最終話 暁の少女

 めでたく無事にドムの店まで帰還できた二人だったが、それでハイサヨナラ、と言うわけにはいかなかった。

 ガヴィは薬草が効いたとはいえ、致死性ちしせいの高い毒を受けたばかりだったのでドムにきちんと毒消しの治療をしてもらい、イルは湯を貸してもらって体を綺麗にした。

 驚いた事にドムの店には奥にまだ部屋があって、そこには座り心地の良さそうなソファと大量の本、そして水場やテーブルなど、人が住めそうな空間になっていた。 

 ガヴィとイルはお茶とドムを前に、揃ってソファに座らされていた。



「………」

「さーて、洗いざらい話して貰いましょうかねえ!」

 ドカッとソファに腰かけ、ドムが足を組む。

「移動魔法はちょ〜高度な魔法なわけ。

 しかも人間では三日の距離よ? それを日に三回もしたとありゃあねえ?」

 経緯を聞く権利はあるんじゃねえの? あー疲れた! と問われてはグウの音も出ない。

 ガヴィは物言いたげにこちらを見ているが口を開かない。

 イルは恐る恐る口を開いた。


「あの……私は本当はイルって言います。

 くれないの民の一族で……ノールフォールの森からあの襲撃の日逃げてきたの」

「!」


 ガヴィが驚いた目でこちらを見た。

 イルは母親が森の黒狼であるらしい事、父に言われ黒狼の姿に変化して森を抜けた事、その途中でガヴィに出会ってガヴィに着いて行った事を話した。

「父様が、黒狼の姿なら兵士に見つからないだろうって、封印の鎖をくれたの。……そのまま狼として生きなさいって。

 それに、ガヴィと一緒にいれば、里を襲った犯人がわかるかなと思って……」

 チラリとガヴィを見る。

「あの……黙ってて、ごめんなさい」

 ペコリと頭を下げる。


 これで全てに合点がいった。


 人の話が理解できる黒狼。やけに人間臭い仕草。一緒に着いてきた理由。

「……なるほどね」

 よく見ればまだ十四の少女。

子どもと言っても過言ではない。そんな彼女が里を追われ、一人で森の外へ放り出されたのだ。どんなに心細かったに違いない。

「……怒ってねえよ。

 俺こそ死ぬとこだったしな。助かった」

 ありがとな、と言われてイルは泣きそうになりながらはにかんだ。

「お嬢さんの事情は解ったけどよ、そもそもなんでその伯爵は紅の民を滅ぼしたんだ?」

 ドムが訊ねる。

 イルはハッとしてガヴィを見た。

「理由は解らないけど……

 ガヴィ! ガヴィが受けた毒、春告花はるつげばなって花の毒なの。ノールフォールによく咲いてる花。

 お城で陛下のお茶に入ってたのもそれだよ。だから毒の犯人は伯爵で間違いないよ!」

 あの毒は人には解らないけれど、獣の鼻には異臭がする事も伝えた。

「……なるほど。俺らが謁見えっけんする前にフォルクス伯爵が陛下に会ってたしな。でもお茶には毒は入ってなかったって言うし……俺達もおんなじお茶を飲んでるしな……」

 あの日、陛下とガヴィ達では何が違っただろう。

よーく思い出す。同じお茶を飲んだガヴィやゼファーと陛下の違い。女官が紅茶を持ってきて、いつも通りカップに注いだ。そして――

「……あ! お砂糖!」

「あ?」

「あの時、陛下だけが砂糖入れてたよ!!」

 アルカーナ国王は仕事の合間にお茶を飲む時、いつも砂糖を好んで入れている。

国王に距離が近い者は大概知っている事実だ。あの日、いつもと同じように女官は国王のカップに砂糖を入れていた。

「なるほどね……」

 毒物混入事件の後、紅茶と食器は調べがついていたが砂糖までは調査されていなかったらしい。

しかしこれで、全てがフォルクス伯爵が犯人だと言う事を物語っている。

「……ガヴィ……早くこの事を陛下に伝えなくちゃ!あの砂糖がまた陛下の口に入ったら……」

 イルが青くなる。

「ああ、その件に関しちゃ大丈夫だ。

あの時現場にあったものは全て処分されているし、今はゼファーや専属の魔法使いが付いてるしな、国王一家の食べるものはちゃんと検分されてるさ」

 ガヴィの話を聞いて、イルはホッとした。

「お前ら……、国王陛下と知り合いなの……?

