最終話

 虫の声が姦しくなってきた。


 今日は俺の誕生日。ゆきめはサプライズでケーキを用意してくれて二人でお祝いをした。


 ケーキのろうそくを消しながらゆきめの誕生日の時のことを思いだす。

 あの日以来、ゆきめはすっかりツンデレをマスターした様子だった。


 代わりにヤンデレとしての彼女はすっかり大人しくなり、たまに俺がテレビに映る女優さんを見ている時なんかに「こういう子が好きなの?」なんて暗い目をすることがあるくらいだ。


 遠坂さんはというと、いつの間にかゆきめと仲良くなっていた。

 いつもゆきめは遠坂さんに絡みに行くのだが、遠坂さんもまんざらではない様子で笑みを浮かべながら話している。

 しかし校内では、遠坂アリアはパンツを履いていないらしい、なんていう噂が蔓延していて、常に彼女は男子たちの好奇の目にさらされている。


 九条さんは快挙を達成した。

 一年生ながらに、夏のインターハイで見事優勝し、一躍時の人となる。


 ある日ゆきめが朝練に顔を出して九条さんと話をしていたのを俺は知っている。

 その日を境に九条さんは誰とも口をきかなくなり、自慢の長い髪もバッサリ切って血を吐くような練習を一心不乱に続けていた。


 何が彼女をそこまで突き動かすのかと心配になるほどの努力は実を結び結果につながったわけだが、表彰式が終わった後、ゆきめのよくわからない一言で彼女は崩れ落ちて涙していた。


 ちなみになんと言っていたかというと「これだけ頑張っても無理なものは無理なのよね」なんて言っていたはずだ。


 俺にはその意味がわからなかったが、九条さんはインターハイ終了の翌日からさらに練習量を増した。今では四六時中グラウンドにいることから「ぬし」なんていう大層なあだ名をつけられている。


