手紙のやり取り

 ルテル伯爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

 ミラベルは自室のベッドで横になっていた。

「ミラベルお嬢様……熱はまだ下がっておりませんね」

 侍女ウラリーがミラベルの額に手を当て熱を測っていた。

「お嬢様、代えのタオルとお水をお持ちいたします。それから、他に何か欲しいものなどはございますか?」

「いいえ、大丈夫よ。ありがとう、ウラリー」

 ミラベルは弱々しい声だった。

「ミラベルお嬢様、きっとよくなりますから」

 ウラリーは優しく微笑み、代えのタオルと水を用意しに行った。

 部屋に1人残されたミラベル。ぼんやりと天井を見つめている。

(お父様とお母様も王都にいらしているけれどお仕事だし、お兄様は学園。……1人ってこんなに寂しかったかしら?)

 ミラベルはため息をつく。熱と寒気のせいで体は重い。

(ナゼール様……)

 不意に、脳裏にナゼールの姿が思い浮かんだ。

(あの方は、今日も紡績機の改良をしているのかしら? 最近素っ気ないけれど、お会いしてまたお話ししたい……)

 ミラベルは余計に寂しさを募らせた。

 その時、ウラリーが再びやって来る。彼女が持って来たのは代えのタオルと水だけではなかった。

「ミラベルお嬢様、お手紙が届いております。えっと……モンカルム侯爵家のナゼール様というお方から」

「ナゼール様が!?」

「お嬢様、落ち着いてくださいませ。安静に」

 ナゼールの名前を聞き、勢いよく起き上がったミラベルだが、体調が悪くフラッと倒れかける。それをウラリーが支え、再びゆっくり横になるミラベル。

 早速ミラベルは手紙を読み始めた。

『親愛なるミラベル嬢

貴女が風邪をひいていると聞きました。体調はいかがですか? あまりよくありませんよね?

いきなりの手紙失礼します。実はまず、ミラベル嬢に謝りたくてこの手紙を書きました。ここ最近貴女に素っ気ない態度を取ってしまって申し訳ありません。僕は元々自分に自信があるタイプではありません。周りから蔑まれている人間です。だから少し前に貴女がとある令息に僕のことを『機械が好きな令息には初めて会った』と話していたことを聞きました。盗み聞きをしてしまったみたいで申し訳ないのですが、それを聞いた時、僕は今まで周囲から『社交性のない気持ち悪い機械オタク』などと言われたことを思い出してしまい、貴女と会うのが怖くなっていました。情けないですよね。技術室でミラベル嬢に素っ気なく接してしまった時、貴女が悲しそうな声だったのを思い出しました。本当に申し訳ないことをしたと今になって気が付きました。

もう遅いかもしれませんが、僕はもう1度ミラベル嬢と話をしたいと思っています。またお昼休みに技術室に来て話が出来ると嬉しいです。また、ミラベル嬢の趣味であるガーデニングの話も聞きたいと思っています。

ナゼール・セルジュ・ド・モンカルム』

 丁寧な筆跡だ。『親愛なるミラベル嬢』の部分だけは少し自信なさげだったが。

 ミラベルはナゼールからの手紙を読み、ホッと胸を撫で下ろした。

(よかった。……ナゼール様とまたお話が出来るのね)

 その事実にミラベルの胸の中には嬉しさが泉のように湧き出して広がっていた。

「ウラリー、便箋と封筒を持って来てもらえるかしら?」

 まだ体は怠く、声は弱々しいが先程よりも明るい表情のミラベルである。

「かしこまりました。今すぐにお持ちいたしますね」

 ウラリーはミラベルの表情を見て少しホッとしていた。

 便箋と封筒を受け取ると、怠い体を起こしミラベルは早速返事を書き始めた。






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 翌日、モンカルム侯爵家の王都の屋敷タウンハウスにて。

「ナゼール様、お手紙が届いております」

「ありがとう、ザカリー」

 ナゼールはザカリーから手紙を受け取った。送り主の名前を見て仰天する。

(ミラベル嬢から!? ということは、僕の手紙が届いたのか……)

