#17 ハッピーエンドまでの道程
「冗談じゃないわ! 一体誰のせい?」
控え室に引き返して、真っ先にドロシーさんが声を荒げる。暗に一人にだけ決して顔を向けようとはせずに、その一人を責め立てる。
「分不相応。だからまだアンに主役は早いって、あれほど言ったのよ」
「いつかは通る道だ」
リトラ兄様が感情を抑えた声で呟く。しかし、アンを庇っているわけではないのは表情から知れた。
「そういうことを言ってるんじゃないの。もっと力を付けてからでも良かったはずでしょう? この芝居は、あの子にはまだ早かったのよ」
「ま、こんなことだってある」
ゾロは言った。肩を落としてはいるが、気持ちまでは落としてはいない。
「挫折も経験。それだって、越えていかにゃあ」
「なによ捨て鉢みたいに。“灰かぶり”よ? 随分高い代償じゃない」
「捨て鉢にするつもりなんかないさ。これだって珊瑚の欠片の一つなんだから。配役も変えるつもりはない。サンドラセバスは、アンでなければいけないんだから」
そう言って、兄様はアンの方を見やる。
そのアンは、ここに入ったときから全く見ていられないほど気を沈めてしまっていた。真っ直ぐ前も見られず、目は開かれていても何も見ていない。彼女だけが、影を纏った幽霊のようだった。
「……アン、元気出して」
「―――――――――ぅ」
もはや、言葉の概念すら無くしてしまったかのよう。そんな彼女を見て、ドロシーさんはふぅとため息をつく。
「……私だってもう配役をどうこう言うつもりはないけれど、これほど酷いとも思わなかったのよ。アン、あなた分かってるの? 主役である以上、あなたが崩れるとみんな駄目になるんだから」
「アンだけが悪いんじゃない。私も、………台詞、間違ったから……、ごめんなさい」
私がそう謝ると、全員が言葉を失い、ドロシーが頭を抱えて首を振る。「そうだった」とでも言いたげに。
「リディアの場合、台詞を間違ったってレベルじゃなかった。話の筋すら変わってしまうじゃないか」
ピぃくんもまた呆れ声だ。
「その……どうしてまたあんな台詞を……いや、ああいう間違いもリディアだからこそだけど」
「リディア、どうして真逆のことを言ったりしたんだい?」
兄様が強い眼差しで問いかける。
“私”の役目は、王子様をサンドラセバスの元まで導くこと。しかし土壇場になって。私はそれを拒んでしまった。それも、サンドラセバスを連れて行かせないと妨げようとした。……エイハブさんの言った通り、これではいつまでも話が終わらない。
「……分かりません。まだ私の物語への理解が足りないのかもしれません」
つまりはそういうことなのだけど、私自身を納得させるには、もっと違う解釈を把握しておかなければならなかった。私は言葉を続ける。
「……ただ、このままではサンドラセバスは幸せになれないような気がしたのです。悲劇を迎えると分かっていて、私は友人を送り出すことなど出来ません」
「悲劇も何も、王子様と結婚して、それで物語は終わりだろ」
ゾロが単純に解釈するのを、私は首を振って否定する。よもや「ハイヴェシア姫がいるから」などと言うわけにもゆかず、ただ助けを求めるようにドロシーさんの方にちらりと目をやった。彼女は、苛立たしげに何かを考え込んでいた。
「書いてある通りなんだけどな」
兄様がため息をつく。
「……いや、僕の書き方の問題か。エイハブさんも言ってたし、少し修正してみるよ」
「サンドラセバスがちゃんと幸せになれるように?」
それまで黙っていたロキが、突然兄様に問いかける。そこになんだか不穏な気配を感じたのだろうか? 兄様は警戒しながら頷いた。ロキは首を振る。
「違うでしょ。彼女は十分幸せだと僕は思う。リトラーがしなきゃいけないのは、それがちゃんと彼女たちに理解されるようにすることだ。前から言いたかったけど、リトラーに足りないのは僕達への説明の方だ」
皆が同意するように、……あるいは責めるように兄様の方を見た。兄様が困惑した表情で頭を掻く。
