口を開いたのは尊の方だった。
「確かに、その翡翠からはくずはの力を感じる。……妖がくずはの翡翠を手に入れられるとは思わないし、君の言い分を聞こう。しかし、少しでもおかしいところがあれば、容赦はしない」
華はぱっと顔を上げる。
(よかった。なんとか、伝わった)
「ありがとうございます! ありがとう、ございます……!」
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