第3話 俺の名は
『まあいい。
旧神や外なる神のほとんどは封印されて役に立たないのだからな。
真の敵はゼウスに在らず。』
ヨグ=ソトースの語りにゴクリと俺の喉が鳴る。
「ゼウスじゃなかったらどうなるんだよ。
オリュンポスの神々を統制してる俺たち人間でもわかる神だぞ。」
俺の動揺に隣のニャルラトホテップは笑う。
「ハヒーハ、話はそう単純ではないんだよね〜。
単純だったらそもそも人間を頼らず神々で殺しあえばいいだけなんだけど。」
そう言って紫色の何かを掌にニャルラトホテップは映し出す。
「これ、僕のパパ上。
全ての宇宙の根源の素って言われてる。」
「はあ?」
イマイチ理解が追いつかないがこの紫キャベツの様な葉牡丹の様な物体が宇宙の全権を握っているらしい。
『そう、そいつが我の兄弟であり、眠り続けてるだけの白痴の王、アザトゥースだ。』
「眠り続けているのに王様で神様?馬鹿じゃねぇの?」
俺が馬鹿にするとフードを被った門番が触手を突きつけてくる。
「口を慎めよ人間。
アザトゥース様がいなければお前らも生まれないんだ。」
「話が進まないからいいかい?
まあ、つまり人間ちゃんには僕のパパ上を目覚めさせないように現世で神々の戦いに巻き込まれた道化を演じてもらって僕が真の敵を探る。
こういう策戦の予定なんだけどいいかい?」
「いいかと言って断ったらどうせ殺すと脅すんだろ?
俺に拒否権なんてねーだろ。」
そう言ってニャルラトホテップを睨めば「死なない程度にはサポートするよ。
新しい人間ちゃんを募るのにも労力がいるし、君の適応能力が少しだけ惜しくなったからね。」と戯けた仕草で言う。
『…話がまとまったのならさっさと行くが良い。』
ヨグ=ソトースの呆れた声が頭に響いた瞬間、目が覚めると俺の部屋だった。
「やあ、お目覚めかい?
さっそくで悪いんだけどもう敵の攻撃は始まってるよ。」
窓が割れ、黒い塊が俺の部屋中を駆け巡る!
よく目を凝らしてみるとそれは生き物であり、爪と牙が鈍く光っている。
厄介なことに巻き込まれたと自覚した矢先これだ。
上布団にくるまって様子を観察する。
大きさは俺の膝下くらいの子熊だ。
「オイ、ニャルラトホテップどうすればいい?
俺は猟銃も武器もないぞ!」
素手で格闘して勝てるほど筋力はない。
「がんばれ♡がんばれ♡人間ちゃん。
僕に頼らないで熊一匹くらい倒して見せてよ。
あ、ヒントだけど大熊座は月の女神、ディアナの侍女、カリストはゼウスと関係を持って後に狩人になるアルカスを産む。
それによって嫉妬に狂った女神ヘラがカリストを熊に変えてしまう。
何とか生き残ったカリストは狩人になり、親子の再会を果たすが母親と知らず大熊を殺そうとするが実父であるゼウスが母息子ごと雷と嵐で空に上げるというのがその小熊座の逸話だ。
しかもそいつは昨日倒したやつの複製だから雑魚だよ。」
悠長に小熊座の話をするニャルラトホテップ。
俺は必死に飛び掛かってくる子熊を避けながら距離を取る。
「なんかないのか!武器とか!」
奴に怒鳴るが知らん顔。
まてよ、さっきの話が本当なら雷=電気が弱点じゃないのか?!
「よしこっちにこい!」
幸いな事に両親は夜勤で家には俺一人だ。
子熊は俺を追いかけて廊下をバタバタと走り回る。
風呂場まできて水を貯める。
何をするかだって?
ドライヤーをつけて水の中に落とせば簡易電気ショック風呂となる訳だ。
最悪俺も死ぬかもしれないがクマに食われて死ぬよりかはマシだ。
「ふうん、君の考えは最高に狂ってて僕は好きだよ。」
「ウルセェ、一々思考を読むな。」
ドドドと水が貯まる。
ドライヤーを構えて風呂の淵に立つ。
さあ来い。
だが子熊は唸り声を上げて一向に風呂場には入ってこなかった。
「ハハハ、当てが外れたな。」
俺の頭上で笑うニャルラトホテップ。
クソッタレ!
あの熊、唯のクマじゃあない!
不味いぞ、もう、撃つ手がない。
一か八かドライヤーを投げるか。
そのくらいの衝撃じゃダメだ。
思考を止めるな。
視野を狭めるな。
何か…何かがあるはずだ!
その瞬間、風呂の小窓が破られた。
バリーンという大きな音とガラスが俺の頬を切る。
「イッテェ!」
窓にあった柵とガラスを踏み壊して黄色いレインコートを見に纏った女が子熊の顔面目掛けて蹴りを入れる。
そのままひらりと身を一回転させて脱衣所に着地した。
「あんた馬鹿なの?
熊は警戒心が強いからそんなあからさまな罠掛かるわけないでしょ!」
美人に怒鳴られ俺は足を滑らせて浴室に落ちた。
「うわっ、とと…あぶねー。
でも助けてくれてありがとな!」
間一髪で腕を上げてドライヤーを死守する。
「…別にあんたに手を貸したわけじゃないから。
私の主人の命でここに来ただけだ。」
涼しげな顔で彼女はひっくり返った子熊に懐から出した剣を向ける。
「その命、貰い受ける。」
振り上げた瞬間、剣の形状が触手に変わり、子熊を締め上げる。
その様子はまるで蛇やタコの捕食シーンを彷彿とさせる光景だ。
バキンゴキン、グチャグチャと骨と肉を砕く音が響く。
それなのに血の一滴、痕跡を残さず跡形もなく子熊は飲まれて消滅した。
「君、邪悪な神と取引は感心しないな。
アタシは助けてあげられないけど…。
取り敢えず名前は?」
剣を懐の黄色いローブに納めて女は俺に向き直る。
「…星河 崇だ。」
女の手を握って浴室から上がるのであった。
【To be continued】
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