「それも違うわ。兄様は悪くない」
我慢できずに私は兄様を庇う。
「私たちの理解が足りないからでしょう?」
そう口にした途端、自分が恥ずかしくなった。理解したつもりでアンにアドバイスした結果が、これなのだ。
「……いいえ、足りないのは私一人の理解。みんなはちゃんと理解していた。ゾロだって、魔法使いの正体を知っていた」
「……俺か?」
突然話を振られて驚くゾロ。ドロシーさんやロキ、ピぃくんの三人は何のことかと怪訝そうな表情を浮かべるが、アンは跳ね起きるように顔を上げゾロを見た。兄様はただ静かにその様子を見守っている。
「今日の台詞と、彼女を抱きしめたのは、それを知っていたからでしょう? 兄様は多分教えていないのに、理解できてた」
「ん……まぁ、自分の役だしな。リトラーは俺に難しい役は寄越さねぇから」
「それはそれで問題発言ね。ウチの主演男優なのに」ドロシーがため息。
「俺に言わせれば主役の方が役作りは楽さ。見て感じた通りの役なんだからな。もっとも、男女でも違うんだろう。……リトラーは、その辺りの配役までちゃんと考えてくれてるように俺は思うぞ。各々が読んで最初に感じた通りで正解の筈だ」
そう言って、ゾロは何故かロキを睨む。ロキは肩を竦めて見せた。
「……先に釘を刺されちゃったかな。今日こそは、リトラーが何を企んでるのか、聞いてみたかったんだけどね」
「お前の言い方は回りくどい。リトラーを責められるもんか」
「性分だよ。悪いけど」
どうやらゾロは兄様を庇ってくれたらしい。私にはよく分からなかった。しかし兄様は少し困った表情をして、みんなの顔を伺っている。
「うまく説明する自信はないけど、……白状すると、僕は自分の判断を保留しておきたかったんだ。みんなが感じたままを、この目で見ておきたかった」
「もう本番前だったんだけど」
「次に繋げられる」
ピぃくんが呆れたように言うのを、兄様は直ぐさま否定する。みんなは怪訝そうな表情を浮かべた。アンですら、顔を上げて兄様の方を見る。
「リトラー、何を言ってるの? 本番の次なんて……」
「みんな。ドロシーもゾロも、ピノキオもロキも、それにアンもリディアも、……聞いてくれ。次は、僕たちの劇団[珊瑚占い]にとって、これまでの集大成になる」
兄様の真っ直ぐな眼差し。敗北者達が押し込まれたこの部屋を見渡せば、それまでのぎすぎすした空気が澄んでいき、しん…という心地の良い音に満たされた。
「それまでに、みんなに主役か……」
そこまで言って、彼は言葉を選ぶように黙り込んだ。
「もしくは準主役程度の役を経験しておいてほしかった。ゾロやドロシー以外もね。だからこそサンドラセバスは、アンでなければいけなかった。アンを主役に据えることを最初に決めてから、物語を書いた。……出来上がってみれば、どこかの童話にそっくりになってしまったけどね」
そう言って兄様は、アンの方を見て優しく微笑んだ。アンは、きょとんとしている。
「僕はそうして出来上がったものの、みんなの反応を見て、そして次を書くつもりだった。そうしていちいち、自分だけの持っていた印象や解釈を修正する必要があると思っていたんだ。劇団のみんなで演じて観客に見て貰う以上、この物語を僕だけのものにするわけにはいかなかったから。だから、大まかな流れや結末だけは決めて、あとはみんなに任せたかった。僕の抱いているのと違う解釈が出たなら、それを反映するつもりでいた。勿論、今回のリディアとアンの失敗も……ここまで違う流れになってしまうとは思わなかったけども、それも含めて僕の落ち度だ。誰もが納得するちゃんとした結末を描けなかった。この通りだ。許してくれ」
『…………』
沈黙。私は、どう声をかけたらいいのか、分からなくなってしまった。
「もう一つ聞いておきたいな。もしかして、エイハブさんにはその構想のことをもう話しているのかい?」
ロキが尋ねる。まるで殺人事件が起きた後の探偵のよう。