 一体何者なんだよ」

 今まで黙っていたドムが口を挟む。

「ガヴィ、ドムさんに何も言ってなかったの?」

 イルは呆れてガヴィを見る。

「ここは客の詮索不要だもんよぉ」

 しれっとガヴィが答える。

「ドムさん、あのね。ガヴィはこんなだけど侯爵なんだよ」

「テメ、こんなは余計だろが!」

 ガヴィはイルの頭を軽くはたいた。

そのまま二人はギャーギャーと喧嘩を始める。


「……マジかよ」

 ドムは呆然とした様子で二人を眺めた。

「とりあえず! すぐに陛下に危険は無いとはいえ、この事は早急に陛下に伝えなきゃいけねえ! というわけで、城に帰るぞアカツキ! ……あー、イルだっけ?」

「……もう、どっちでもいいよ」

 イルは唇を尖らせた。

ガヴィは大分調子が戻ってきたようで、フフンと人の悪い笑みで笑うと、今度はドムに向き直った。

「というわけでおっさん。

 俺達を王都まで送ってくれ!」

 あまりにサラッと言われて、

「は、はあ〜〜〜っ?!」

 口をあんぐりと開けたドムに、イルは心底気の毒になった。



*****  *****



 カツカツと靴の音が大理石の廊下に響き渡る。

通い慣れているはず謁見えっけんの間までの道のりが嫌に長く感じられるのは、自分にやましいところがあるせいか。

(いや……あの事はまだバレていないはずだ)

 フォルクス伯爵は忌々し気に唇をかんだ。

 先日王都より帰郷したばかりだというのに、折り返し登城せよとの命令が下った。

火急の用のため、王家専属の魔法使いを派遣し移動魔法を使っての登城命令だ。

 このような呼び出され方は初めてのことで、呼び出される理由など、紅の民の事や王子誘拐事件についての調査の事か、あの男の事しかない。

 しかし森の出入りは抑えているし、あの状態であの男が助かる筈もない。

気がかりはレイ侯爵といた狼も見つかっていない事だが、狼が状況説明をできるわけでもなし、その点については大丈夫であろう。

 何か聞かれても、知らぬ存ぜぬを貫き通せばよい。

 フォルクス伯爵は前を向くと焦りを抑えて謁見の間の扉が開くのを待った。



「フォルクス伯爵様が到着されました」

 謁見の間の扉が開く。

謁見の間には、アルカーナ国王陛下と隣に腹心であるアヴェローグ公爵、あとは数人の警備の兵士だけであった。

「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。此度こたびの火急のお呼び出し、何用でございましょうか?」

