第25話 門にある穴

 視界を遮る霧の中、目の前には大きな門が立ちはだかっていた。


 セレンは歌を歌うのをやめ、門に近づいていく。


「向こう側に……いるのかな」


 門の手前には大きな生き物が眠っているようだ。霧で隠れており、ぼんやりと影が見える。


「何だろう……?」


 その生き物の影は今セレンが見える状態で建物の一階ほどの高さに見える。立ち上がればもっと高くなるだろう。


 すぅすぅ、ゴゴゴゴ、すぴすぴ、と三つの寝息を立てて動く生き物を避けてセレンは門へと進む。


 足音を立てないように気をつけながら。


(扉はとっても重そう……あ、端っこに隙間ある!)


 セレンは静かに駆け寄り、穴に顔を覗かせる。


(少し狭いけどくぐれそう)


 セレンは地面の砂利を掘り、身を潜らせた。


(よい、しょ)


 潜り抜けた先の遠くからざわめきが聞こえてくる。


(……!)


 セレンは足を止め、目を閉じその場に立ち止まる。


(人の声だ!)


 セレンは声の元へと音を立てないよう駆け出していった。










 ある場所にて亡霊たち二人が会話をしていた。半透明ではあるものの、普通の人間と変わらない男性たちだ。木に入れた椀に入ったザクロを摘んでいる。


『知ってるか? あいつ身体だけじゃなくて、心まで崩れてきてるらしいぜ』

『樹の奴だよな。何があっ——』

「あ、あのっ……!」


 二人の亡霊にセレンは話しかける。


『随分と形のくっきりした嬢ちゃんだな』

『新入りか?』

「あ、えっと……」


 二人は死んだ人間だと、セレンは気づいた。一人は胸に撃たれた跡があり、もう一人はこめかみが撃たれていた。


『聞きたいことがあるなら、あの家にいった方がいいぜ』

『姉貴なら住む所から全部面倒見てくれっから』

「……あねきさん?」


『おうよ、それじゃあな』

『今度良い釣りスポット教えてやるよ』

「一つだけ教えてくださいっ!」


 話は以上だというように手を振る亡霊に食い下がる。


「セレンの家族を見かけませんでしたか? ここひと月くらいには来てる……と思うんです!」


 セレンと同じ髪色で、お母さんは目元が似ていて、とセレンは二人の亡霊に説明をする。


『……家族? お前知ってっか?』

『いや、知らねぇ』

「そう、なんですね。ありがとうございます……」


 しょげたセレンに流石に悪いと思ったのか、励ます二人。


『気を落とすなって、ここも住めば都だぜ』

『おうさ! 死後も好き放題しようぜ!』


 セレンは勧められたザクロを断り、紹介された家に向かった。








 セレンはとある家の目の前に立っていた。

 先ほど二人の亡霊に聞いた場所だ。


「こんにちは!」


 ノックして元気よく挨拶をする。

 家の中には物音ひとつなかった。


「あねきさん……?」


 セレンが不安に思った時だ。


 入りな!


 家の中から声が張り上げられる。


『新入りか……いや、待ちな。あんた……』

「新入り?」


『!? せっ、生者じゃないか!』

「……セレンはまだ生きてるよ?」


『帰りな! どうやって来た!?』

「わ、私はお父さんとお母さ——」

『そんな奴は居ない!』


 強い拒絶だった。

 セレンは困惑する。

 目の前人物にはまだ何も伝えて居ないのだ。


「で、でもまだ探してないのっ……!」

『アタシが居ないって言ったら居ないんだよ!』


 女性は苛立ち頭を掻きむしる。


『門番は何してんだい!』


 ひとしきり荒れた後、女性はセレンを睨みつける。


『出て行け! ここにアンタの居場所は無い!!』

「……っ、何で……そんな酷い事……?」


『出て行け!!』

「!!」


 怒鳴り声に追い出され、セレンは家を走って離れる。


「どうして」


 じわりと目元に涙が滲む。


「きっとどこかにいるはずで……」


(他の人ならセレンの家族を誰か見ているかも)


 そんな期待を込めてセレンは外に立っている人の元へと向かっていく。


「あの、セレンの家族を見ませんでしたか?」

『知らないなぁ』


「私と同じ髪色で」

『綺麗な髪ねぇ。少しちょうだい?』


「目元がそっくりで」

『飾りたくなるおめめだねぇ』


 返事がおかしな人物たちからは話を早めに切り上げ、セレンは彷徨い歩く。


(なんだろ……息が苦しくなって……)


 近くにいた老婆がセレンの様子を見て話しかける。


『お嬢さん、大丈夫かい?』

「はい……少し体調が良くなくて……」

『おやおや、面白い冗談だね。肉体があった事を思い出すよ』


 カラカラと老婆は笑った。


 セレンは違和感を覚える。

 肉体があるとはなんなのか。


 そして何の気なしにふと目に入ったそれに、セレンはぎょっとする。


(え……手が透けてる……!?)


 セレンは自分の手を見つめ、既に青い顔色を更に悪くしたのだった。

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