「うん、大分前にそういう機会があってね。とても興味を示してくれた。だからこそ、あの厳しい人が十日も猶予をくれたんだろう」
「エイハブのじーさん、大っきい物が好きだからなぁ」
ピぃくんが皮肉混じりに言う。
「……好きというのとは違う気がする」私は呟く。
[彼は仕留めるつもりなのだろうね]
悪魔がそれを受けて笑った。
[抗おうとしている。自分こそ先頭に立って舞台に上がりたいんじゃないかな]
私はあの笑わない老人に少しだけ好感を持つと共に、得体の知れない執念のようなものも感じた。
「んじゃ、コイツの企みも暴かれたところで、前向きな話をしようか」
ゾロが手を叩いて仕切り出す。
「リディアにはもう聞いたとして、アンはどうしてそういう……うーん……」
「解釈」
「……でいいのか? そういう解釈になったんだ?」
どういう解釈なのか、ゾロもよく分かっていないようだ。つまり、どうしてあんな“卑屈な役”になったのか、と聞きたかったのだろう。……私の評価も大概酷いが。
「分かりません。そもそも、私には解釈とか、そんなのを考える余裕なんかありませんでした」
彼女は、再び泣きだしそうな表情を浮かべて俯いてしまった。
「……ただ、親のことを考えたら、どうしてもあんな風になってしまうんです。ゾロの演じる魔法使いは、実はサンドラセバスの父親なんだと思うと、もう自分でもおかしくなっちゃって……」
魔法使いの正体を告げたのは、私。隣で兄様と同じ顔の悪魔がニヤリと笑うのが見えた。
「あなたは少し考えすぎなのよ」
ドロシーさんはため息をつく。
「サンドラセバスは、ただ勤勉で誠実であればそれでいいの。親のことなんか考えなくたって……」
「サンドラセバスが実の親のことを考えちゃいけないの!?」
突然激昂するアン。ドロシーさんは思わず身じろぐ。
「彼女だって人の子よ。偽物の家族達にああも苛められたら、本当の親のことを思うのは当然でしょう。でなきゃ、あんまり惨めよ」
[そう。それはそうなんだ]
悪魔がアンに同意する。
[例えば一番有名な灰かぶりも、実母のことは決して忘れてなんかいない。苛められるたび、彼女は実母に祈っていた]
「……兄様の脚本は、そこがまるっきり抜け落ちているのね。まるで、サンドラセバス自身が親のことを忘れてしまったみたいに……」
ドロシーさんは兄様の表情を伺うも、未だ強い眼差しでアンを見つめている。解釈のズレ……自分の確信を疑う気配は、微塵もない。
[さぁて、何故だろうね]
悪魔が意味ありげに笑う。
「…知ってるの?」
[忘れたのかい?]
問いに問いで返す。その行儀の悪さに腹が立った。
[魔法を解いてしまったのは、君だろう。リディア]
「…っ」
[彼女は、元々強い子だった。本当の親なんか必要無いくらいにね]
―――そう。アンは自分を捨てた両親を見返してやりたくて、この劇団に入った。
本当なら、彼女は実親を憎んでいてもおかしくない。だけど、彼女はその感情すらもプラスの力に換え、周囲には決して荒んだ憎しみなど感じさせなかった。それなのに……
[魔法の解けた彼女は、あまりに見窄らしい]
悪魔が繰り返すその台詞が、罪の杭となって私の胸に突き刺さる。
「何を言ってるの。親の事なんか考えてるから、この体たらくなんでしょう。あなたはあなた。感じて、考えて、でもそれを演じきる度胸がないんじゃないの」
「ドロシーさんには分かりっこないわ!」
アンの激昂は、二人の感情を剥き出しにした怒鳴り合いにまで発展していた。兄様はドロシーさんを宥めようとしていたが、他の男達がアンに味方することはなかった。……もともと、アンのミスだから? それにしたってあんまりじゃないか。
「最初から華やかな場所にいたドロシーさんなんかに!」
アンはそう言って、控え室から飛び出して行ってしまった。私が庇う間も無かった。……というか、眼中に無かったみたいで、私は理不尽な寂しさを感じた。
そんな中、ドロシーさんがため息が聞こえた。
「最初から華やかな場所にいた……? 随分誤解されたものね。あの子にはそう見えるのかしら」
