第5話 亡霊に襲われる少女

 日の沈みゆくコルソシティで一匹の黒いイヌが駆け回っていた。


「ウォン!(見つけたぜ!)」

『このイヌ俺が見えてっエーッ!?』


 ふらふらとあてもなく彷徨う亡霊を見つけて喰らったり。


「ウォン!(何してやがる!)」

『ヒヒヒ盗みっミーッ!?』


 家の壁をすり抜けようとする亡霊を捕まえて齧ったり。


「ウォン!(このっ!)」

『お、お助けっグェー!?』


 ケルを見て逃げ惑う亡霊を追いかけ回して無駄に噛みついたり。


「ウォンウォン!?(どこもかしこも亡霊だらけじゃねぇか!?)」


 目を開けば確実に亡霊一匹は存在しているのだ。


 じっと見続ければうろうろと数匹うろついており、くるりと見渡せばウジャウジャとシティを闊歩していた。


 日が暮れ、隠れてた亡霊達も出てきている。


(逃げ出した亡霊だけじゃねぇ。現世に留まったままの亡霊もそこそこいやがる……厄介な連中だ)


 冥府へ行っておらず現世に留まっている亡霊は少々特殊だ。

 現世に留まるためにはその存在を維持するためのエネルギーが必要となる。

 それが維持できる、つまり現世に居られるだけのエネルギーを持っている事なのだ。


 つまりその辺の亡者と違って簡単に食ってやる事が難しくはある。


(どのみち全部喰らってやりゃあ良いんだ!)


 冥府の門は未だに壊れたまま。

 捕らえた亡霊を冥府に戻したとしても、門が壊れている以上また現世に舞い戻ってくるだろう。

 つまりは冥府の門が修理されるまでは亡霊たちは喰らうしかない。


 ふと、ケルは異変を感じた。


(何だ……?)


 周囲がざわついていた。

 ケルはすぐさま耳をピンと立てる。


 聞こえたのは大量の亡霊たちの囁き声だ。


(あそこか? 亡霊が集まっている……?)


 音を立てないように注意を払い向かったその先。

 そこでは亡霊たちが建物の隙間で溢れんばかりに密集していた。


 いや若干、溢れていた。


「ウォ!? ウォン!?(何だっ!? 悪魔集会か!?)」


 実態が無い亡霊が溢れるほどの密っぷりだ。


 冥界の門で押し出された時の事を思い出す。


 ケルはすぐに溢れる場所へと飛び込み、亡霊へとかぶりついた。


『ギェェエ!?』

『何だ何だ!?』

『に、逃げろぉー!』

「グォングォン!(オラ逃げてんじゃねぇ!)」


 ケルは亡霊をちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。


 亡霊が散り散りに逃げていく最中、隠れていた"何か"があらわになった。


(っ、ガキか……!?)


 亡霊たちの集団の真ん中では、ひとりの生者がうずくまっていたのだ。


 俯いてしゃがみ込んでいるのは小さな少女だ。


 少女はケルに気づき、顔を上げる。

 その顔は真っ青で、唇は紫色をしていた。


 間違いなく、亡霊たちが襲っていたのはこの少女だ。


「ヴォンヴォン!!(何してやがった貴様らァ!!)」

『ひいいいいいいい!!』


 通常、生者は亡霊を見る事が出来ない。


 だからケルが彼女に群がる亡霊を追い払っていても、彼女に取ってはイヌがただ周囲を暴れているだけにしか見えない筈だ。


 ケルは一通り少女の周囲で暴れ回り、少女の様子をチラリと伺う。


(怯えさせただろうがまぁ良い、逃げた亡霊を追って……)


 少女は特に怯えたような様子は無かった。


 ただケルの事をきょとんと見つめている。


「…………ぁ」

「ウォ」

「ワンちゃんだ」

「……ヴォ……(……イヌじゃねぇ……)」


 少女が体を震わせはじめる。


(寒ぃのか)


 ケルはゆっくりと少女に近寄り、体を寄せてぴたりとくっつける。


「……ワンちゃん、あったかいね」

「……」

「転んじゃって……今ちょっと立てないの……」


 少女はケルをぎゅっと抱きしめる。

 空から雨粒がポツポツと降り始めてきた。


「雨降ってきたね」


 少女は体温を求めるようにケルを抱きしめる。

 そしてケルの首にかかっている首輪のタグに気づいた。


「ワンちゃんのお名前……ケルちゃんなんだ」


 タグに刻まれているのはケルの名前だ。


(俺たちの見分けがつかないって王が渡してきたんだよなぁ)


「迷子……じゃないの? じゃあ逃げちゃった?」


 ただケルは首を横に振る。


「……捨てられちゃったの……?」

「……」


 ケルたちはしばらく王には会っていない。

 一瞬だけ躊躇したケルだったが、先ほど同様に首を横に振る。


「うちに来る……?」

「……ウォン?(……うん?)」


(俺ァ別にその辺で寝るつもりだったが……)


「だ、大丈夫だよ。お家はずっと私ひとりしか住んでないから広いの」

「……ウォン(……行く)」


 ケルは首を縦に振った。

 少女は家にひとりなのだという。

 未だに体調が悪そうにしている幼い少女が、だ。


(……こんなガキをひとりにしておけるかよ)


「ほ、ほんと……? じゃあ行こう! こっちなの!」


 少し顔を明るくした少女はふらりと立ち上がってケルを家まで案内していったのだった。

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