【尊視点】参

的外れ

      §




「眼球が見つかったか……」


 尊は執務室の机に両肘をつき、組んだ手の上に額を載せる。


 報告書には遺体で発見されたかつての部下の、失われた眼球が発見されたと記載されていた。発見場所は港町の外れ、神社のある山のふもとだという。


 八岐大蛇に尊同様飲み込まれた禁術師・賀茂朔夜の所在は、未だに不明だった。

 須佐村で八岐大蛇が顕現したとき、彼の眼球は黄金に変化していた。

 状況証拠だけではあるものの想軍の軍人を殺し、黄金の瞳を手に入れたと考えるのが妥当だ。


(異能を捨てて生き延びたか……?)


 瞳を閉じる。


 人ならざる力を扱う際、望みを成し遂げるには代償が必要だ。

 命を守るため賀茂朔夜は異能を捨てたのだろう。

 本来が言葉巧みな青年だ。異能がなくても暗躍する可能性は大いにある。


「分不相応な力を手に入れた者はすべからく破滅へと突き進む、いい例ね」


 執務机を挟んで、くずはが薄く笑む。

 両腕を組んでいたが顎に手を遣り、唇を、『かわいそうに』と動かした。


 尊は報告書の右上に押印すると、くずはへ差し出した。


「浄化後の遺族への返還手続きだが、なるべく早急に頼む」

「かしこまりました」


 形式的な会話を済ませると、尊は細く長い溜め息を吐き出した。


(これくらいで諦めて隠居するようなたちではないだろうな)


 そうであれば女のはらに玉鋼を隠したりなどしないだろう。

 賀茂朔夜の行動は常軌を逸していた。それは尊の想像の範疇を超えている。

 恐らく、現在も神剣を狙っているに違いない。


(まだの身の安全は保障されていない)


 同時に脳裏に浮かんできたのは、華のことだ。


(最初は、後見人となるくらいの気持ちでいた。だというのに)


「どうすれば、傍で彼女を見守りつづけていられるのだろう……」

「華さんのこと?」

「何故まだいる」


 尊はぎろりとくずはを睨みつけた。


「……誰とは言っていないが、そうだ」

「というか華さん以外に誰がいるの。そしてどうするつもりなの、彼女のこと」

「彼女の人生を保証するには、後見人と養子縁組、どちらが適切だろうか。くずはの意見を聞きたい」

「馬鹿!? 馬鹿なの!?」


 くずはが悲鳴ともつかない絶叫を上げる。


「もっと他にあるでしょう。選・択・肢!!」

?」


 被せるような尊の言葉にくずはは怯む。

 両腕を組んで、眉間に皺を寄せて。


「あたしはあんたにだって幸せになれる権利があると主張するわ」

「どうした。珍しく優しいな」

「失礼ね。あたしはいつだって優しいわよ。それに、だって、同じことを言うと思う」

「……」


 何かを反論しかけて、それでも尊は口を噤んだ。


「その名を君の口から聞いたのは何年ぶりだろうな。やはり、今日はどうかしているのではないか。早退でもするか?」

「どうかしてるのはあんたよ」


 まぁいいわ、とくずはも反論を止める。


「眼球の件は可及的速やかに。引き続き、賀茂朔夜の行方は全力で捜査いたします。吉報をお待ちください、中将殿」


 くずはは報告書をひらひらとなびかせると、軽やかな足取りで執務室を出て行った。


「……」


 尊は今日何度目になるのかもはや数えていない嘆息を漏らした。

 いつの間にか、窓からは茜色の光が差し込んできている。


だろう? 彼女を導いてくれたのは」


 みどり、と尊は唇を動かした。





 





                        第一部 完

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