第12話 ドッグランで遭遇(ロス)

「あっちにも黒いワンちゃん!」

「ウォン?(セレン?)」


 セレンの明るい声にケルが反応する。


 少女の指差す方向はドッグランの入り口だ。


 見覚えのある一匹の黒いイヌと見覚えのある背の高い男性がやって来ていた。


 先ほどきたばかりなのだろう。

 ……なのだろうが。


(なんだ? 飼い主が疲れていないか……?)


 飼い主の男性は入ってすぐにフェンスに背を預ける。

 その男性の足元では黒い犬がとんでもない速度でグルグル走り回っていた。


 もはや残像で黒い浮き輪にしか見えない。


「わん? わんわんわんわんわ〜ん!(次はここ? もっともっともっともっとも〜っと遊ぼう!)」

「うん……元気なロスは……可愛いね……ところで……お友達を作るのは……どうだい……?」

「わん〜!(ヴァスがいい!)」

「ほら……あそこにロスと同じ犬種の子たちが居るよ……行っておいで……」

「わんわんわ……(そこらの奴は相手にならな……)」


 急ブレーキをかけて止まる黒い生命体。


 残像で姿が見えなかったが、止まれば姿がよく見える。


「……〜わん!?(……ケルとルベロ!?)」


 そこに居たのはロスだった。


 ロスはケルとルベロの元へ瞬時に駆け寄る。

 突然の急発進で芝生がめくれ、砂が飛び散る。

 飛び散る砂はもちろん後ろに飛ばされた。


 つまり、飼い主の青年が砂だらけになった。


 そしてケルとルベロの前にやってきたロスだが……以前見た時よりも少し体がゴツい。


「ウォン! ウォ……ウォン?(ロス! なんつぅか……ゴツくなったか?)」

「わん! わんわ〜ん!(筋肉ついた! 自由に動ける体なんて最高だよ〜!)」

「ワ……ワン!?(その声……もしやロスなのでは!?)」

「ウォン!?(今更気づいたのか!?)」

「わ〜ん?(そんなに見た目変わってないよ〜ルベロは太り過ぎじゃない〜?)」

「ウォン!(ルベロは痩せろ!)」


「ワンワン……?(気づいたのだが、世界は狭いのでは……?)」

「ウォン(ま、俺たちが今ここで集まれたしな)」

「わんわ〜ん〜(多分違うでしょ〜脂肪で視界が狭まってる〜って事じゃない〜?)」

「ワン(両方だ)」

「ウォン(痩せろ、今すぐ)」


 ルベロは相変わらず芝生にゴロリと転がる。

 ケルはそんなルベロを発破かけるようにゲシゲシと叩き転がす。

 ロスは走り回る楽しさを叫びながらケルとルベロの周囲を高速回転した。


 そんな三匹の様子を飼い主たちが見守っていた。


「あの……大丈夫ですか?」


 セレンは砂だらけの青年の元へと向かいハンカチを渡す。


「お気になさらず。おふたりはあちらのワンちゃんの飼い主ですか?」

「はい! そこに居るのがセレンのケルちゃんです!」

「お恥ずかしながら、芝生に寝転んでいるのがうちのルベロです」

「ロスに友達が出来てよかった。僕はヴァシリアスです。ヴァスと呼んでください」

「ヴァスさんよろしくお願いします!」


 青年は疲れた顔で微笑んだ。

 それから、ケルとルベロとロスの三匹の仲の良さを微笑ましく見ていたのだった。











 そしてドッグランの帰り道。

 日が暮れ始めるシティで、セレンはご機嫌に帰路についていた。


「それでね! ゾイさんとヴァスさんの連絡先を交換してお友達になったの!」

「ウォン(良かったじゃねぇか)」


(ルベロとロスにはその二人がどんな人間なのかは聞いてある)


 セレンに危険がないかケルは知りたかったのだ。


 ゾイをしばらく観察したルベロによると……。


 曰く、ゾイは美味いケーキを作る。

 (それは知っている)


 曰く、ゾイは美味いジャーキーをくれる。

 (それも知っている)


 曰く、ゾイは力が強いからたまにキッチンを壊す。

 (それは知っ……てないな)


 まとめると、ゾイは美味いケーキを作るトンデモ筋肉だって事だ。壊すのは大抵キッチンだけらしいから、ゾイとキッチンに入らないよう気をつければ問題ない。


「ウォン、ウォン(セレン、ゾイとお菓子作りは避けるんだぞ)」

「ケルちゃんも楽しかった?」

「ウォン、ウォン(まぁ、ルベロとロスが元気そうで良かったよ)」

「ヴァスさんも楽しんでくれたかなぁ」

「……ウォン……(……ヴァスは"楽しむ"というより、"楽が出来た"だろうな……)」


 ロスにもヴァシリアスがどんな人間なのかケルは聞いていた。

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