第26話 帰り道

 セレンは手を見て青ざめる。


「手が、透けてる……?」


 目の前の老婆はセレンを怪しげに覗き込む。


『そんなのは当たり前だろうに。変な事を言う子だねぇ』

「……わた、しは……私も……?」


(私も死んじゃうの……?)


(でもまだ家族のみんなを……見つけられてない)


(みんなは、本当にここにいるのかな……)


(もし……もしみんながここじゃなくて、全然別のところに居たら……)


(そうしたらセレンだけ、本当にひとりぼっちだ)


「帰り……ます……」

『そうかい。お嬢ちゃんのお家はどこにあるんだい?』

「向こうにあるんです」


『送ろうかい?』

「いえっ、大丈夫です!」


 老婆の返事を聞かずにセレンは駆け出す。


(来た所まで戻らないと……!)


 見慣れない場所で知らない人だらけ。


 会えると思った家族だって会えてない。


 セレンの瞳から涙がこぼれる。


 視界が滲み、目元を腕で乱暴に拭った。


「あっ!」


 小石に躓いてセレンは転ぶ。


「ふっ……ぅ……」


 髪に砂利が絡みつく、頬にザラザラした痛みが刺さる。

 セレンは地面についた手を握りこむ。


「ぅ……うぅっ……!」


 セレンは耐えられなかった。

 家族に会えなかった事に。


「う、わああああああん!!」


 起き上がって、ひとしきり泣いた。


 でも、セレンは泣きながらでも立ち上がった。


 足だけは動かして前に進んだ。


「ひっく……ぐすっ……」


 帰り道が合っているのか分からないままだ。


「こ、こんな時は……お歌を歌うの……元気が……出るかっ、ら……!」


 ゴシゴシとセレンは腕で顔を乱暴に拭う。


「お、おっおいし……い〜っ、ケーキぃ……〜や、やさ……優し……い〜っ、お味〜……」


 震えた声でセレンは自分自身を奮い立たせるように途切れ途切れに歌う。


 家族に聞こえたらセレンだと気づくかもしれない。


 そんな期待もセレンは持っていた。


 涙で前が見えないまま、大きな泣き声を上げるようにして歌を歌っていた。












 

 いつしかセレンは来る時に通った大きな門の場所にまで来ていた。


 セレンは歌うのを辞めて門を見上げる。


 ガフッ、と門の向こう側から生き物の息が一度だけ聞こえた。


(……大丈夫……だよね?)


 耳をすませてもそれ以降に生き物の声は聞こえない。


 セレンは門の穴がある場所をくぐり、掘った地面を元に戻してその場を立ち去った。







 徐々に全身が透けてくる。

 走って戻っていると見覚えのある石板が地面に落ちているのを見つけた。


「早く帰ろう……」


 地面に落ちている大きな石板や書籍、チョークの元まで戻り、ようやくセレンは気づく。


「……どうやったら帰れるんだろう」


 焦りが襲い、セレンの手が震える。


「そうだ! 来る時にしてた事と逆の事をすれば良いかも!」


 セレンはチョークを拾おうとした。


 指先がチョークに触れ、すり抜けて地面にぽとりと落ちた。


「え」


 何度も拾おうとしたが、触れてはすり抜けてを繰り返す。


「どうして……上手く掴めないの……?!」


 さらに焦りが増す中で、闇雲に書籍や石版に触れてみる。


 が、しかしそれも持てなかった。


「!? ……やだ」


 セレンは涙目になりながらも、腕全体を使って落ちているモノを動かそうと石版を持ち上げた。


 勢いよく持ち上げられた石版はセレンの腕がすり抜けていても、ひっくり返る。


 周辺のものが石版の重みに砕け、あるいは跳ね上がった。


 その瞬間、セレンの目の前の景色がガラリと変わったのだった。

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