第19話 ケーキ作りの約束

 閉店間際の店内には客はひとりの少女だけ。


 大きめの可愛らしい椅子に乗っかり、足をぱたぱたと揺らしている。

 セレンは頬にケーキを目一杯詰め込んで噛み締めていた。


「ふわふわのスポンジ! とろけちゃうクリーム! おっきくて甘いイチゴ! これがプロの味なんですね……!」


 セレンの目の前ではゾイが座り、二人分の紅茶を淹れている。


「はいどうぞ。まさかこんなにも喜んでくれるなんて」

「とっても美味しいです!」

「はは、急いてキッチンを新調した甲斐があった」

「しんちょう……? 新しくしたんですか?」

「ええ、この間うっかり壊してしまいまして。修理するにも業者がすぐに見つからなくて参りました」


 その時の事を思い出したのか、ゾイは冷や汗をかいている。


「運良く業者を見つけられて良かったです。でなければ休業せざるを得なかったのですから」

「業者さん忙しいんだね。セレンのお家もまだ壊れたままで、あ」


 ティーカップに口をつけようとしてセレンは止まる。


「セレンちゃんの家のキッチンが壊れたまま?」

「そうなんです! 何もしてないのに壊れちゃったの。……これじゃあセレンのお誕生日ケーキが……」


 目に見えてセレンはしょげていた。


「もうすぐセレンのお誕生日なんです。いつも家族で手作りケーキでお祝いしてるんだけど、今年は私とケルちゃんだけだから」

「お父さんとお母さんは……?」


 ゾイの質問にセレンは首を振るだけだった。

 その仕草だけでゾイは理解した。


「それじゃあウチに来てケーキを作りませんか? あぁ、店のは……少し特殊なので俺の自宅ですが」


 店のキッチンをキラキラで見たセレンにゾイは脂汗を滲ませ、自宅の方でと手を振る。


「店の二階が自宅なんです」

「にかいにお家!!」


 セレンは二階があるであろう天井を見上げる。


「セレンちゃんが良ければですが」

「行きたいです! ぜひお願いします!」

「良いんですか? その、怖くは……ありませんか?」

「怖い?」


 セレンはゾイの問いに心当たりが無いと首を傾げる。


「いいえ、何でもありません。ここは世界一安全な場所ですから——」


 リン、とどこからか鈴が鳴る。

 玄関からではないようだ。


「——ケーキの材料が届いたのかもしれません。少し待っていて下さい」

「はい!」

「紅茶が冷めてしまう前には戻ります」


 セレンはゾイを見送った後、しばらくは席で紅茶を楽しんでいた。


「……あ、紅茶飲み切っちゃった。ケルちゃ……あれ?」


 ケルと遊んでゾイを待っていよう、と考えたセレンは気づく。


 店の外に居たはずのケルとルベロが居ない。

 置いてあったクッキーは食べかけのまま残されていた。


「ケルちゃんとルベロちゃんはどこに行ったんだろう……?」


 セレンは周囲を見渡し、ひとり困惑していた。











 ゾイのケーキ屋のその裏口には奇妙な来客がいた。

 その姿は頭や口元をベールで覆い隠した占い師のようだ。


「貴方は霊の存在を信じていまっ、ぶっ!?」

「物騒な物を持ってくるな。ここはケーキ屋だ」


 ゾイは顔面に拳を叩き込み、占い師モドキを昏倒させる。

 占い師の手に持たれた拳銃は奪って握り潰した。


 その直後に物陰に隠れていた男性がナイフを持ってゾイに襲いかかる。


「お前の目的はっ、あぎゃ!?」

「美味しいケーキを作る事だ。——む?」


 ゾイはナイフを奪い一撃で男性をのしてしまう。

 同時に殺気を感じ、ビルの屋上を睨む。


 出していたゴミ袋に穴が空き中身が少し飛び散った。


 その直後に悲鳴と共にビルの屋上から人が引きずり下ろされる。


 目を回して泡を吹いている人物を引きずって来るのは一匹の黒いイヌだった。


「ルベロか」

「ワン?(計算通りでは?)」

「良い子だ。よくやった」

「ワン!(だろう!)」


 ゾイはルベロの頭を撫でて褒め、周囲に残る敵対者がいないかを探るのだった。










 セレンは店の中からケルが戻ってくるのを見つける。


「ケルちゃん! もう、ひとりで遠くに行っちゃダメだよ!」

「ウォン(悪ぃ、ちと野暮用でな)」

「お砂遊びしてたの? ルベロちゃんは?」

「ウォン。ウォ——(似たようなもんだな。ルベロは——)」


「ルベロは配達員さんと裏口と遊んでいました。お待たせしてすみません」

「いえ! お紅茶美味しかったです!」

「それは良かった。セレンちゃんのお誕生日ケーキ作りの時も美味しい紅茶を用意して待っています」


 そうして来週のセレンの誕生日前日にゾイの自宅で手作りケーキを作る約束をしたのだった。

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