第24話 冥府に踏み入る幼い生者
去年の今頃くらいの時期だろうか。
不幸な事故により家族を失ったセレンは失意の底に居た。
(最後にもう一度だけ……家族みんなに会いたい)
非常に単純でかつ純粋な想いだった。
セレンはスクールに通いながら毎日毎晩さまざまな方法を試していた。
試していたのは、明らかに呪われている物から眉唾物まで何もかも全てだ。
お陰でセレンひとりとなった家には不可解な現象が多々起きていた。
しかも不可解な現象は家だけにとどまらず、セレンの周囲でも起こっていたのだ。
そのせいでスクールの友だちにも避けられるようになってしまった。
そうしてセレンは完全にひとりぼっちになってしまった。
その日はコンクリートで出来た建物の中にセレンが居た。
いつものように天国へ行く方法を試していた時だ。
床に直接座り込んでいるセレンはうずくまり、置かれた大きな石板に向かって必死に手を動かしている。
長い髪で隠れて見えにくいが、セレンの目の下には濃いクマが刻まれていた。
毎晩夜遅くまで死者に会う方法を試しているからだ。
今日も同じく、セレンは歯を食いしばって眠気に抗っていた。
大きな石板へと、書籍に記載された模様をチョークでひたすら写す。
そんな時だ。
カッカッ、と軽快に鳴らされていたチョークの音がぴたりと止まった。
「……?」
セレンは周囲の気配が先ほどとは異なっている事に気づいた。
セレンは不思議に思い、床に置いていた石板から目線を上げる。
「……ぇ?」
目の前の景色を見て、口をぽかんと開いた。
さっきまでセレンが居たのは建物の中だったのに。
なのに目の前には壁がなく、だだっ広い外にセレンは座り込んでいた。
「ここ、は……もしかして……天国……?」
天国にしては薄暗い場所だった。
「成功してた!?」
セレンは急いで立ち上がる。
いつの間にできてたんだろう、と呟いた後、セレンはチョークをポロリと地面に落として周囲を駆け回る。
「お父さん……!」
大好きなお父さんがここにいるかもしれない。
「お母さん……!」
大好きなお母さんがここで待っているかもしれない。
「アルゴス……!」
セレンの兄弟同然の大好きなアルゴスがここを探検しているかもしれない。
セレンは家族の名前を呼びながら必死で周囲を駆け回る。
セレンは何度も呼んだ。
周りを何度も見渡した。
人っこひとりいなかった。
「どうして誰もいないの……? ここはどこ……?」
走っても走ってもセレンにとっては同じ場所にしか見えない景色だ。
「みんなどこにいるの……?」
ここにはいないのではないか、そんな不安がセレンの頭をよぎる。
セレンの足は重りがついていくかの様に徐々に鈍くなっていく。
ただひたすらに歩いていると見覚えのある石板とチョーク、書籍が地面に散乱していた。
「……戻ってきちゃった」
散らかり放題のままの場所を見てセレンは気づいた。
「どうやってセレンのお家に戻るんだろう……?」
周囲の空気が冷たくなって来たのか、セレンは手に息を吹きかけて両手を擦る。
「ううん、今は探すの……! みんな……みんなきっとどこかにいるはず……!」
不思議な場所にたどり着いたのだ。
きっとセレンは努力が実ったのだと、そう思っていた。
「会えるはずだもん」
天国などではないかもしれない、そんな考えを奥にしまい込んでいた。
「みんな隠れてなんか……ないよね」
セレンの声が不安に揺れる。
眉を下げてしょげていたセレンは急に顔を上げる。
いい事を思いついたといったふうに。
「そうだ! 私が会いに来たって分かるようにお歌を歌えばいいんだ!」
セレンぱちんと両手を合わせて満面の笑みだ。
「私たち家族しか知らないお歌ならすぐセレンだーって分かるよね!」
すぅ、とセレンは深く息を吸って元気よく歌う。
「おいしい〜ケーキ〜優しい〜お味〜……」
セレンは自分自身を奮い立たせるように胸を張って歌う。
どのくらい歌い続けたのだろうか。
いつしか周囲には霧が立ち込めており、一寸先は見えない状況となっていた。
セレンがその時に気づいた時、目の前には大きな門が存在していたのだった。
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