第15話 ヴァスのお仕事

 ここはヴァスの屋敷の門の前。

 セレンは緊張した面持ちでインターフォンを押す。


「セレンです! あの……ヴァスさんは……?」

『——来てくれたんだね。いらっしゃい』


 屋敷の門がギィと音を立ててひとりでに開く。


『入っておいで、まっすぐ歩けば玄関だよ。少し遠くて申し訳ないね』

「いいえ! お招きありがとうございます! ケルちゃん行こう!」


 セレンとケルが門をくぐり、ヴァシリアスの待つ屋敷へと進む。

 門に取り付けられた監視カメラがひとりと一匹の動きを追いかける。

 セレンとケルが敷地内に入った後、背後で門の閉まる音が鳴り響いた。









「ようこそ我が家へ。ゆっくり見て好きなものを選んで」

「お、お邪魔します!」


「(おっきいお家だねケルちゃん!)」

「ウォン(人けがねぇのにかなりデケェな)」


 セレンは屋敷を見てからずっとあっちこっちをキョロキョロと見回しては目を輝かせる。

 足はずっとソワソワしており、柱に掘られた柄に手を伸ばしては触れる前に手を引っ込めている。


「(あっ、そうだケルちゃん! ここはヴァスさんのお家だからね! 私たちのお家みたいに暴れちゃダメだよ!)」

「……ウォ。ウォン(……あぁ。セレンは怪我しねぇようにな)」


「セレンちゃん、この間はロスがごめんね」

「いいえ! ロスちゃんはケルちゃんと遊びたかったんだよね!」

「わん〜(僕、優秀なカメラマンだったでしょ〜)」

「ウォン(おまえ最終的にカメラ壊してただろ)」


(ヴァスが気づいてうちに来たおかげで助かった。危うく計画倒れになる所だったぜ)


 ケルが立てた計画とは、ヴァスの屋敷にある隠しカメラをロスが盗み出し、セレンの家に来る事だ。


 カメラに映った空っぽのセレン家を見れば、ヴァシリアスはセレンに何か質問をするとケルは踏んだ。


 そしてセレンが帰宅した時、うちにやって来たロスは興奮しながら家の中を走り回り、あろう事か花瓶を割り、更には持って来たカメラを噛み砕いてしまった。

 持ち帰ってヴァスに返す筈のカメラを壊してしまい、ロスとケルが焦ったその時、丁度セレン家のインターフォンが鳴ったのだった。


 セレンの家に来ていたのはなんとヴァシリアスだった。


 セレン家を荒らして耳をぺたんと下げるロスを回収し、セレンの家の中を見たヴァスが言った。

 割った花瓶を弁償する、と。


 そして加えてこう言った。

 もしよければ家具をプレゼントするよ、と。


 僕はアンティークコレクターだから色々持っていると、ヴァスはそう言った。




 屋敷内の奥へとヴァスの先導で進む。

 鍵のかかった扉を開くと古めかしい木の香りが溢れ出す。

 中には手入れされた家具がいくつも並んでいた。


「遠慮せず好きなものを選んで良いからね」

「いいえ! 壊れちゃったのは花瓶だけなのにそんな……!」

「わ〜ん……(それはごめんね〜……)」

「ウォン(セレンに怪我が無くて良かった)」


 気をつけろとケルはロスに軽く吠えた。


(亡霊はセレンの家で何かを探し、盗んでいた。なら盗まれたものが噂の手掛かりになる筈だ)


 嘘クセェ噂だと不機嫌そうにケルは鼻を鳴らす。


「古いものばかりだけど手入れはしてあるから安心して。好きなものをゆっくり見てね。今は仕事にひと段落ついているから時間があるんだ」

「ヴァスさんは何のお仕事をされているんですか?」

「あぁ、美術品の流通をしていてね。古い物が好きだから好きを仕事にしているんだよ」

「美術品! これとかもですか? どれも綺麗です」

「喜んでくれて良かった。……所で聞きたい事があってね」


 ヴァスは入って来た部屋の扉を閉める。


(お、ついに家具が無い事について聞くのか?)


 ケルは耳をピンと立てて注意深くヴァスとセレンの会話を聞く。


「うちの……ラトゥリア社の取り扱い品はいかがでしたか?」

「……あ」


 セレンは動きをぴたりと止める。

 少女の楽しそうな雰囲気が抜け落ち、まるで心が空っぽになったようだった。

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