第10話 あたらしい日常

 いつもの爽やかな朝がやって来た。


「ケルちゃん! それじゃあ行ってきます!」

「ウォン(おう行ってらっしゃい)」


 ケルの一声でセレンはいつもパッと顔を明るくする。


「うん! すぐ帰ってくるからね!」


 セレンはとても嬉しそうな笑みを浮かべた後、たたたっと軽やかな足取りでスクールへと行ってしまった。


 スクールは夕方まであるのでそれまではケルの自由時間だ。


(それじゃ行くかァ)


 ケルは家の外に飛び出してシティ中を駆け回る。


『げへへ自販機の中身全部こぼぶっ、ピッ!?』


『見えないねぇ、マンホールの蓋開けっ、エエェ!?』


『そんな眉唾物どーしィイ!?』


 もぐもぐと亡霊を食べながらケルは優雅に闊歩する。


(鈍い奴らで助かるぜ)


 どの亡霊たちもケルが齧るまで気づかない。

 それ幸いとケルは背後から襲っていた。


(にしても、食っても食っても減ってる気がしねぇな?!)


 ひたすらシティの隅々まで走り回っても、また似たような場所で別の亡霊がふらふらしている。


(一体どこに潜んでやがるんだ)


 ケルは何周も何周もシティを駆け巡る。

 亡霊を追いかけているといつしか日も沈む。


(今日も日が暮れるのが早ぇ)


 ケルは亡霊探しを切り上げ、セレンが帰宅する少し前に家へと帰る。


 本当なら一匹でも多く亡霊を仕留めたいケルだが、早く帰るには理由があった。


 セレンが帰ってくるのを迎えるという事も理由ではあるのだが——


(んで、案の定か)


 少しばかり不在にしただけで家に亡霊たちが勝手に入り込んでいた。


「ヴォン!!(出ていけ!!)」

『ヒェ!?』

『おい!? もう戻って来てんぞ!?』

『ズラかれ者ども!!』

『『『おう』』』


(チッ、散らかしやがって。外で見つけて徹底的に食ってやる)


 亡霊たちを食おうとすれば当然亡霊たちも暴れる。

 そんな事になれば家の中が大荒れになるのをケルは経験で知っている。


 だから今は追い払うだけに留めておく。

 ケルが外で何が何でも見つけ出すだけ。

 亡霊を齧る回数が無駄に増えるだけだ。


 ケルは散らかされた部屋を片付ける。


(おい……また何か減ってねぇか?)


 リビングにあった本の数が減っている。


(よし、決めた。今日の奴らは明日爪で引き裂いてから食う)


 怒りを押し殺しながら、散らかされた本を元の場所に戻していく。

 開きっぱなしの戸棚、出しっぱなしの水は全て閉じた。


(うっし、時間ぴったりだ)


 ケルは玄関の前まで行って座る。


 尻尾が上にゆっくり揺れる。


 ケルが座って数十秒ほどした頃だろうか。


 玄関の外から小さな足音がたたたっと聞こえてくる。


「ケルちゃん! ただいま!」

「ウォン(おかえり、セレン)」


 ケルは立ち上がり、セレンの元へいく。

 セレンはケルに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめた。


 セレンはケルの尻尾をちらりと見て、嬉しそうな笑顔を見せる。

 ケルは自身の尻尾を見てはいない。見えてなどいないし、気づかない。

 そしてセレンはケルをもう一度強くぎゅっと抱きしめた。


 ケルは抱きしめられる理由に気づいていない。










 夕食後、ケルがリビングにふせっている時だ。

 セレンが慌ただしくケルの前にやって来る。


「ケルちゃん!」


 そしてケルの目の前に一枚のチラシを見せてきた。


「明日はドッグランに行こう!」

「ウォン?(ドッグラン?)」


(明日はスクールが休みの日だったか)


「お散歩に行けてないから運動不足だなって思って!」

「ウォン、ウォウォン(気にすんな、セレンが居ねえ間にシティ中を走り回ってんだ)」


「それにね、ケルちゃんもお友達が欲しいよね!」

「ウォン?(友達ぃ?)」


(……そうだな……亡霊の情報収集には有りか)


 亡霊達が集まっている場所を食いまくれば大幅に数が減らせる。


 ケルは目の前のチラシを鼻でつついた後に頷いた。


「ウォン(行くか)」

「やった! 準備するね!」


 セレンはパッと顔を綻ばせ、ケル用リードなどをバッグに詰め込んでいった。

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