従兄からの叱咤激励

 ラ・レーヌ学園技術室にて。

 ナゼールは相変わらず昼休みに紡績機の改良をしていた。

(……やっぱり僕は1人でいる方がいい。……社交性もないし気の利いた会話も出来ない。……ただ機械だけ弄っている気持ち悪い変人だ)

 ナゼールはため息をついた。

 その時、ガラガラと技術室の扉が開く。

「ミラベル嬢、申し訳ないですが出て行ってください」

 ナゼールは扉の方に向かず、ずっと紡績機の改良や配電作業をしている。

「ナゼール、ミラベル嬢ってどなたかな?」

 頭上から降ってきた朗らかな男性の声にハッとヘーゼルの目を見開き、顔を上げるナゼール。

 そこにいたのはふわふわと癖のあるブロンド髪にアメジストのような紫の目の、中性的でやや甘めの顔立ちの令息。

「何だ、オレリアンか……」

 ナゼールは軽くため息をつく。

「悪いね。お目当ての相手じゃなかったみたいで」

 オレリアンと呼ばれた令息は悪戯っぽく笑う。

「別に、目当ての相手なんて僕にはいないさ。……どうせ僕はつまらない人間だから」

 俯き自重するナゼール。

「ナゼールはまたそういうこと言う」

 納得してなさそうにムスッとするオレリアン。

 オレリアン・ユーグ・ド・ヌムールはヌムール公爵家次男で、ナゼールの従兄いとこである。年はナゼールと同じ15歳。学年も同じだ。

「で、何しに来たのさ?」

 ナゼールは従兄であるオレリアンに対しては少し砕けた態度だ。

「俺の懐中時計が壊れてしまってさ。自分で分解して修理しようとしても上手くいかないんだ。ナゼールなら俺よりもこういうの得意だし、直してもらおうと思って。ついでにまた色々機械の構造について教えて欲しいし」

 ニッと品よく笑うオレリアン。

「……分かった」

 ナゼールはオレリアンから懐中時計を受け取り、左手で器用に分解する。

「……オレリアン、この歯車の位置が違う。よく見て。サイズが合ってない。これだと噛み合わない。この歯車の本来の位置はここで、こっちのやつを移動させる」

 ナゼールは息を吸うかのように懐中時計を修理する。あっという間に修理が終わり、オレリアンの懐中時計は何の異常もなく動くようになっていた。

「うわあ、やっぱりナゼールは凄い。俺よりも器用で機械のことよく知ってるね。母上もナゼールのこと褒めていたよ。今まであった方々の中でナゼールが1番機械に詳しいって」

 オレリアンはアメジストの目をキラキラと輝かせていた。

 ナゼールは不意にミラベルのことを思い出してしまった。

「やめてくれよ!」

 ナゼールは思わず机を叩き、立ち上がる。

「……ナゼール?」

 いきなりのことに戸惑うオレリアン。

「みんな……みんなどうせ僕のことは社交性がなくて気持ち悪い機械オタクだって思ってる。……少し仲良くなった人も、多分そう言ってるし……どうせ僕なんか……」

 今にも泣きそうな表情のナゼール。

「ナゼール、俺は本当にお前のこと凄いと思っているよ。……ナゼール、今日は何か変だぞ。一体何があったんだ? 話して欲しい」

 オレリアンのアメジストの目には、悲しさと心配が混ざっていた。

「……実は」

 ナゼールはボソボソとミラベルと出会ってから最近までのことを話した。

「……なるほど。ナゼール、お前はミラベル嬢の表情を直接見たわけでもないし、彼女と話している令息との関係も確かめたわけじゃないよね?」

「……ああ。でも分かるさ。どうせミラベル嬢も僕のこと気持ち悪いと思っているよ」

 ナゼールは俯く。

「……そう決めつけるなよ」

 オレリアンはため息をつく。

 その時、技術室の外から話し声が聞こえてくる。ダゴーベール達だ。

「おいおい、見ろよ。ナゼールの奴また1人で機械弄りかよ」

「社交性ないし気持ち悪いですよね、ダゴーベール様」

「あ、でも今はヌムール公爵令息のオレリアン様がいるから滅多なこと言えませんよ」

 相変わらずナゼールを馬鹿にしている。

「あいつら……!」

 オレリアンはギロリとダゴーベール達を睨む。すると3人はそそくさと技術室から離れるのであった。

「ほら、彼らが言った通り、僕は社交性のない気持ち悪い奴だよ……」

 ナゼールは悲しげに自嘲する。

「ナゼール、お前もったいないよ。ナゼールは技術的なことや機械的なことを俺よりもよく知ってる。お前が知っていることはこの国の発展にも繋がるんだよ。ちゃんと話せばみんなナゼールの良さに気付くだろうに」

 オレリアンのアメジストの目は、真っ直ぐナゼールの眼鏡越しのヘーゼルの目を捉えていた。

「お世辞はいいよ、オレリアン。どうせ僕はみんなの言う通り気持ち悪くて役に立たない奴だよ」

「そんなことないって。……なあナゼール、俺はどうしたらいい? 何で俺よりもあんな奴らの言葉を信じるんだ? どうしたらナゼールは俺の言葉を信じてくれるんだ? それに、ミラベル嬢だって勝手にお前に決めつけられて傷付いてるんじゃないか?」

 オレリアンのアメジストの目が怒りの色に染まる。

 ハッとヘーゼルの目を見開くナゼール。

(オレリアンは……本当に僕のことを認めてくれているのか)

『……左様でございましたか。……お忙しい中押しかけてしまい申し訳ございません』

 そしてミラベルの悲しそうな声を思い出した。

(それに……僕は何も確かめず、ミラベル嬢を傷付けてしまったかもしれない)

 ナゼールはゆっくりと顔を上げる。

「……悪い、オレリアン。これは僕自身の問題だった。僕が頑張らないといけないって気付いたよ。それから……ありがとう、オレリアン」

 無造作長めの黒褐色の髪から覗く、眼鏡越しのヘーゼルの目は先ほどより少し力強くなっていた。

「そっか、頑張れ」

 オレリアンは満足したようにフッと笑った。






−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−






 ナゼールはオレリアンに勇気づけられ、ミラベルの元へ向かおうとした。しかし、ミラベルは見つからない。

(確か次の授業、ミラベル嬢はこの教室のはずだけど……)

 さりげなく教室の中を覗いても、ミラベルらしき人物はいなかった。

 その時、いつもミラベルを馬鹿にしているバスティエンヌ達の会話が聞こえてくる。

「ミラベル様、風邪でお休みですって」

「あら、それは困りましたわね。算術の課題やってもらおうと思いましたのに」

「刺繍の課題も押し付けられないなんて」

 3人は不満そうであった。

(……ミラベル嬢は風邪をひいているのか。課題くらい押し付けずに自分でやればいいのに。……とりあえず、ミラベル嬢に手紙を書いてみよう)

 ミラベルを馬鹿にするバスティエンヌ達に不満を覚えたが、ナゼールはまず勇気を出してミラベルに手紙を書いてみることにした。

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