第27話 行ってしまった代償

 セレンはケルに語りかける。


 目は真っ赤に晴らしていたが、話しているうちに落ち着いたようだ。


「気がついたらね、最初に居た建物に寝そべってたの」


(セレンが……冥府の門を通ってた、だと……)


(俺は、俺らは生者を阻む事も門番の仕事だってぇのに)


 でも、今のケルはそれで良かったとも思っていた。思ってしまっていた。


「……ウォン(……セレンが無事で良かった)」

「……ケルちゃんありがとう」


 ケルの優しげな鳴き声の返事にセレンはケルに頬を寄せる。


「家族に会えないままだったけど、その日はもうお家に戻ったの」


 セレンはケルを撫でながら続ける。


「お家に帰る間ずっとね、白い何かが浮いてたの。それにね、たまに人が透けて見えてたの」

「ウォ、ウォン(待て、まさか)」


 ケルはセレンと目を合わせた。


「不思議に思ってたけど、気にしてなかった。その時はね、とっても眠かったから」


 セレンはケルに微笑み、頭を撫でる。


「帰ってぐっすり眠って、朝起きたらセレンの指先は透けてなかった。だから安心していつも通りスクールにいったの」


 セレンはケルを撫でる手を止める。


「でもいつものスクールの道には知らない人だらけだった。それもね、体が透けてたの」


 ケルの耳がピンと立ち驚いて立ち上がる。


「気づいちゃった。私が見ていたのは死んじゃった人なんだって」


 ケルを宥めるようにしてセレンは近くに抱き寄せた。


「そこから不思議な事がいっぱいあったの。スクールの友だちに言っても殆ど信じてもらえなかったけれど……あっ、もちろん仲のいい子はちょっと疑ってたけど信じてくれたよ! 怖いでしょって車の送り迎えもしてくれたんだよ!」

「ウォン(それが以前言っていた事か……)」


「でもね、段々悪化したの。みんなに怖がられて……誰にも言えなくなっちゃって。それにね、外だけじゃなくて家の中でも色んな事がいっぱい起こっちゃって……」


「誰にも言ってなかったんだけどね。私、不思議な場所から帰ってから夜中にお外に出ちゃってたみたいなの」

「……ウォン?(……みたい?)」

「朝起きたら靴を履かずに足が土まみれでね。おうちのベッドじゃなくてお外で目が覚める事もあったの」

「……」


「それにね、夢を何度も見る事が増えたの……私がお空の上を浮いている夢。お家の屋根よりも上だよ! シティ中を見渡せるの! でもそこでね……シティを徘徊している私が居たの」

「ウォン!?(セレンが!?)」

「ふ、ふふ、おかしいよね」


 セレンの口元は震えていた。


「一回だけだったら変な夢だなって思えたんだけど……それから何回もあったの。私が歩いているの。浮いてる私は動けなくてただ見てるだけ……でもね、その後に凄く良い事が起こったんだよ」

「ウォン?(凄く良い事?)」

「スクールの帰りにいつも以上に透明な人たちに追いかけられてたの」

「ウォ……(それは良い事じゃねぇよ……)」

「……えへへ、いつもなら見えないフリ出来たけどダメで……でもね、通りすがりにセレンは助けて貰ったんだ」

「ウォン(亡霊が見える奴か)」


 ふん、と鼻を鳴らすケルは少し不機嫌そうだ。


「助けてくれたのはね……黒くってとっても強くてカッコいいワンちゃんだったよ」

「……ウォ」

「そこからね。お家に怖い人たちが居なくなったの。セレンが夜中に外へ出かける事も、セレンがそれを見る無くなった——ありがとう、ケルちゃん」


(見えていたのか)


「……ウォ(……どういたしまして)」


 ケルはぷいっとよそを向いてセレンに反応する。


(そういうことならもう亡霊達もセレンを狙わねぇだろ)


 ケルはとある窓をジロリと睨んだ。


(普段なら見逃さねぇが……)


 窓にいた亡霊はそそくさと去っていくのをケルは見つめたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る