第4話 薔薇の庭園

 しろでの生活は順調……ではなかった。

 あの後、ゼファーの部屋を退出し、当然ながらイルはガヴィと共にかれ執務室しつむしつに向かったのだが……



 ガヴィの部屋は当たり前と言えば当たり前なのだが、ゼファーの執務室しつむしつたような作りになっていた。

そもそも私邸していはガヴィもゼファーも王都の郊外こうがいにあり、しろの内部にあるのは執務しつむのための執務室しつむしつである。爵位しゃくいが高いため、庶民しょみんの家に比べたらはるかに豪華ごうかではあるが、基本的きほんてきには仕事のための部屋と寝室しんしつ(領地りょうちが遠く登城とじょうするとしばらく帰れない貴族きぞくもいるためだ)の二間続きだ。

 よって、ガヴィの侯爵邸こうしゃくてい以上にイルの居場所いばしょはない。文字通り、生活の全てをガヴィと共にする羽目はめになった。


 すなわち、寝室しんしつも、である。


 侯爵邸こうしゃくていにいる時は私室は別だったのでわからなかったが、ガヴィと言う男は遠慮えんりょと言うものがない。

私室であり、イルはおおかみなのだから当然かもしれないが、どこでもぐしそのままウロウロしたりする。

 イルは最初の三日は顔を赤くしたり青くしたりした。……黒狼こくろう姿すがたなので相手からは顔色なんて見えやしないが。

 しかし、悲しいかな四日目にはもはやれてしまった。


 それよりもこまったのは食事である。初日はガヴィの部屋付きの侍女じじょが、それはそれはビクビクしながら調理前の生肉を持ってきた。

イルは黒狼姿こくろうすがたなのである意味正解せいかいだが、もちろんイルは人生において生肉なぞ口にしたことがない。とてもではないが食べられず、出された水だけをめていた。

が人間(おおかみ?)食べなければ死んでしまう。

 二日目の朝には盛大せいだいはららし、元気がないのを見兼みかねたガヴィが何かを察して自分の人用に焼かれた肉を分けたところ、空腹くうふくえかねていたイルは勢いあまってガヴィの手にみ付いた。

執務室しつむしつにはガヴィの元気な声がひびき、それを見た侍女じじょ卒倒そっとうしそうになった。

手をさすりながら大丈夫たいじょうぶだとガヴィがイルをかばい、イルが謝罪しゃざいの気持ちを込めてペロペロとガヴィをめていなかったら放り出されていたかもしれない。

 次の日からはイルにも人用と同じ肉が用意された。

おかげで部屋付きの侍女じじょ益々ますますおびえ、ガヴィは二日は不貞腐ふてくされていた。

 五日目、イルはすっかり意気消沈いきしょうちんして大人しくなり、それこそい犬の様にトボトボとガヴィの後ろについてまわっていた。



「……君、もうその顔やめたらどうだい?」

 ゼファーの執務室しつむしつでお茶を飲みながら不貞腐ふてくされるガヴィにゼファーは思わずかたふるわせた。

「……俺は元からこの顔ですけどぉ?」

 機嫌きげんの治らないガヴィに、ゼファーは嘆息たんそくしてまゆを下げた。

「もうその辺でいいだろう?

 可哀想かわいそうに、アカツキ殿どのも元気がないよ」

 ねえ? とゼファーはイルをやさしく見てくれた。

「だってよ、コイツ二度目だぞ?!

 他のヤツにはしねえくせに、俺には足にみつきうでみつき……大人しくしてねえと王子には会えねえって言ってるだろうが!」

 おおむね事実なのでイルには返す言葉がない。イルは余計よけいにしょんぼりと頭を下げた。

「君にしかしないと言うことは、君のせっし方にも問題があるんだろう。

 君と長年友人をしているが、私はアカツキ殿どのに同情する所も大いにあるがね」

 そう言ってイルの首筋くびすじなぐさめるようにポンポンとたたいてくれた。


(……うぅ、泣きたい……)


