第6話 よろず屋

 毒物混入事件後、王家の警備はより一層強化され、ゼファーはより国王の側や宮殿に詰めることとなった。

毒物は茶葉からは検出されなかったが、国王のカップについていたお茶の残りからは毒の反応があったらしい。

 しかし、同じポットから注がれたゼファーとガヴィのお茶からは毒は出なかった。


 紅茶を用意した女官は、国王が若い時から仕えている古参の女官で信頼も厚いため、彼女が犯人だとは考えにくい。

女官本人も自分に不利になると解っていつつ、お茶を淹れる際には自分しかポットには触っていないと証言している。

 ますます謎は深まるばかりだ。

 フォルクス伯爵にも詳しく話を聞いたが、くれないの民を虐殺したのは誰なのかは掴めなかったそうだ。

 いくら小さな村といえど、個人であのような芸当ができるはずもなく、しかし国の中でも北の辺境の村である。目撃者も生存者もいない。

住民同士の内紛の可能性もあるのではとの見解も出たが、そうではないことはイルがよく知っている。

王子の誘拐に関わった二人の内一人は雇われ傭兵、魔法使いは調べたが足がつかなかったらしい。


 ゼファーが宮殿に詰めていて動けない為、ガヴィは単独で調べを進めることにして、一旦侯爵邸に戻ることとなった。

 国王や王子の身が心配であったが、側にはゼファーが付いていてくれるし、城の中では警備の厳しい宮殿の中にいるのが一番安全だろう。

後ろ髪をひかれつつ、一応ガヴィ預かりのイルはガヴィと一緒に侯爵邸に戻った。



「お帰りなさいませ。ガヴィ様、アカツキ様」

 屋敷に戻ると執事のレンが暖かく迎えてくれる。

(レンの顔を見るとホッとするなぁ)

 ここを出てからまだひと月も経たないのにイルはなんだか懐かしい気持ちになる。

レンはガヴィの外套がいとうを受け取りながら予定を尋ねた。

「しばらくごゆっくりされる御予定ですか?」

「いや、支度が出来次第出かける。ちょっとばかしノールフォールの方に――」

 イルの耳がピクリと動く。

「……そういや、お前もあそこから着いて来たんだったな。

 ……お前はどうする?」


 ガヴィの話はこうだ。


 紅の民の里の虐殺、王子誘拐、国王の暗殺未遂。

三つの事件に何の関わりもないはずがないのは明白だが、どの事件も犯人の足取りはつかめていない。

 王子誘拐事件も国王の暗殺未遂も、ガヴィは現場に居合わせたが、紅の民の里の事件に関してはフォルクス伯爵の報告のみで未だ現場は見ていない。

国王も王子も今は宮殿にいるし、そちらはゼファーに任せることにして、ガヴィはもう一つの現場を自分の目で調査しようと言うことだった。

「ノールフォールは北の国境に近い。

 侵略目的の隣国の陰謀ではないかって意見も出てるが……それにしちゃ三つも事件を起こした割には国としての動きがない」

 水面下で謀略ぼうりゃくが進んでいるとも考えられるが、こんなに立て続けに事件が起きればノールフォールと隣接している国は真っ先に疑われてしまう。

 紅の民の里の事件後、公式書面で隣国に、『村人を惨殺した凶悪犯が国境を越えてそちらに侵入したかもしれない』と表向きには注意喚起と協力を要請したが、隣国からはすぐにお悔みと要請内容の了承についての返答があった。


