第20話 物騒なシティ
ドッグランにて顔を突き合わせるケル、ルベロ、ロス。
その辺の亡霊を齧りながら、ケルは神妙な顔つきでルベロとロスを前にする。
『ワンチャン……ワン……ァ……カワ……イ……』
「ッ、ウォン(セレンに生者が襲ってきた。亡霊じゃなくてな)」
昨日の事だ。ゾイのケーキ屋を観察していた存在が居た。閉店時間になってくると彼らは数を増やして押しかけようと計画していた。
きっと亡霊たちは距離があるからバレていないとでも思ったのだろう。
それはケーキ以上に甘い考えだ。
奴らはケルとルベロの聴覚を侮りすぎていた。
「ワンワン! ワン!(ゾイがジャーキーをくれたんだ! ご褒美にと!)」
「わん〜、わふ(生者が襲ってくるってねぇ〜、えい)」
『ウギャー!?』
けふり、と亡霊を食べて満腹のルベロはジャーキーの味を思い出して涎を垂らす。
ルベロの隣に居たロスは遊具に潜む亡霊を見つけ、叩いて食らいつく。
「ウォン(偵察にくる亡霊をルベロと交代で食ってたんだ)」
「ワン! ……ワン?(隠れていた亡霊が多かった! ……いつもより亡霊が寄ってきていたのでは?)」
あの時、ケーキ屋の店内でセレンとゾイがお茶会をしている外では、ケルとルベロが密かに亡霊たちを暗闇へと引きずり食らっていた。
隠れていた亡霊にも気づかれないように一匹、また一匹と喰らっていたのだ。
しかし、その場でゾイだけは亡霊ハンティングに気づいていた。
ゾイは外を見る事が出来る位置に座っており、そして視線でケルとルベロを探して動きを観察していたのだ。
ケルとしては亡霊を食べている事を、ゾイにバレようが気にしない。
現世に逃げた亡霊をただ喰らい尽くせばそれで良いのだから。
しかし生者の対応は別だ。
「ウォン(しかも何だ。途中で足元ふらふらさせた生者の女が近づいてきてな)」
「ワワン? ワン!(実は亡霊なのでは? と思ったのだ!)」
「ウォ。ウォン(あぁ、怪しいもんだった。足元をすくって転がしたら生者から亡霊が出てきやがった)」
「ワン!(憑依したのではと話していたのだ!)」
「わ〜ん(セレンちゃんのところ段々過激になるね〜)」
「ウォン(厄介なモンだぜ)」
ケルが日課のシティパトロールして戻って来たら、セレンの家はいつも亡霊たちのパーティーが出来上がっている。
しかも姿の変容した厄介な亡霊たちの数が徐々に増えているのだ。
ケルが毎日、亡霊退治をしているにもかかわらずだ。
「ウォン(お前らの周辺は亡霊が増えてんのか?)」
「ワン(全然居ない!)」
「わん〜(亡霊よりも生者がいっぱい襲ってくるよ〜)」
「わんわん〜(にしてもセレンちゃんの今の状態は明らかに異常だよね〜)」
「ウォン。ウォ。ウォウォン(あぁ、このまま放っておくのは危険だ。それにスクールもマズいかもしんねぇ。行き帰りやスクール中に変な奴がやって来ねぇとは限らねぇからな)」
ケルたちがそんな会話をしているとはセレンたちは思っても居ないだろう。
タイミングよくゾイがスクールの話題をセレンに投げかけた。
「セレンちゃんはスクールへひとりで行っているのか?」
「はい! その……今まではお父さんお母さんの車に乗ってたんです」
「その後は友だちのお母さんが車に乗せてくれてて、でも不思議な事がいっぱい起こっちゃって今はひとりです」
「不思議な事、とは?」
セレンは思い出すようにして親指を折りたたむ。
まずは一つ目。
「車の外からバンバン叩く音が聞こえたり」
人差し指を折りたたんで二つ目。
「私と友だちと友だちのお母さんの三人しか乗ってないのに車のタイヤがすっごく沈んでたり」
中指を折りたたんで三つ目。
「いつのまにかスクールバッグに真っ赤な手形がついちゃったり、とか……」
おそらくまだまだ聞けば出てくるのだろう。
しかし挙げればキリがないと思ったのか、セレンはここで切り上げた。
「……それでね、今までの友だちみんな怖がっちゃって。スクールでも避けられちゃうようになって。あ、でも! スクールでイタズラされてたけどそれも全部なくなりました!」
「……そうか」
ゾイはそれ以上は何も言わなかった。
いや、言えなかったのかもしれない。
結局、セレンに群がる亡霊をどうにかする解決策は見出せないまま、また一日が終わっていったのだった。
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