 ゼファーのやさしさが身にみる。

 しかしまあ、ガヴィの態度たいどにカチンと来る時もあるものの、寝床ねどこ提供ていきょうしてくれるしご飯だって手配してくれる。

王子のためとはいえ、突然とつぜんっていたイルをきちんと面倒めんどうを見て王子に会わせる義務ぎむはあっても義理ぎりはない。

周りから見ればイルはただの黒狼こくろうなのだから、けものとしてあつかわれて当然なのだ。

そう思えば、口は悪くともなんだかんだとガヴィはやさしい。

大人しくしていなければガヴィにもゼファーにも迷惑めいわくがかかるのに、面倒めんどうを見てくれているガヴィにみつくとは言語道断ごんごどうだんだ。


 イルは二人に迷惑めいわくをかけないようにと心にちかった。



*****  *****



 それから、イルはそれこそ本当のい犬の様にガヴィの側でごした。

 六日目の夜には、こわがって近寄ちかよらなかった部屋付きの侍女じじょがやっと「どうぞ」とふるえた声ではあったが対面で食事の皿を差し出してくれた。

 そして七日目の朝、

「よし! 散歩に行くか!」

 ガヴィは無駄むだにわざとらしい大声で周りに聞こえる様に言うと、イルの手綱つなを持って歩きだした。


 執務室しつむしつを出るとしろに来た時の回廊かいろうではなく、執務室しつむしつおく通路つうろけてステンドグラスが美しい階段かいだんりる。

しばら廊下ろうかを行くと外の通路つうろに出るとびらがあり、外に出ると朝の気持ち良い光がイル達をさした。

 アルカーナの王城おうじょうは本当に美しくて、どこにいても花や木がえられており気持ちが良い。

外の回廊かいろうは庭園に面しており、もうしばらく行くと生けがきかこまれた薔薇園ばらえんき当たった。薔薇ばらの中からは何やらにぎやかな声が聞こえる。


(この声――!)


 ハッとして声の方に耳を向けるとガヴィが殊更ことさら大きな声で言った。

「よし! アカツキ! この辺で散歩でもすっか!」

「――え?! アカツキ?!」

 バタバタと足音が聞こえたかと思うと、薔薇ばら垣根かきねにあるとびらが開き、小さなかげが飛び出してくる。

後ろからはあわてた様子でお待ち下さい殿下でんか! と叫ぶ侍女じじょの声がする。

 薔薇ばらの庭園から飛び出してきたのは、

アルカーナ王国第一王子、シュトラエル・リュオン・アルカーナ。その人であった。

「アカツキ!!」

 シュトラエル王子はイルの首筋くびすじに飛びついて来た。

その全身からあふれ出るよろこびを感じて、イルもうれしくなって鼻を鳴らす。

 ぎゅうぎゅうとイルを抱擁ほうようする王子に侍女じじょはオロオロとガヴィに助けを求める視線しせん寄越よこした。

「問題ない。危険きけんはねえよ」

 つなも持ってるしな、とガヴィは首輪からつながっているくさりを持ち上げてみせた。

「アカツキ! おしろに来られたんだね! うれしいよ!

 ……ガヴィ! 有難ありがとう!」

 はじけるような笑顔でガヴィに礼を言う。

そんな王子の笑顔を見て、ガヴィも満更まんざらではなさそうな顔で「よろこんでいただけて恐悦至極きょうえつしごく」とわざと芝居しばいがかった礼をした。

「……シュトラエル?」

 薔薇ばらの庭園からもう一人の人物が顔を出した。

「あら、レイ侯爵こうしゃく

「アグノーラ様、おはよう御座ございます」

 流石さすがのガヴィもこうべれて挨拶あいさつしたその人は、シュトラエル王子の母にしてアルカーナ王国の母、アグノーラ王妃おうひであった。


「母上! アカツキです! ガヴィがアカツキを連れてきてくれました!」

 ほほ紅潮こうちょうさせて王妃おうひる。

アグノーラ王妃おうひやさしくシュトラエル王子を受け止めた。

「森で貴方あなたを助けてくれたあのおおかみですね?