 ナゼールは少し不安になりながらゆっくりと手紙を読み始めた。

『親愛なるナゼール様

お手紙ありがとうございます。とても嬉しかったです。

風邪の方はほんの少し熱が下がりました。まだ倦怠感はございますが、最初の頃よりは少し軽くなっております。お気遣いありがとうございます。

ナゼール様とまたお話出来ること、嬉しく存じます。また、誤解と不安を招いてしまい申し訳ございません。恐らくナゼール様はわたくしの兄エクトルと話していたところをご覧になったのでしょう。兄にはナゼール様とお話するようになったことを言っておりましたので。わたくしは懸命に紡績機を改良なさったり、機械にお詳しいナゼール様を尊敬しております。どうか自信をお持ちいただけたらと存じます。

また学園でナゼール様とお話が出来ることを楽しみにしております。

ミラベル・ロクサーヌ・ド・ルテル』

 ミラベルらしく控え目だが、美しい筆跡である。ナゼールの胸の中にはじんわりと温かい感情が広がった。

(ミラベル嬢……。また僕と話をしてくれるのか。……嬉しい。ミラベル嬢には兄上がいたのか。そういえば、お互いのことをまだあまり知らなかった。今度学園で会った時、色々話したい。……いや、手紙なら今すぐ書ける)

 ナゼールはヘーゼルの目を細め、口角を少し上げた。

 その後ザカリーに便箋と封筒を持って来てもらい、再びミラベルに手紙を書いた。

 こうして2人の文通が始まった。

 最初は『親愛なるミラベル嬢』と書くのに緊張したが、それにも慣れてきた。

 まずナゼールが手紙でミラベルの風邪の様子や何かして欲しいことはあるかなどと聞く。すると翌日、ミラベルからは気を紛らわせる為に、学園でナゼールが面白いと感じたことを教えて欲しいと返って来た。そこからナゼールは自分が感じた面白いことや、授業がどこまで進んだかをミラベルに手紙で教えた。ナゼールもミラベルも王都アーピスにいるので、手紙を出せばその日中に届く。

 ミラベルの方はというと、ナゼールの手紙を読みクスッと楽しそうに微笑んでいた。風邪の方ももう少しで治るところまで来ている。






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 そんなある日、ラ・レーヌ学園にて。

 ナゼールは昼休みにいつものように技術室で作業をしていると、ある人物がやって来た。

 ミラベルと同じ栗毛色の髪にグレーの目の、洗練された爽やかな見た目の令息だ。

(この方は確か……)

 ナゼールはその令息に見覚えがあった。作業を中断して立ち上がる。

「ああ、そのままで構いません。中断させて申し訳ないです」

 令息は申し訳なさげに微笑んだ。

「いえ……そういうわけにはいきません」

 ナゼールは少し緊張していた。

「いきなりのお声がけ失礼しました。ルテル伯爵家長男、エクトル・セルジュ・ド・ルテルと申します。ミラベルの兄です。ミラベルがいつもお世話になっています」

 爽やかでにこやかなエクトル。

「は、初めまして。……モンカルム侯爵家長男、ナゼール・クロヴィス・ド・モンカルムと申します。その……僕の方こそ、ミラベル嬢にはお世話になっていまして……えっと……その……」

 緊張してナゼールはしどろもどろになっていた。

「あまり緊張しないでください。家格はナゼール殿の方が上ですので。今日はナゼール殿にお礼を申し上げに来たのです」

「お礼……ですか? 僕なんかに……?」

 ナゼールは少し怪訝そうである。

「ええ、他でもない貴方に。ミラベルは、機械に詳しいナゼール殿のことを尊敬していると言っていました。それに、貴方と話すようになってから、ミラベルは少し明るくなったのです。本当にありがとうございます」

 エクトルは嬉しそうにグレーの目を細める。

「そ、そんな……こちらこそ、ミラベル嬢のおかげで、その……前より学園に行くのが……楽しみになりました」

 ナゼールは少し緊張しながら自分の気持ちを口に出した。

「ミラベルの風邪はもう殆ど治っていますので、明日からまた学園に復帰いたします。そのお言葉、是非ミラベルにも直接仰ってやってください」

「……頑張ります」

 ナゼールは緊張しながら頷いた。

 その後、エクトルは技術室から出て行き、ナゼールは再び1人になる。

(明日からミラベル嬢に会える……!)

 ナゼールの口角はほんのり上がった。そしていつもより改良作業が進むのであった。

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