星者の降神

海谷 うしお

第1話何も知らない


 その日は確か満月の晩だった。

部活帰りでエナメルバッグを肩にかけて走ってる最中。

俺は何かにぶつかって尻餅をついた。

それは大きな熊だった。

こんな街中に熊なんて滅多に出るはずがない。

人里に降りてきたのならニュースになってるはず。

なのにネットニュースの話題にも載ってない。

「グルルゥ。」

低い唸り声を上げて熊が襲い掛かる瞬間、目を前がスローモーションのように遅くなった。

比喩とか妄想の類じゃない。

本当に目の前の熊が襲い掛かる!

ぎゅっと目をつぶったら耳元でこう聞こえた。

「ねえ、助かりたい?」

男とも女とも取れる声に藁でも縋る勢いで答えた。

「勿論!助かりたいに決まってるだろ!!」

その言葉に声の主はフッと笑って指をパチンと鳴らした。

その瞬間、体が浮遊感に包まれる。

「うわっ、お、俺浮いてる?!」

目を開けると三メートルくらい浮いていた。

そして月明かりに照らされて水色髪の長身の美少女っぽい子が熊と対峙してる。

熊の攻撃を華麗に避けながら後ずさってる。

側から見たら少女の方が劣勢っぽい。

「現支配者の神の眷属ってこんなもんか。

まあ、もう遊びも終わりでいいか。

来い、忌まわしき狩人。」

それは酷く冒涜的で不気味な旋律の歌を彼女は歌う。

空が割れ、コウモリ、あるいは雨傘のような翼を持った巨大な黒いヘビかイモムシのような姿…いや、変化し続ける生き物というべきか。

兎に角俺が見たことない化け物が熊を捕食する。

断末魔を上げ、熊が霧散する。

「小熊座のウルサ捕食完了。

さーて、人間ちゃんの記憶を消しましょーかねー。

あ、大熊座のミノールの方が近くにいたら困るんだけど…ミ=ゴの作った探索機はーっと。」

ブツブツ独り言を言いながら少女はスマホを取り出して何かを探してる。

「よし、安全だな。

人間ちゃん、今下ろしてあげるから暴れないでね。

暴れたら君の腕や足の一本もいじゃうかもだから。」

物騒なことを言って俺を見上げる少女の青い瞳には瞳孔が無かった。

その瞬間、人の形をした化け物だと頭が理解する。

大人しくしていると三メートルの高さから優しく下される。

「うんうん、大人しい人間ちゃんは僕は好きだよ。

さーて記憶を消して…ってあれ?

あー時間切れか最悪。」

シュルシュルと少女が小さくなり、14cmくらいの人形くらいの大きさになってしまった。

それでも瞳孔のない青い瞳で見つめられると怖い。

「ひっ…。」

恐怖に声が出ず、後ずさる。

「傷つくなぁ。

あ、自己紹介がまだだったね。

僕の名前はニャルラトホテプ、またの名を暗黒のファラオ、ナイアーラトテップとも言う。

君たち人間ちゃんを管理してた神様さ。」

自信を神だという小人に俺は何も反論できずに気を失った。

 

「およ?気絶したのかぁ。

全く最近の人間ちゃんは貧弱だなぁ。

ミ=ゴ助けてくれ盗聴してるんだろ?」

『無理だ。もうすぐ夜が明ける。

満月の晩まで迎えに行くのは待て。』

スマホから無機質な声が響く。

あーやだやだ。

これだからドリームランドから出てこないオタクは嫌いなんだよ。

目覚めない人間ちゃんを抱えられるほど力は残ってないので彼の意識を乗っ取って記憶と彼の拠点まで案内してもらうことに。

勿論、ミ=ゴの作った義体は彼のポケットに入れて回収する。

「ふむ、人間ちゃんの名前は…それはどうでもいいか。

それより記憶を見ないと今日こんな時間にほっつき歩いてたのは先輩からいじめのような後片付けを一人押し付けられた為と…。

家族構成は父、母、姉っと案外普通だな。貧弱もやしな人間ちゃんを育成するのも楽しそうだなぁ。

これからどーしよ。」

鼻歌を歌いながら彼の拠点へ帰っていく。


 彼の家族という共同体を洗脳して彼の部屋まで行く。

そろそろ起きてもらわないと困るなぁ。

義体に意識を移して彼の顔を踏む。

ペチペチと小さい音と衝撃しか伝わってないがそろそろ起きるだろう。

「うーん、なんだよ。

まだ朝じゃないだろ。」

うっすら目を開けた彼と視線があった。

「おはよう人間ちゃん!!

と言っても朝五時だけどね!」

「うっ…!」

叫び声を上げようとした彼の口を塞いで静かにするように指を立ててジェスチャーする。

洗脳してるとはいえ人を呼ばれたら色々と面倒だ。

「お前、昨日の…。」

「覚えていてくれて嬉しいよ。

皆んなの邪神アイドルニャルラトホテプだよん。」

ノリと勢いで答えると彼は冷めた目でこちらをみてくる。

「宗教勧誘なら他でやってくれ。

俺には非日常を欲するほど余裕はないんだ。」

僕を摘み上げて窓を開ける人間ちゃん。

仕方がない脅したくなかったけどパパ上が目覚めたらこの人間ちゃん達の世界も僕らが住んでるドリームランドも滅んでしまうから協力してほしいんだけどな。

指をパチンと鳴らしてドリームランドの一部都市を滅ぼした星々の神を見せる。

それをみた人間ちゃんは絶句する。

「なんなんだよその力もあの襲ってきた熊とかさっきの見たこともない生き物も…。」

あーあ、泣き出しちゃった。

直接、知識を流し込んでもいいけど使い物にならないといけないし、ミ=ゴ達を連れて行こうとしたらこの世界の環境に適応できるのが僕だけだったから仕方ないね。

一から彼に説明しないと。

泣き止まない彼に神経を少しいじって落ち着かせて説明することに。

「…つまり、神が俺たち人間を不出来だから一から世界をやり直すために人類とその文明を滅ぼす?馬鹿げてる信じられるか!」

「そうだよねー信じられないよねー。

まあ、君たち風に言えば百聞は一見にしかずともいうからドリームランドへ一度行ってみるといいかも!」

そう言って奴はどこから出したのかスマホを取り出して通話する。

「もしもし?ミ=ゴ2号?」

『何ですかいニャル様。』

「今からそっちに人間と共に一時帰還するからゲート開いてちょ!」

『あいあいさー。

お父様をくれぐれも起こさないようにお願いしますね。』

通話を切ると俺のクローゼットが勝手に開いてそこには宇宙空間が広がっていた。

 

【To be continued】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る