毎日アカツキのお話をしてくれていたものね」

 キラキラと目をかがやかせるが子に目を細めると、王妃おうひはガヴィとイルの方を向いて「そちらに近づいてもよろしいかしら」と聞いた。

 ガヴィは改めて「この黒狼こくろう危険きけんはなく、安全はこのガヴィ・レイとアヴェローグ公爵こうしゃく保証致ほしょういたします」と王妃おうひちかった。

 王妃おうひうなずくと優雅ゆうがな足取りでイルの側までやってきた。

「アカツキ、シュトラエルの母、アグノーラと言います。先日はシュトラエルを助けてもらい、本当に感謝かんしゃしています」

 そう言って微笑ほほえみ、こわがらずにイルの首筋くびすじでてくれた。

イルのむねはドキンドキンと音を立て、喜びに打ちふるえた。

そしてこの王子にやさしい王妃様おうひさまをあっという間に好きになった。

「……シュトラエル、薔薇ばらの庭の外で長居していてはみな困ってしまいます。そろそろ戻りましょう」

 ね? と王子をうながすが、王子は顔をくもららせた。

「で、でも……今やっと会えたのに……」

 王妃おうひは王子の小さな手をにぎるとガヴィの顔を見て、

「レイ侯爵こうしゃく、お時間がありましたらご一緒いっしょにこちらでお茶でもいかが?」

 と言って王子をよろこばせた。



 薔薇ばらの庭園は、王妃おうひ個人こじん庭園で国王一家の居住区である宮殿きゅうでんから続きになっており、ぐるりと庭を薔薇ばらいばらが囲んでいる。

 その内側には基本的に王家の者しか入れないのだが、個人的こじんてきに客人を招くこともあった。

国王の親戚しんせきであるゼファー・アヴェローグ公爵こうしゃくや国王や王子と親交の深いガヴィはりと頻繁ひんぱんに王家の庭園にお邪魔じゃましている。

今ほども、薔薇ばらの庭園内にある東屋あずまや王妃おうひと王子は遅めの朝食をとっていたらしい。

侯爵こうしゃくも知っていると思いますが、陛下へいかとアヴェローグ公は本日すでに公務があり不在なのです。

 こちらの紅茶こうちゃはこの庭園の薔薇ばらで作ったものなのですよ。お口に合えばよろしいのですが」

 そう言って微笑ほほえんだ王妃おうひは、さながら朝日を浴びて開いた薔薇ばらの女王の様であった。

 北の避暑地ひしょちでも王妃おうひには一度会っているのだが、あの時は自分も泥々どろどろ王妃おうひとも距離きょりを取らされていたため、きちんと対面したのは初めてだ。

「……レイ侯爵こうしゃく、アカツキ。改めてお礼を言います。避暑地ひしょちでシュトラエルを救って下さった事、本当に感謝かんしゃしています。

 侯爵こうしゃくがおられなかったら……今ごろシュトラエルはここにはいなかったでしょう」

 そう言って二人に頭を下げる。

 これには流石さすがのガヴィも恐縮きょうしゅくしてしまった。

「とんでもありません。自分は当然の事をしただけですから。

 ……そうですね、功績こうせきが大きいのはどちらかといえばコイツでしょう。

 夜の森の中、アカツキが王子を温めていてくれなかったらと思うとゾッとします。雨も降ってましたし低体温で力きる可能性かのうせいもありましたし」

 イルはビックリした。

 ガヴィが敬語けいごしゃべれることにもおどろいたが、イルに対してそんな事を思っていたとはゆめにも思わなかったのだ。

「ふふ……シュトラエルが貴方あなた護衛ごえいにと駄々だだをこねた時はどうしたものかと思いましたが……が子ながら人を見る目があったのですね。

 結果、自分の命を守ることとなった。

 ……アカツキ、貴女あなたも本当に有難ありがとう」

 イルはタシタシと尻尾しっぽを地面に打ち付けた。

「王子とは一緒いっしょに虫をる約束をしていたんでね。遊びの趣味しゅみが同じなんです」

 ガヴィはそう言って少年の様に笑った。

ガヴィはそうやって笑うと一気に目が無くなって顔がおさなくなる。

王妃おうひもそんなガヴィに目を細めて笑った。



 ここでの会話で王子誘拐事件ゆうかいじけんのあの日、ガヴィは元々護衛役ごえいやくでなかった事を知った。

 避暑地ひしょちに行った王子が虫取りの約束を思い出し、ガヴィを呼びたいとめずらしく駄々だだをこねたのだ。たまたま手の空いていたガヴィは魔法使まほうつかいからの魔法まほうでの連絡れんらくを受け、王子らから数日おくれて護衛兼ごえいけん遊び相手として避暑地ひしょち入りしたらしい。

王子は自分の判断はんだんもお気に入りの剣士もアカツキもめられて、とてもほこらしい気持ちになった。

「……母上、あのね?