 フォルクス伯爵は優雅にお辞儀をした。

「……遠いところを何度も足を運んでもらってすまない。

 実はここだけの話だが、一週間ほど前からレイ侯爵が行方不明になっている」

 フォルクス伯爵は内心ぎくりとしたが、おくびにも出さずに抜け抜けと答えた。

「レイ侯爵が?」

「ああ、彼と連絡が取れず彼の私邸に確認を取ったところ、家の者にはノールフォールに行くと言っていたそうだ。

 ……侯爵から何か連絡がなかったかね?」

 伯爵は深刻そうにううむと唸った。

「私の耳には何も……」

「そうか……」

 国王は落胆した様子でため息をついた。

フォルクス伯爵家は兼ねてから国王に仕え、親王派として信頼の強い貴族だ。

レイ侯爵の失踪が自分の仕業だとは疑われていないだろうが、今後の計画のためにも信頼を万全にしておかねばならない。

フォルクス伯爵はここで全てを丸く収めるしかないと、兼ねてからの計画に沿う事にした。

「レイ侯爵の件に関しては存じ上げませんが……

 実はその後の調査で解ったことがございまして」

「うん?」

 国王が伯爵を見つめる。

「王子誘拐の件に関しまして……どうやら事を企てたのは紅の民の一族だった様なのです」



 伯爵の話はこうだ。


 紅の民の里は国境付近にある為、国境を越えてきた者の最寄りの村になる。

王子を誘拐し、交渉材料に他国の者と密通して益を得ようとしていたと。

だが、その計画に反発した親王派住民との間でいさかいが起きた為自滅した。

誘拐犯が北を目指していたのも紅の民の里に向かっていた為だと。

「……実は里の生き残りが見つかりまして、其の者から事情を聞きました。

 残念ながら村の抗争の怪我が元ですぐに亡くなりましたが……」

 口からでまかせをもっともらしく言う。一見筋は通っている。     

「……そうか、残念だ」

 苦渋の表情でアルカーナ国王は目を伏せた。

フォルクス伯爵はこうべを垂れ、国王と同じように鎮痛ちんつうな面持ちをしていたが、内心は笑いが止まらなかった。

 だから、国王が何に対して遺憾いかんに思っていたかは終ぞ気が付かなかった。

(計画は失敗だったがこれで身の安全は確保された――……計画はまた練り直せば良い)

 後はレイ侯爵の死体さえ隠してしまえば完璧だ。なんならあいつも犯人の一人にしてしまえばいい。


「陛下、私から報告出来ることはこれだけでございます。私めの管理が及ばず、領民の一部の暴挙を止めることができず不甲斐なく思っております。この罰は如何様いかようにも受ける所存です」

 うやうやしく頭を下げる。

 忠信深い臣下の出来上がりだ。

お優しい国王陛下は無碍むげにはできまい。


「――じゃあ、遠慮なく罰を受けてもらおうか」


 国王でない聞き覚えのある声に、信じられないものを見る目で頭を上げる。

 アヴェローグ公爵の反対側にいつの間にか赤毛の侯爵、ガヴィ・ヴォルグ・レイと、太陽をした飾りを付けた黒狼が立っていた。

「な、な、なぜお前がここに……?!」

 あまりの驚愕に言葉が上手く出てこない。

「ノールフォールで俺と会っていないって?

 紅の民の里でご丁寧にも陛下と同じ毒を塗った剣で切りかかってきたのは……アンタだよな?」

「い、言いがかりだ! 陛下!

 この者の言う事を信じてはいけません!

 …そうだ! 紅の民をそそのかしたのも、この男かもしれません!」

 フォルクス伯爵は一気にまくし立てた。

「白い悪魔」

 ギクリとフォルクス伯爵の顔が強ばる。

「……っていうんだってなあ、あの毒。

 ノールフォールに自生する、あの地域の住民ならみんな知ってる毒らしいじゃんか」

 ガヴィがゆっくりと国王の前に出る。

「毒殺未遂事件の前、陛下に謁見した時お茶を出された際に、アンタ砂糖をくれって女官に頼んだらしいな?」

 フォルクス伯爵の顔色が変わる。

「女官から証言がとれた。

 あの日、女官の前に砂糖入れに触れたのはフォルクス伯、貴方だけだったと」

 今まで黙っていたゼファーが静かにとどめをさした。

「陛下の気安い所が、臣下への信頼度が高い所以ゆえんなのでしょうが、これからは臣下と同じ茶器で席を一緒にしていただくのはやめていただきたい」

 フォルクス伯爵を追い詰めながら、国王にもさらりと一言釘を差して、腹心の銀の髪の公爵に国王はわずかに苦笑した。

「違う……こんな、こんな筈ではない……!!」

 フォルクス伯爵は激昂すると、雄叫びをあげてガヴィに切りかかってきた。その剣は鈍い光を放っている。

 森で不意打ちを受けた時とは打って変わり、ガヴィは真正面からフォルクス伯爵の剣を自分の剣で受けると、鮮やかに剣の勢いをいなし剣の柄でしたたか伯爵の手を打った。

 剣を床に落としたフォルクス伯爵の首筋に剣を当てる。

「……形勢逆転……ってな?」

 ギリリとガヴィを睨む。兵士がフォルクス伯爵を抑え、後ろ手に縄で縛られている間、最早開き直った伯爵は吠えるのをやめなかった。

「お前の様な若造が! 偉そうに侯爵なんかに収まっているのが悪いのだ!! 私の方が評価して然るべきだろう!

