第2話 ドリームランドへようこそ


 最初に感じたのは薔薇の香りだった。

次に感じたのはモフモフとした柔らかい毛だった。

「起きろにゃん。」

目を開けると顔面一杯に猫の顔面が視界を塞いでいた。

「うわぁぁぁぁぁ!!」

「あっはっは、いい反応だ人間ちゃん。」

横からニャルラトホテプの声が聞こえて首だけ動かすと黒猫の姿になった奴がいた。

「お前…ニャルラトホテプなのか?」

「ああ、そうだとも。

ここ、ウルタールの街は猫が主役の街なのさ。」

そう言って奴は顔を向こうへと向けて辺りを見回すように仕向ける。

仰向けの状態から起き上がると見渡す限りの猫、子猫、猫!

俺は犬派なんだが猫もよく見ると可愛いかもしれない。

「え?君犬派なの?

ティンダロスの猟犬はやめたほうがいいんだけどなぁ。」

「やめろ思考を読むな。」

頭を抑えて後ずさると黒猫は愛くるしい表情で俺の肩にひょいと乗る。

「ところでその、ウルタールの街って何なんだ?

俺は確か部屋で寝てたはずだが?」

肩に乗ってるやつに効くとゴロゴロと喉を鳴らし答えた。

「簡単に言えば僕らの住まう夢の国に招待したんだよ。

現状を知って君達の世界がいずれこうなるであろうという危機感を持ってもらわないとね。」

そう言ってついてこいと肩から華麗に飛び降りて黒猫は先を歩いていく。

素直についていくと石畳街を歩いていたはずなのにいつの間にか暗くなって洞窟を歩いている。

その事実に薄寒い感覚が体を駆け巡る。

「あ、足元気をつけてね。

パパ上の夢の影響をよく受けるからいきなりわわっ!」

振り向いて奴が説明しているといきなり道が消えて階段へと変貌する。

転げ落ちる前に猫になっているやつを抱き抱えて後ろへ下がる。

「あっぶな。

お前の親父って実の息子を危ない目に合わす様な奴なのかよ。」

「君たち風に言えばこういう時、ありがとうと言えばいいのかな?

まあ、最高神だからね僕のパパ上は。

君たちの創造主でもある。」

「ウゲェ…なんかやだなそれ。」

なんかやだなで済ませる人間ちゃんのメンタルが心配になってくるよ。

普通の人間ちゃんなら驚いて気絶したり何らかのリアクションがあって然りなのになぁ。

「兎に角、このまま進んでよ人間ちゃん。

大丈夫、僕がいる限り、君はここで死なないから。」

「え、夢の国で死ぬことってあるのかよ怖…どこかのアミューズメントパークとは大違いだな。」

人間ちゃんがやっと身震いする。

君の恐怖の基準値が本当にわからない。


しばらく進んでいると荘厳な扉とそこにボロ布を纏った触手野郎がいた。

ヨグ=ソトースの化身にして使者であるウムル・アト=タウィルだ。

こいつは外なる神に仕える中でも知性を持ってる為コミュニケーションは可能だ。

『汝、銀の鍵を使いし者ってええ〜!な、なんでニャルラトテップ様がいるのぉー!!』

僕を見てタウィルが絶叫する。

まあ、僕は外なる神の中でも異端中の異端だから鼻つまみ者というイメージが強いのかも。

「やあ、タウィル。

君の主人のヨグ=ソトースにようがあるんだけどそこを通してくれないかな?」

お願いすると触手をバタつかせて彼は意思表示をする。

僕達やその化身達は人間達のように顔がない。

その為、触手で喜怒哀楽を表現するものが多い。

今のタウィルの動きは恐れと警戒だ。

「…その人間はなんなのですか?

ヨグ=ソトース様への生贄ですか?」

生贄という言葉に人間ちゃんの肩がびくりと揺れる。

そんなに怯えなくていいのに。

僕がいる限り、どんなやつでも人間ちゃんには手出しさせないのになぁ。

あ、でも燃え盛るアイツは僕の力でもどうにもならないから相手するのはごめんだけどね。

「え、ちょ、俺死ぬの?!」

「死なない死なない。

んーまあ、簡単に言えば僕の契約者って感じかな?」

「ええー…いつのまに俺、アンタと契約してたの?」

「だって僕に協力してくれるんでしょ?」

人間擬態に変身してウィンクをすると黙る人間ちゃん。

ミ=ゴの作ったこの擬態性能ドン引きするほどいいな。

とりあえず、タウィルを言いくるめて門を通る。

『ヨグ=ソトース様、ニャルラトテップが来ました。』

タウィルの呼びかけにゆっくりと玉虫色の泡を近づけて人間ちゃんをジロジロ見る。

『なんだ。生贄か?』

「ちがう、現実世界で暴れ回ってるオリュンポス共を牽制する為に現実世界の協力者がこの人間ちゃんだ。」

僕の説明にヨグ=ソトースは考え込んだ後、口を開いた。

『確かに現神と共同で創造した万物をあっちの都合のみで破壊されるのはいささか早急すぎると思ってた。

だが、そんなちっぽけな人間に何が出来るというのだニャルラトテップ。』

人間ちゃんを見るとヨグ=ソトースの玉虫色の泡に驚いて尻餅をついてる。

ここで彼等が好きな漫画だと「この子には特別な力が…。」となるかもしれないが正直、僕の加護がなければドリームランドで永久発狂し続けるだけの肉塊になる人間にそこまで期待してない。

「そりゃ、囮だよ。

現神共は人間を不出来だと思って滅ぼそうと星々の生物を顕現させている。

そいつらは僕らみたいな神格のある者たちには興味を示さないけど君ら人間には反応するからさ。」

さも当然だというようにニャルは笑った。

そしてこの後、ヨグ=ソトースによって真の敵が語られるとは思いもよらなかった。

 

【To be continued】

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