の返答をしておいて直ぐに王家抹殺にかかるっていうのもリスキーすぎるし、俺は隣とはこの一連の事件、無関係だと踏んでるんだよな」

 そもそも隣国、クリュスランツェとは古くからの友好国で近年もこれと言ってトラブルはない。

ということは、敵は内側にいるということになる。

「どいつが敵か、わかんねぇからよ。

 とりあえず一度秘密裏に調べに行く」

 ガヴィはノールフォールに行っている間、イルをレンに預けようと思い一時帰宅したのだが、そういえばこいつも当事者だったと思い直した。

 正確に言えば、ガヴィはイルが本当に当事者だとはこの時は思っていなかった。

しかし、なぜだか連れて行った方がいいのではないかという思いに駆られたのだ。


 イルは当然着いて行く! とばかりに力強く吠えた。



*****  *****



 旅支度を整え、次の日には出発した赤毛の公爵ことガヴィと黒狼のアカツキだが、ノールフォールの森に着くのは前回森から王都に来た時の様にはいかなかった。

 前回は避暑地に王家お抱えの優秀な魔法使いが同行していたため、彼の移動魔法を使って王都との距離を短縮していた。

しかし今回は秘密裏である為、王家お抱えの魔法使いは使えない。

当然、自分の足を使うことになる。

 王都からノールフォールの森まで魔法なしで行けば、馬を使っても一週間はかかってしまう。

往復すれば移動だけで半月だ。


 ノールフォールは辺境の地であり、だからこそ今まで調査もフォルクス伯爵に頼り切りだった。

 しかし王家の面々の命が狙われている中、半月以上も王都を離れていいものなのだろうか?

イルは少し不安になってガヴィを見た。

 ガヴィは初めて会った時と違い、落ち着いた深緑色の動きやすい服と、目立たない色の頭からずっぽり被るタイプの外套を身にまとっていた。ガヴィの燃えるような赤毛は外套の中に入ってしまってほとんど見えない。

一応隠密行動なのに目立ってしまう為だと解ったが、あの燃えているような赤毛が、少し前をゆらゆらと揺れるのが好きなのにな、と少し寂しく思う。

 ガヴィの赤はなんだか元気が出る。


(ふふ、変なの)


 人の頭を見て元気が出るだなんて、イルは自分の思考に一人笑った。



 馬も使い、三日ほど北に向かって走ると比較的大きな街、ポルトに着いた。

アルカーナ王都の城下街程ではないが、人や馬車がひっきりなしに行き来し街は活気がある。

 昼前にはポルトの街に着いたのでイルはガヴィがこの街に寄ったのを不思議に思った。

昨日寝床に借りた納屋(なんせ黒狼連れなので宿には泊まれなかった)の家のおかみさんが好意で今日のお昼の軽食を持たせてくれたので、昼食の心配はない。

 あと半日も歩けば夕方には次の町に着けるのでここに寄ったのが意外だったのだ。

(何か買わなきゃいけないものでもあるのかな……?)

 イルの疑問をよそにガヴィはどんどんと迷いなく歩いていく。

そのうちガヴィは大通りから離れ、なんだか薄暗い裏路地の方に入っていく。

大通りはあんなに人であふれていたのに、次第に人が減っていき、代わりにちょっと人相のよろしくない人間がうろつき始めている。

 昼間だというのになんだか空気も少し薄暗い。

(ちょっとちょっと! どこに向かってるわけ?!)

 少しビクビクしながら必死でガヴィに着いて行くと、ガヴィは袋小路になっている路地の奥にある、軒下にガラクタが積まれている家屋の前まで来た。


 この家、何かの店舗のようである。


 壁には小さく『よろずあります』と汚い字で書いてある。

……確かに色々置いてはあるが、使えそうなものはありそうにない。

しかもドアにはクローズのプレートが掛かっていた。

 しかし、ガヴィは躊躇ちょうちょなくドアを開けると中に入っていった。

 ガランガシャンとドアベルらしきものが鳴るが、よく見ると穴の開いた小さなブリキのバケツらしきものがドアにぶら下がっていて、イルはうへぇと顔をしかめた。


「おい! ドムのおっさん! いるか!」

 ガヴィはフードを取ると大きな声で叫んだ。

ガヴィに続いてイルも店内に入ると、こちらも店というよりゴミ溜めという言葉がピッタリの様子で、所せましと訳のわからないものが置いてある。

 かろうじて部屋の奥にカウンターらしきものがあり、奥からこれまた小汚い髭を生やした五十位の男が頭を掻きながら顔を出した。

「お客さァん、今日は店閉まって……ってなんだ、赤毛のボーズかよ」

 ドムと呼ばれた男は、どうやらここの店主らしい。

店も汚いがこの男の風体も薄汚く、髪はボサボサ、無精髭ぶしょうひげを生やしていてなんとも胡散臭うさんくさい。

(……名前もドム馬鹿ってふざけてんの?!)