 お前もだ! エヴァンクール国王! フォルクス家を何代もあの様な辺境の地に縛り付けおって! 私はあの様な地で終わる人間ではないのだ! そんなどこの馬の骨ともわからぬ男よりも、

 私が、私こそが――!! 私が悪いわけではない!!」

 髪を振り乱しわめく様子に、そこにいた皆があわれみの目を向けた。 

 ゼイゼイと肩で息をする伯爵に、国王は静かに告げる。

「……ノールフォールは我が国最北の国境に面している重要な地。

 辺境にあるからといって下に見ているわけではない。

 君のお父上は、そのことをよく理解していた。

 ……『フォルクス王の砦』の名を、いにしえの王が君の一族に与えた意味が、君には伝わらなかったのが酷く残念だ」

 エヴァンクール・アルカーナ国王の、静かな哀しみを込めた眼差しを受けて、フォルクス伯爵は遂に抵抗をやめ、がっくりとこうべ垂れた。  



 その後、フォルクス伯爵は謀反を企てた罪で裁判にかけられ、処刑された。

古くよりノールフォールの森を任されていたフォルクス伯爵家は爵位剥奪となり、長きフォルクス領の歴史に終止符を打つことになってしまった。

 フォルクス伯爵は己の愚行により、爵位を上げるどころか、一族を消滅に導いてしまったのである。

「紅の民が他国と共謀して――のくだりは、紅の民がじゃなくてアイツが考えてた事そのまんまなんだろうな」

 とはガヴィの談だ。

 伯爵位で王位に収まる事はそもそもできないだろうが、国王を亡き者にし、混乱に乗じて他国と繋がり、取り立ててもらう気だったのかもしれない。

隣国との入口になる紅の里はフォルクス伯爵が王子誘拐の犯人に疑われない為にいいように使われてしまったのだろう。

 

 何はともあれ事件は一件落着となった。




 さて、もう一つこの事件でまだ終わっていないことがある。


「おや」

「まぁ!」

「うわあ〜!」


 事件解決直後の薔薇の庭園で、ガヴィとゼファーに連れられて、イルは緊張と恥ずかしさではにかみながら国王一家の前に人の姿で現れた。


「あ、あの……その……イ、イルと言います。

 ……ずっと黙ってて、ごめんなさい」


 ガヴィにそうしたようにペコリと頭を下げる。


 シュトラエル王子はイルにぎゅっと抱きつくと心底嬉しそうな顔をした。

「凄い! アカツキ、人にもなれるの?!

 すごく、すごーく可愛いよ!」

 人になれるのではなく狼になれるのだが、そんな事はこの際どうでもよく、王子が相変わらずイルに好意を寄せてくれるのがとても嬉しかった。

王妃も「可愛い貴女に会えて嬉しいわ」と抱きしめてくれた。


「……紅の民の娘、イルよ。

 創世の時より我が国と歩んできた一族であるはずが、私の力及ばず一族を守れなかった事、申し訳なく思う。

 ……辛い思いをさせてすまない」

 エヴァンクール国王はそう言って頭を下げてくれた。

イルは思わず涙がこぼれたけれど、ブンブンと頭を振って笑った。

「いいえ……! 国王陛下のせいじゃありません!

 ……すごく、凄く悲しかったけれど……森を出て、自分の国がとても綺麗で素敵な事とか……陛下や王妃様や王子が本当に敬愛できる方なんだってことを知ることが出来ました。

 ガヴィや、ゼファー様にも優しくしていただいて、私……本当に嬉しかったです」

 イルの素直な言葉を聞いて、ガヴィは頬を掻き、ゼファーは優しく微笑んだ。


「シュトラエルが君に渡した親愛の証は今も有効だ。創世の頃より繋がっている絆を、我が子が再び結べた事を嬉しく思っている。

 ……これからもシュトラエルの良き友としていて欲しい。

 ……あかつきを名に持つ娘よ」

            

 エヴァンクール国王の深い翡翠色ひすいいろの瞳に見つめられて、イルは胸が高揚するのを感じながらハイっと元気よく返事をした。



「ね! イル! むこうで一緒に遊ぼうよ!」


 小さな手に引かれて弾かれたように緑の芝生に駆け出す。

 あの日、暗い森の中隣にいてくれたのはこの小さな王子だった。

「おい! はしゃいで転ぶなよォ!」

 そして、いつも隣で行く道を照らしてくれたのは、燃えるような赤毛の剣士。

 

 一人ぼっちで泣いていた夜明けの狼はもういない。


 イルはやっと、一人ではなくなったのだった。




❖おしまい❖


2023.2.5 了 SpecialThanks! A.K&娘へ

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