【尊視点】壱
黒か白か
§
帝国
現在二十三歳。しかし落ち着いた佇まいから、年齢より上に見られることも少なくない。
肩に届きそうな長さの黒髪と濃い黄金の双眸が特徴的で、一度会ったら忘れられないと称されることもしばしば。
名家である一条家の現当主でありながら、社交の場にはあまり顔を見せない。会えたら幸運をもたらすと噂されている、と上司から聞かされたときには心底げんなりしたものの、改善しようとは思わない。
「三年前に行方不明になった新人の遺体が見つかった、と」
執務室の机の上に並べられた報告書。
その文字を目で追いながら、尊は眉を顰めた。
机越しに立つ彼の部下は、背筋を伸ばして両手を後ろに組んでいた。報告書に記載されている事項を敢えて口から発する。
「はい。瞳がくり抜かれていたそうです」
「……そうか」
尊は遺体の発見場所を文字で確認して息を吐く。
それはつい最近調査に出向いた山陰の集落、
(あの男の瞳は、もしかしたら……)
黄金の瞳には異能が宿る。
禁術を使えば、何の力もない人間へ移植することも可能かもしれない。
無言のままの尊へ、歳上の部下は慮るように声をかけた。
「中将の初めての部下でしたね」
「ああ。そうだったな」
遺族の方々へは慎重な対応を頼む、と尊は部下へ指示を出す。
入れ違いに扉が叩かれる。
「失礼します。
「……。入ってもらえ」
執務室の扉が開く。
ずかずかと室内へ入ってきたのは
他の人間と明らかに違うのは、瞳だけではなく、流れる髪も黄金色をしているということ。
「この度は、須佐村の調査、お疲れ様でした。中将におかれましてはさぞ不本意な結果となったことでしょうが、どうか気落ちしないでくださいませ」
女性にしては低めの声色で、女性は労いの言葉をかけた。
ただ、労うというよりは別の感情の方が強く滲み出ているような物言い。
それが皮肉だと理解した上で、尊はわざとらしく溜め息をついた。
「それで分かったのか? くずは」
「まだ調査中よ」
名前を呼ばれたことをきっかけに、土御門くずはは砕けた口調に変わった。
互いに幼少の頃から人となりを知っているため、丁々発止とやり合う仲である。
「
「瞳をくり抜いて己の物とした、か?」
尊の言葉を受けて、くずはは虚を突かれたような表情になった。
「先ほど報告を受けた」
「あらそう。しかし、残念ね。帝都で生まれ育っていれば陰陽寮へ勧誘して正しく鍛え上げてあげたのにねぇ」
くずはが口角を愉快げに吊り上げた。
陰陽師一族で史上初の女性当主であり、神が人々へ授けたという玉鋼が山陰の集落にあることを突き止めたのも彼女であった。
陰陽師の公的組織である陰陽寮は先の天皇の時代に廃止されたが、現在では想軍の直轄部隊となっている。
ゆえに制服としては軍服が正解なのだが、くずはは敢えて狩衣を身に着けている。
変人。しかし、能力の高さに誰も何も言えない。それが、土御門くずはという女性だ。
「それで、生き残った子は?」
「七日ほど経つが目を覚ます気配は一向にない。意識を取り戻したら、賀茂朔夜について知っている情報を聞き出そうと考えている。現状では難しいだろうが」
「村人全員が術中にあって、彼を無意識に尊ぶようになっていたんでしょう? 婚約者こそ、その最たる者よね。残酷な話だわ」
「そうだな。しかし、何故、彼女だけ生かされたのかは気になっている」
尊は、机に両肘をつき、手を組んだ。
「……賀茂朔夜と裏で繋がっていた、とか?」
「その可能性は否定できないだろう」
(だからこそ一条家で保護した。白ならば守る。黒ならば……)
目を閉じて考え込む尊。
くずはは彼の後ろへ回り込んで、ぽんと肩に手を置いた。
「あたしも彼女に会ってみたいわ。その本質を、見極めるために」
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