二十日ぶりに食べるブリ大根の上の二十日大根
二〇**年十月。
前座である洋太鼓集団〈キャオー!!〉の演奏が終了し、スポットライトが舞台袖にいる佐野クイートの上に落とされる。
手にほかほか湯気を噴きだす焼き芋を握ったまま、ステージ中央に進みでるクイート。スタッフが
クイート「……なんか、コンサートって久しぶりで、緊張しちゃうな」
観客「キャー!! クイート〜」(歓声と拍手が沸き起こる)
観客「こいつ、しょっちゅう出てくるよな。もう見飽きたんですけど。内ケ城市もなんでこんなやつ雇ってるんだろ。もっとかわいい女性アイドルとかにすりゃいいのに。元々ゆるキャラの中に入ってたって噂、本当かな」
クイート「今日は、うれしいお知らせと、悲しいお知らせがあります」
観客「いよっ、待ってました、竿竹屋!」
観客「ああ、こんなに胸躍らないのもめずらしいわ」
クイート「うれしいお知らせは、今夜、皆さんにお会いできたこと。悲しいお知らせの方は、実は最近、ひどい目に遭いまして」
観客「ええーっ!! なになに?」(ざわざわざわ……)
観客「おれも今ひどい目に遭ってるよ。
クイート「(後退して、テーブルの焼き芋を一口齧るとまた戻ってくる)先日、
観客「クイート〜、こっち向いてー」
観客「頼む。早くコンサート聴かせてくれ」
クイート「右折レーンの先頭だったので、交差点の中央手前まで進んで待ちますよね? 大変混雑した道路で、対向車線の車が都合よく途切れてくれると考えるなんて、夢のまた夢。おそらく現実には、黄色信号に変わってからすばやく抜ける感じになるだろうな、と思っていました。でもそこからが悪夢のはじまりだったのです」
観客「ええ? まさか……」(ざわざわざわざわ……)
観客「激おこぷんぷん丸が出港いたします! ぷんぷん! ぷんぷん!」
クイート「黄色信号になっても、対向車線の車の流れは止まりませんでした。まあ、交通マナーが悪い、とされる地域ではよくあることですよね? 黄色黄色も青のうち、みたいな。でも、それだけじゃなかったんです。車はなんと、赤信号に変わってからも突進してきました。その道路、片側一車線だったのですが、赤だから早く渡らないと──という感じに、前の車を追い抜く勢いで、二台横並びになって走ってくるんですよ。そういう車がたった一台とかじゃないんです。その後ろの車もまったく同じに、前の車の横に並んで走ってくる。
僕は、この世の中の人は皆それぞれ個性があって、同じ人は一人として存在しない、とそろばん教室で習いました。なのに、この道路を走っている車たちは、同じ思想に染められていた……。
って……いや、おいおい、赤は停まらなきゃだめですよね? 右折するために中央に出てるのが目に入らないの? でも、そうやって対向車線が
観客「クイート、泣かないで〜」
観客「なんの話なの? 警察の交通課とかに相談しろ。ちまちま焼き芋食ってんじゃねーよ」
クイート「僕はとうとう右折できませんでした。なんなんだ、この交差点は、と蒼褪めながら、仕方がないので次の信号を待ちました。ずっと中央付近に飛びだしたままですから、このままじゃ交通の妨げになる。時代はパナソニ◯クと名前を変えた松◯電器がナシ◯ナルにはもう戻れない──と叫んでいます。次は必ず右折しなきゃ! と心に誓いました」
観客「クイートー……」
観客「生まれ故郷のゆるキャラの体内に戻るという手もアリっちゃ、アリ」
クイート「しかし、次のチャンスにも、まったく同じ展開が待っていたのです。再び、黄色信号になり、赤信号に変わっても、対向車線の流れは止まりませんでした。おわかりでしょう……それはただ、ヴルタヴァ川の流れを見ているのとは、まったく違った心境だったのです」
観客「ひどい……」(ざわざわざわ)
観客「ほんと、その道路が憎い! こんな話聴かされる目に遭わせやがって」
クイート「僕は、このままじゃ一生右折できない! と思いました。交差点という名の十字架に磔にされたまま、年老いてゆくなんて……。なので、左右の方向が青信号になり、その車が背後から迫ってくるぎりぎりに滑り込んで、なんとか右折に成功しました。本当に、危なかったです」
観客「クイートぉー。よかったー 、右折できて」
観客「そんなんでよくプロの噺家なれると思ったな」
クイート「このように、まだまだ未熟者の僕ですが、内ケ城市の発展のために全力で頑張っています。今夜はコンサートに来てくれて、本当にありがとう! 残りの時間もどうか楽しんでいってください」
(マイクを置き、焼き芋を手に取って
観客「キャー!! 行かないでー。クイートー」(ワー、ワー)
観客「やべぇ、意味がわからなすぎて、涙出てきた」
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