 ……アカツキのくさり……外してもいい?」

 上目遣うわめづかいで母にお願いする。

王妃おうひが子の可愛かわいいお願いの仕方にき出した。

貴方あなたは、本当にお願いが上手なのね?

 ……確かにくさりつながれたお友達なんておかしいものね」

 そう言ってにっこり笑った。

 シュトラエル王子は王妃おうひの言葉に飛びねて喜び、アカツキのくさりを外してもらうと、ひとしきり二人で庭を走り回った。


 その後、遊びたおした王子はおねむになり、アカツキとお昼寝ひるねするとごねたが、流石さすがに王家の居住きょじゅうする宮殿きゅうでんに上がるのは国王陛下こくおうへいかゆるしを得てからにしようと執務室しつむしつに帰った。

王子は「明日も遊ぼうね!」と言うのはわすれなかったが。



 その日、イルは上機嫌じょうきげんだった。


 シュトラエル王子には再会さいかいできたし、アグノーラ王妃おうひにもやさしい言葉をもらえた。

しかも明日からは会おうと思えば王子に会えるのだ。

あの悪夢あくむの様な出来事できごとのあった日から、初めて笑えたような気がした。

人の姿すがただったなら、鼻歌でも歌いたいところだ。

浮足立うきあしだつイルの様子を見て、ガヴィは苦笑した。

「……お前、本当に王子が好きなんだな」

 イルはご機嫌きげんで小さくえて答えた。

「ハハ……素直なヤツ」

 いつものようにちょっと小馬鹿こばかにしたように笑われたけれど、その直後「良かったな」と小さく言われたのでイルの機嫌きげんはそのままだった。

(……ガヴィが色々考えてくれなかったら、王子に会えるのはもっと先になっていたよね。

……ガヴィに、いつかなにかお礼がしたいなぁ……)

 少し先を行くガヴィの背中に、イルは素直にそう思った。



*****  *****



 次の日から、イルはシュトラエル王子の所に日参した。

 始めの数日はガヴィも付き合ってくれたが、三日も経つと「おれにも一応仕事があんの!」と一緒いっしょに付いてきてくれなくなった。

 王子の待つ薔薇ばらの庭園に通うつな持ちをお供させた(言わずもがな、ガヴィのことである)おおかみの話は、もうすでしろの中で有名だったので、ガヴィが付き合ってられん! とつな持ちを放り投げた四日目には王妃の「一人でここまできたらよいですよ」とのつるの一声で、イルは晴れてくさりから開放され、城内じょうないを自由に歩ける権利けんりを手に入れた。

 そしてその日、王子が「ぼくのほうが最初にアカツキと出会ったのに、ガヴィが首輪をプレゼントしたのはずるい!」と(ガヴィいわく、プレゼントしたわけではないとの事だが)イルに太陽をした飾りを首輪に付けてくれた。

 王子がおくった太陽の飾りを付けた人の話の分かる赤い首輪のおおかみはあっという間に城内じょうない認知にんちされ、首輪がまるで通行証のように、イルが一人で歩いていても止められたり不審ふしんがられることがなくなり、それどころか興味きょうみ深く近寄ちかよってくる者まで出てきた。

 初めはちょっといやだった首輪も今ではとてもほこらしい。



 さて、今日も今日とてイルは王子に会いに、薔薇ばらの庭園の入口に来ていた。

庭園の門番もすっかりイルにれた様子で、イルの姿すがた確認かくにんするととびらを開けてくれた。

 とびらを開けると頭上にはあわい黄色とガヴィのかみの毛みたいな色をしたあか薔薇ばらがアーチになっている。

ここを通る時、この二つの薔薇ばらが王子とガヴィみたいだなといつもこっそり思っているのは二人には内緒ないしょだ。

 アーチをくぐけ、東屋あずまやのある芝生しばふの庭に出ると、もうすっかりお馴染なじみになった銀髪ぎんぱつ公爵こうしゃく東屋あずまやにいるのに気が付いた。

「おや、アカツキ殿どの。今日もシュトラエル様のところですか?」

 小さくえて返事をする。

(あれ? ゼファー様、何でここにいるんだろう……)

 そう思ったところで、イルはゼファーのとなりにも人がいるのに気が付いた。

 王家専用せんようの庭に主でない公爵こうしゃくと共にいる人物と言えば……


「……彼女がアカツキかい?」

(――この方が、)