「……相対的な問題でしょう」
私は呟く。彼女への皮肉として。
「少なくとも、アンみたいに暗い感情を光に換える必要はなかった。……ドロシーさんにサンドラセバスは無理です」
ドロシーさんが言葉を失う。
「リディア。言い過ぎだ」
兄様のその咎めを受けるよりも前に、私もまたアンを追って控え室を飛び出した。
衣装を着替える間も無い。私の格好は、この芸術都市には相応しくないくらい小汚い使用人の格好。アンの方も同じような衣装だが、一瞬で着替える為の仕込みがなされたまま。動きにくい服装でも恥ずかしい服装でもないけど、衣装のことを考えればそう遠くへは行けない筈と踏んだ。
[遠くどころか……魔法の解けたサンドラセバスは、ただ人目を忍ぶだけ。見ないでと王子に請うてね]
「………」
その予想は当たり、彼女は衣装を気遣うところか、通りに出ることもできず、猫しか通らないような劇場の裏手の細道で、膝を抱えて泣いていた。使用人の身なりに解かれた赤髪がなんだか惨めでいたたまれなかった。
「アン」
「……リディア」私に気が付くと彼女は、慌てて涙を拭った。「ごめん……ごめんね。私のせいだよね。私がしっかりサンドラセバスを演じきれなかったから、リディアもあんな風に、王子様を妨げたんだよね」
私は首を振った。
「気にしないで。兄様の前でも言ってたけど、私は私でおかしな解釈をしてしまった」
「でも、リディアの悩みは私のとは違うのね、きっと」
なんだか舞台とは逆……いや、こういう時だって、勿論あったに違いない。“私”と“彼女”は、そうしてお互いを慰め合い、励まし合いながら境遇に耐えてきた筈だ。今日は珍しく、“私”がサンドラセバスを励ます番だった……ただそれだけ。
「ドロシーさんはすごいね。感じて、考えて、そしてそれを演じきる度胸まで備えている」
「あの人に勝てる人なんか、数えるほどしかいないわ。……まるで見知らぬ地を旅してきた冒険者のよう」
「どれくらい苦労したら、あんな力が身につくのかな…… そうよね……あの人は私よりも努力している筈。……私、酷いこと言っちゃったな」
拡がった裾をぎゅっと握りしめて、彼女は俯く。さっきよりは、心を落ち着けることができたようだ。私は意を決して、友人に言った。
「ね。一緒に考えて、サンドラセバスが幸せになれる方法を」
言われて、サンドラセバスに一番近い友人は、うんともいいえとも言わず、ただぽかんと口を開けていた。
構わず私は話し始める。彼女も感じた先ほどの疑問。すなわち、「サンドラセバスは親の事を考えちゃいけないの?」か。そして、灰かぶりにはそうした場面があるのに、兄様の脚本では一切省かれていること。そして、それについての兄様の反応も。
「……つまり、リトラーは意図的に省いたの?」
「多分。ドロシーさんの肩を持ちたくなんかないけど、“考えない”で正しいの、きっと。“煤まみれの魔法使い”っていう、明確に父親を意識した登場人物がいるのに、サンドラセバスには父親として会うことはできない。会ってはいけないの。……知られてしまえば、……彼女の魔法は、解けてしまうから……」
胸に刺さる罪の杭がじんじんと痛む。最後の方は掠れ声になってしまった。
「そっか、サンドラセバスは結局、魔法使いのタブーを破ってしまうから……」
アンは納得したように呟いた。それが私には不思議でならない。
「え? タブー?」
タブーは、彼女が魔法使いの正体を知ってしまうこと。正体を知れば、死者の魔法は力を失う。しかしアンは違う事を言った。
「うん。サンドラセバスは、家人より先に家に戻れなかったでしょう? だから、彼女の魔法は、解けてしまう」
私の反応が悪いのを見て、彼女は怪訝そうな顔をした。
「……違うの?」
魔法使いが課したタブーを破ったから魔法が解けた。……なるほど、彼女はそういう解釈をするのか。後で考えてみるのも面白いかもしれない。
[目的を忘れていないかい? 彼女のハッピーエンドを探すのだろう?]