 国王から信頼の厚い侯爵様と関わりのある人物だとは到底思えない。

 しかしガヴィはなんとも思っていない様子でドムに話しかけた。


「道を開いてもらいたい」


 ドムは片肘を行儀悪くカウンターに付き、頬杖をつきながら片眉を上げた。

「……対価は?」

 ドムは面白そうにガヴィを見上げた。

「……アルカーナ王宮で出されている一級酒、たるで」

「いいねぇ! 乗った!」

 嬉々として手を叩くドムに、話の見えないイルは目を白黒させながら二人の顔を見比べた。

 ドムは頬杖をついたままガヴィの足元のイルを見ると益々愉快そうに目を細める。

「ポーンと宮中一級酒を用意できる、狼を連れた赤毛のボーズは一体何者なのかねぇ?」

 くつくつと喉の奥で笑うとドムはよいせっと立ち上がる。

「ここはいつから客の背景詮索するようになったんだ?」

 ガヴィがうんざりした顔でドムを見る。

「わりーわりー。ちょっとした独り言だよ」

 ドムは手をひらひらとさせて店の奥に向かうと二人を手招きした。



 店の奥はガラクタの置いてあった店内よりも薄暗く、壁には何やらハーブやよくわからない奇妙なものがぶら下がっている。

 イルがきょろきょろと室内を見まわしていると、「ドムのおっさんはこんな風体ナリしてるが、なかなか高度な魔法を使う魔法使いなんだ」とガヴィが教えてくれ、「お前は一言多いんだよ!」とガヴィを小突いた。


「んで? どちらまで?」

 部屋の隅に置いてある、これまた壊れそうな椅子に腰かけながら尋ねる。

ガヴィはノールフォールまで、と答えた。

「ノールフォール! また辺鄙へんぴなとこまで行くねぇ!」

「なんだよ、行けねぇのか?」

 ドムはカカと笑う。

「いや? 俺もまた旨い酒が飲みたいんでねぇ? お送りしましょう」

 そう言って再び立ち上がると、何やらガヴィと二、三言葉を交わし、ガヴィは何か品物を受け取っているようだった。

そしてガヴィとイルをちょいちょいと手招きすると部屋の中心に立たせる。


「さぁて! それじゃあ今からこの万屋よろずやドム様が、お前たちをノールフォールまで送ってあげようかねぇ!!」


 そう言って呪文を暗唱すると、二人の足元に円形の魔法陣が光輝いた。

 ドムの描いた魔法陣はガヴィとイルを光の軌跡で包むと、あっという間に魔法陣の外の景色を変えた。

ついさっきまで薄暗いドムのよろず屋の部屋にいたのに、今目の前に見える景色は森の入口だ。

魔法陣の光は空気に散るようにして消えていった。



「さて、いくか」


 ガヴィはフードを被り直すとスタスタと森に向かって歩き出す。

イルは慌ててガヴィを追いかけたが、頭の中は軽く混乱していた。

(え? いや、いやいやいや!

 あのおじさん、簡単に魔法陣描いてたけど可笑しくない?!)

 移動の魔法は魔法の中でもかなり高度な業だ。

空間と空間を繋ぐのだから当然だが、腕のいい魔法使いでもせいぜい家の中と外を繋ぐとかその程度である。

 ちなみにいにしえの時代、優秀な魔法使いを排出していたと言われる紅の民の一族の中にも、昨今魔法の血が薄れていったせいもあるがそんな高度な魔法を使える者はいなかった。

 王家お抱えの一級魔法使いならいざ知らず、あんな場末のよろず屋の店主が何故。

疑問符が色々つくが、悲しいかな黒狼姿のイルでは質問することすらできない。


(ガヴィって……変)


 黒狼になれるイルだって、傍から見れば相当変だが、ガヴィは謎が多い。

口は悪いし、若いのに平民から侯爵位をもらっていたり、変な知り合いがいたり。

 怒ってばかりだけど優しいところもあって。笑顔は存外に子どもっぽい。


(ガヴィのこと、……もっと知りたいなあ)


 チラリとガヴィの横顔を盗み見る。

イルはガヴィへの興味がどんどん膨らんでいくのを感じていた。


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