 そこにいたのはこの庭の、――いや、この国の主。

アルカーナ王国国王、

エヴァンクール・リュオン・アルカーナ王だった。



 アルカーナ王はゼファーよりかは幾分いくぶん年上で、面差おもざしがゼファーによくている。

ゼファーとは血縁であるので当然だが、決定的にちがうのはその髪色かみいろだ。

ゼファーが見事な銀髪ぎんぱつであるのに対し、アルカーナ王は夜のやみのような漆黒しつこくだ。

ひとみの色はゼファーと同じ深い森の様な翡翠色ひすいいろをしており、ゼファーとの血のつながりを感じさせた。

「はい、陛下へいか。こちらが最近うわさ黒狼こくろう、アカツキ殿どのです」

 うわさって一体どんなうわさだろうとドギマギしながら、イルはアルカーナ王に向き合い、きちんと座って尻尾しっぽを二度って挨拶あいさつをした。

「息子が世話になっているようだね。

 避暑地ひしょちでの事も、君がいなければ今のようには笑っていられなかっただろう。感謝かんしゃしている」

 ゼファーの声も、やさしい落ち着いた声だと思っていたけれど、アルカーナ王の声はゼファーの声よりももっと深みがあって人をきつける力があった。

 イルはパタパタと尻尾しっぽを振った。

「……それにしても君は不思議ふしぎ黒狼こくろうだな。

 精霊せいれいたぐいであれば人の言葉がしゃべれたり姿すがたを変えられる者もいると聞くが……君は人の姿すがたになったりはしていない。

 ……でもこちらの言っている事は通じていそうだね?」

 翡翠色ひすいいろひとみに見つめられて、イルは小さくえて返事をした。

「……我々われわれふところに入って危害きがいを加えるつもりならば、もうとっくに実行しているだろう。

 公爵こうしゃくやあのガヴィが心を許すはずもない。

 ……これからもシュトラエルをたのむよ」

 そう言ってチャリ……と王子のくれた飾りをでた。

「あっ! アカツキだ!」

 建物の中から元気な王子の声が聞こえたかと思うと、弾丸だんがんのように王子がけて来た。

イルの首にき付きながらゼファーを見上げる、

「ゼファーもいらしてたの?」

「はい王子、お邪魔じゃましております」

 ゼファーはにっこりと王子に微笑ほほえみかけた。

「父上もアカツキと仲良くなりました?

 アカツキはすごかしこいんですよ! ぼくの一番の友だちなんです!」

 王子が得意気とくいげに言う。

この王子は本当に人を喜ばすのが上手い。

すでに王の資質をそなえていると思う。

「……そうか。

 いいかい? シュトラエル。

 国をみちびく者は良き臣下しんかを得るのも大変だが、友を得るのはもっと困難こんなんなものだ。

 ……アカツキを友と思うなら大事にしてあげなさい」

 シュトラエル王子は父王の言葉にハイッと元気よく答えた。



 いつものように王子と庭を転げ回り、王子がねむくなってきたら王子をに乗せ、宮殿きゅうでんにいる王妃様おうひさまのところへ運ぶ。

 ねむってしまってもイルの毛並みをはなさない王子に目を細め、やさしく下にろし、王子をつつむように一緒いっしょ昼寝ひるねをした。

そんな二人を見て、王妃おうひ窓辺まどべ刺繍ししゅうしながら微笑ほほえむ。


 幸せそのものの光景だった。


 誤解ごかいであったことはわかっているが、自分に興味きょうみがないと思っていた家族をいっぺんにくし、姿すがたを変えられて路頭にまようしかなかった自分が、まさかしろの中で王子やガヴィ達とこうやってらしている。


 くさり魔法まほう永遠えいえんではない。


 父からすれば一種のお守り代わりだったにちがいない。

父からもらったくさりを外せば人の姿すがたに自由にもどれるが、果たして人の姿すがたの自分を必要とする者がいるだろうか?

黒狼姿こくろうすがたの自分、アカツキにこそ、存在意義そんざいいぎがあるのではないか。

 人の言葉を話さなくても、伝わる思いも人も、ここには有る。

(これからも、……ずっと王子の笑顔を守りたい)

 父の言った通り、このままでいる事が自分の幸せにつながるのではないか。


 イルはそう思いはじめていた。



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