「あ……」
悪魔に言われて私は我に返った。
……本当は独自解釈を人に話すのはあまり好きではない。
特に今のようにアンが自分の解釈を持っているなら、私が話すことで彼女の感じたことを否定してしまいそうな、そんな後ろめたさがある。多分、兄様が脚本の細かな解説をしたがらないのも同じような理由じゃないかなと、私はぼんやりと思った。
それでも、今はアンに元気を取り戻してもらう方が先だ。私は今の所辿り着いた“ルール”について説明する。
死者である父親は、本来なら娘に力を貸してやることはできない存在で、だからこそ、自身の正体を知られてはならなかった。知られてしまったなら、彼を現世に留まらせた不可思議な魔法の力もまた同時に解けてしまうのだという、私の解釈を。魔法使いは、サンドラセバスに自らの正体を明かしてはいけないことを。なのに私がそれを明かしてしまった……その謝罪と一緒に。
「……でも、このルールは守られても、タブーは破られてしまうのには変わんないんでしょう? タブー破ったサンドラセバスは、どうやって幸せになるの?」
「それは……」
……説明すればするほど、アンの表情が曇っていくのが分かる。
悲劇に向かっている。そう思うと、いたたまれなかった。タブー破りは、やはり悲劇しか生まないのか……
[随分と諦めが早いじゃないか]
悪魔が呆れたように言う。
[タブーは越えられると、そう言っていたのは君だよ。魔法使いが居なくたって、サンドラセバスには君や王子様……彼女に味方してくれる人がいるのだから、とね]
「それは……」
言い訳を探そうとして、言葉を止めた。頭に閃光が走る。私は……
[ようやく気が付いたね]
「もう答えなんか出ていたんじゃないか! ちくしょう! 知ってて黙ってたな、アンティノーゼ!」
突然に口が悪くなる私に、彼はただ首を竦めて消え失せた。
そうだ、彼に構っているどころじゃない。私は、アンの肩を掴み、その“答え”を告げた。
「アン! さっきも舞台裏で言ったけど、魔法使いなんてきっかけに過ぎないのよ。タブーは破られ、それでもサンドラセバスは前に進める。親なんかいなくたって、彼女は十分に強いのだから。アン、よく聞いて。サンドラセバスは、あなたと同じなの」
彼女は言っていた。「自分を捨てた両親を後悔させてやるんだ」と。そう言って、彼女は女優を志した。
「……きっかけは親だったかもしれない。でも、助けてくれる親なんかいなくたって、あなたは歩いてこられたじゃない。誠実に、勤勉に頑張って、そして主役をやるまでになったんでしょう? サンドラセバスもそう。親がいなくても彼女は誠実で勤勉で、それだけで彼女は魅力的だった。それに惹かれたのが私と王子様でしょう? ねぇ、サンドラセバスを幸せに導くのは、魔法使いじゃないのよ? だからこそ、彼の与えたタブーを破って魔法の力を無くしても、どんなに見窄らしい正体を晒したって、彼女は幸せになれる筈なのよ」
そうだ。サンドラセバスは、紛れもなくアンだ。『サンドラセバスの結婚』は、アンの為に書かれた。孤児だったアンが、みんなの力を借りて、生まれや過去を乗り越えて、幸福をつかみ取るまでの……祝福の物語なんだ……
「これは、あなたの物語なのよ」
「私の……」
彼女の目に、笑みに生気が宿っていくのを見た。
「……でも、私にはまだ、度胸が足りないのよ。ドロシーさんと同じくらいの度胸……」
決意の宿る眼差し。その目は、サンドラセバスにも負けない程の。
それは、希望。魔法の解けた彼女が、再びお城へ続く道を上り始めようとする……結末へ向かう道のり。だけど……
[それがあれば、サンドラセバスはハイヴェシア姫に勝てるのかい?]
悪魔があまりにも楽しそうに言うので、私は嫌な予感しかしなかった。
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