第22話 セレンがひとりになった日

 ケルはセレンの家の玄関で待っていた。


「ウォン(まだか)」


 セレンはまだ帰って来ない。


「ウォン(昨日より遅い)」


 ケルの落ち着きのなさは尻尾にそのまま現れていた。床を擦るように左右にすりすりと尻尾が振られる。


 どのくらいの時間が経過したのか。


 ケルは耳をピンと玄関へ向ける。

 軽快な足音がタッタッタッと近づいてきていた。


「ただいまっ、ケルちゃん〜! 今日は疲れちゃったー」


 玄関の扉が開かれる。

 セレンは眉を下げて疲れ気味だ。


「明日行ったらね、スクールが長いお休みになるの! 見てほら、宿題がこんなに! 早めに仕上げないと間に合わないよー!」

「……ウォ?(……お祝いはどうした?)」

「あ、今日の日は忘れてなんかないよ! セレンのお誕生日パーティーだもんね! ケルちゃん、一緒に準備しよう!」












 ケルとセレンはキッチンでパーティーの準備を進めていた。


「じゃーん! 壁にかけるペーパーチェーン完成! ケルちゃんは真ん中を持っててね!」


 セレンは紙でできたチェーンをケルに見せる。

 そしてキッチンにあった脚の高い椅子に乗り上がろうと、膝を乗せる。


「よいしょ……わっと!」


 セレンは椅子に乗った直後に体をふらつかせた。

 途端に椅子の脚が床から浮き上がり、椅子もセレンも傾き倒れそうになる。


 セレンが危うく転んでしまいそうになったその時だ。


 ケルはガシリと椅子を咥えて支える。


「ウォ(危なっかしい)」


 ケルは咥えた椅子の脚をそっと床に戻し、そのままセレンが立ち上がるのを待つ。


「ありがとうケルちゃん! ……よいしょ」


 セレンは難なく立ち上がり、テープでペーパーチェーンを壁に貼り付ける。

 他にも壁に様々な形に切り取った紙をぺたぺたと貼り付けていく。

 三角形やハート、星型や花の形など全てセレンが切り出したものだ。













 リビングの装飾を終えた後、セレンはキッチンからとあるモノを持ってきた。


「おまたせしました! ……こちらはゾイさんのお家のキッチンを借りて作った、とーっても美味しいセレンの特製ケーキです!! わーい、ぱちぱち!」

「ウォ、ウォン!(おう、力作じゃねぇか!)」


 白くつややかなホールケーキだ。

 ケーキの上にはカットされた芋が飾られている。

 セレンは上にカラフルな蝋燭を立てて火をつける。


「ケルちゃんも! せーの!」


 ハッピバースデー、セレン。

 ハッピバースデー、セレン。

 ハッピバースデー、ディアセレン。


「ハッピバースデー、私!」


 ふぅ、とセレンはひと息に蝋燭の火を吹き消す。


「うふふ、ふ……ぁ」

「ウォ!?」


 ぽろりとセレンは涙を一筋流していた。


「あ、びっくりしちゃうよね! ごめんね、ケルちゃん!」


 セレンは何度も何度も涙を拭う。


「今年のお誕生日はね……私ひとりでお祝いだと思ったの。去年まではお父さんとお母さんとアルゴスのみんなでお祝いして、みんなでケーキを食べてたの」

「ウォン(そうなの、か)」

「ケーキはね、アルゴスが食べれる物で手作りしてね、家族みんなで楽しめるようにって……でも」


 続く言葉は出てこない。

 セレンの口から出るのは嗚咽ばかりだ。


 セレンは嗚咽の中から無理やり言葉を絞り出す。


「みっ、みんなっ。て、天国に行っちゃったからっ……私ひとりにっ、なっ、なっちゃっ……た」


 ぼろぼろとセレンの涙は流れ、止まることは無い。


「だ、だか……らっ。私……どうしても、あっ会いたく……て……っ!」

「……ウォン?(……会う?)」


 涙と鼻水でぐしゃぐしゃにした顔をセレンは拭う。


「て……天国にっ、いっちゃ……った……家族、に会おっ、うと……思った、の」


 セレンは涙ながらにそう告げた。

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