第17話 樹木の亡霊

 樹木の亡霊は伸ばした手指を右へ左へと振り回す。

 その攻撃はケルに掠りすらせず、ブォンブォンと空を切る。


『邪魔なイヌだっ!』

「グルッ!(オメェ程じゃねぇよデカブツ!)」


 ひらりとケルは宙を跳ね、軽く躱していく。


(さっさと食いちぎりてぇところだが……先に家の外に追い出した方が良いな)


 樹木の亡霊にもし実体があれば家の入り口をくぐれない大きさだ。そんな奴が物を壊そうと暴れれば家やテーブルはひとたまりもない。


 そんなケルと樹木の亡霊の近く。

 そこでは輪郭のぼやけた人型亡霊たちが樫の木のローテーブルを持ち上げようとしていた。


『おい、しっかり持ったか?』

『持ちづれぇなぁ』

『そいじゃ、せーの』

『よっ……って、やべぇぞ?!』


 亡霊たちはテーブルを持ち上げた途端、頭上を見て怯えた。

 それも当然だろう。

 何故なら亡霊二人へと黒い影が飛びかかっていたのだから。


「グルルルッ!!(触んじゃねぇ!!)」


 ケルはテーブルを持つ亡霊の片方へ何度も齧りつき飲み込む。


『お、おいこっちに来るなっ、グギャー!?』


 テーブルを放って置いて逃げだそうとする亡霊にだってケルは軽々と追いつく。


『アニキお助っ、ケァー!?』


 ケルは二匹目の人型亡霊をぺろりと平らげ、テーブルをちらりと観察する。

 どうやらテーブルに傷はなさそうだ。


(残るはこの樹木の霊だけか)


 樹木の亡霊はケルが亡霊たちを食べる様をただ見ていた。


(アン? 亡霊同士は助けねぇってか?)


 フン、とケルは不機嫌に鼻を鳴らす。

 樹木の亡霊はテーブルを見てニタリと笑った。


『盗られるのを防ぐという事は……何かあるんだな?』

「ガル! ガルル!(目ぇ腐ってんのか! ただのテーブルだぞ!)」

『目? これは樹液だ』

「ガルルルル!!(んなこたぁ聞いてねぇ!!)」


(チッ、セレン達はまだ家に入って来てねぇよ、なっ!)


 ケルは樹木の亡霊の横腹を狙い飛び込む。

 振り抜かれる木の腕の合間を縫って、亡霊の体を齧り取る。


『っ邪魔な……いやそうか、俺がこの場でコイツを取り込めばいい。他の奴らに渡す必要などないのだ』


 樹木の亡霊はテーブルを取り込もうと、両腕をバキバキと伸ばし広げる。


 だがしかし。


「グルル?(させると思うか?)」


 伸ばした樹木は噛み音と共に全てが引きちぎられる。


『なっ、何っ!?』


 大きく広げられた細い枝を全て瞬時に食われた事に驚く亡霊。


 ケルは噛みちぎったそれを見せつけるようにしてゴクリと飲み込んだ。


(セレンが悲しむだろ)


 ケルは樹木の亡霊から目を離さない。

 しかし前足は割れた窓を向いていた。


『よくも俺の木をっ……そうだこれは俺の木だ。俺の木を切る奴は地面に埋める。うう埋めててて、そ育てて削いででかか、か顔を彫って叩いて折って……』

「——グル(——そりゃ丁度おめぇさんみてぇになるな)」


 黒い影が常人には見えない速さで動き、割れた窓の外へと飛び出す。


 窓から飛び出したのはケルだけではなかった。


『お、おおれ俺あああー!?』


 ケルに噛みつかれて、樹木の亡霊が共に引き摺り出されていたのだ。


『お、れ……の木……』

「グルルゥ(いいや、これぁセレンのだ)」


 体が木になったりぼやけたりを繰り返す亡霊をケルは野外でもぐもぐと食べていた。










 食べ終わったケルはセレンの家の玄関へと向かう。

 そこには座り込んだ男性二人を介抱する運転手とセレンが居た。


「ウォン(セレン、無事か?)」

「——あ、ケルちゃん!」

「ありがとう、お嬢ちゃん」

「あぁ、随分と楽になったよ」


 そうして立ち上がれた男性二人と運転手は去っていくのをセレンとケルは見送った。


「おじさん達の顔色、すっかり良くなったね!」

「ウォウォン(樹木の亡霊にあてられてたんだな)」

「待たせちゃってごめんね、ケルちゃん。あ、運んでくれたローテーブルだ!!」


 テーブルを前にしてセレンは飛び跳ねる。

 そして床に座り込んでケルを横に座らせた。


「これで一緒にご飯食べようね!」

(……だから低いテーブルを選んだのか)


 ケルの尻尾は揺れていたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る