 ミナミ先輩はキャプテンと別れたことで、少しゆきめに目をつけられていた。

 最初は散々別れた理由を聞かれていたが、他校に好きな人がいると話したことでゆきめの追及を避けることができたようだ。


 ちなみに山田の奴は転校した。理由は不明だが一部の噂では精神的に不安定になったなんて話も聞いたりした。


「蒼君、そろそろ秋の新人戦だね」


 ゆきめは相変わらずマネージャーとして俺の隣にずっといる。

 インターハイに出場した俺が準決勝で敗退した時には人目もはばからず号泣し、その姿が他の学校の生徒からも注目されて俺たちはすっかり他校からも認知されてしまった。


 全国区のカップルとなった俺たちだが、別に日々は変わらない。

 んきめは相変わらず毎日のように俺の部屋で料理を作って風呂に入って一緒に寝る。


 そんな彼女が今日、メアリーを部屋の棚から降ろしていた。


「あれ、片付けるのかそれ?」

「うん、もう必要ないから」

「またそれか……メアリーに俺を監視させてたとでも言うのか?」

「え、よくわかったね」

「え?」

「さてと、メアリーちゃんは実家に送っておこ」

「い、いやお前今なんて」

「なんか言った?」

「……」


 やっぱりゆきめは変だ。

 知り合う以前のことだけでなく、今だって俺が一人で部屋にいたはずの時間の出来事を知っていたりする。


 俺はその辺の理由をはっきりさせておきたかったが、結局タネも仕掛けもわからないままだ。


 最後に、メアリーに挨拶をさせてくれと頼んでみたら「人見知りだからダメ」と言って断られた。


 真相は闇の中だが、そんなことでいちいちゆきめを嫌いになったりはしない。


「蒼君、今日は高校で再会してから四ヶ月記念日だよ?」

「そ、そうなのか?」

「うん、だからお祝いだね」

「え、さっきしたじゃんか」

「あれは誕生日の分だよ。記念日は別」

「まぁ、いいけど」


 ゆきめはことあるごとに記念日を作る。

 とはいってもそれは世の女性の多くに見られる光景だと思うので、特段ゆきめが変だというわけではない。


 ただ、記念日の日のゆきめはいつもよりぴりぴりしている。

 ケーキ屋の若い店員なんて警戒しておかないとエラい目に合う。


 先月なんてファミレスでお祝いをしていた時に女性店員が俺の方を見た気がした、というだけでゆきめの持っていたフォークが俺の方に飛んできた。


 そんな発作は想定しておかないと彼女とは付き合えない。

 幸い今日はスーパーの店員も男性だったし、若い女性とすれ違うことも少なかったのでゆきめが爆発しないまま家に帰ることができた。

 


 二人で買ってきたお菓子やジュースで改めてお祝いをする。

 幸せな時間がただゆっくりと流れている。


「蒼君、私すっごく幸せだなぁ」

「そ、そうか。よかったよ」

「蒼君はどうなの?」

「え、まぁ俺も幸せ、だな」

「よかった。ずっと一緒にいてね」

「……そうだな」


 ゆきめに一方的にスタートを切らされた俺たちの付き合いは歪なものばかりだったが、俺がゆきめを好きになってからすべてがうまく回りだした。


 もうストーカーである必要もなくなった彼女はどんどん穏やかになっている気がするし、独占欲さえ満たしてやれば基本的には本当にいい彼女だ。


「ちょっと部屋に戻るね。すぐ帰ってくるから」

「ああ、わかった」


 ゆきめが少しだけ自分の部屋に戻った時、静かになるこの空間がいつも寂しい。

 もうメアリーもクマちゃんもいない。

 一人ポツンと取り残された俺は冷蔵庫に飲み物を取りに行った。


 するとキッチンに何かメモ帳が置いてあった。

 

 ゆきめのもの?だろうが、なぜこんなところにあるんだろうか。

 

 何気なく、それを手に取って中を見た。


『○月×日、今日は蒼君が女の子と五人目を合わせた、累積一つ。○月△日、今日は蒼君が学校で女の子に声をかけられた、累積二つ……』


 少し前の日付から、俺が女の子と目が合ったことや話したこと、すれ違った人数までびっしりと書かれていた。

 そして累積という謎のポイントがたまっていっている。


「な、なんだこれ……」


 つい読み進めてしまい、書かれている最後のページの日付は今日だった。


『×月〇日、今日は蒼君の誕生日と四カ月記念日。なのに街で女の子が六人も蒼君のことを見てた。累積が溜まる。もうお仕置きしないといけない。蒼君、大好きだよ』

 

 謎の累積が今日溜まったと書かれていた。

 俺はそのメモ長を急いでその場に捨てるように置き、部屋を飛び出そうと玄関に向かった。


 何かされる、そんな直感が俺の体を動かした。


 しかし俺がドアに手をかける前に扉が開く。


「あれ、蒼君どうしたの?もしかして迎えにきてくれようとしたの?」

「い、いや……あの」

「ふふっ。今日はね、蒼君とじっくりお話したいなぁ」

「いや、そんなのいつもしてるし」

「そうだね、でも今日は訊きたいことがいっぱいあるの。いっぱい、いっぱいあるんだよ」

「そ、そうか……」


 ゆきめは後ろに手を組んだまま俺の部屋に入ってきた。

 そして背中を見せないように俺の方を向いて笑う。


「蒼君、ちょっと痛いの我慢してね」


 何か尖ったものが背中からはみ出しているのが見えた。

 

「や、やめろゆきめ! 俺が悪かったから!」

「何よ、私が蒼君を脅してるみたいな言い方やめてくれる?」

「い、いやだってそのメモ帳に……」

「あ、見たんだ」


 ゆきめはなるほどといった表情で、俺の方へスッと寄ってくる。


「あれ見てどう思った?」

「い、いややばいなって……」

「私が?」

「お、俺がやったこと、が……」

「反省した?」

「し、した……」

「ふーん、じゃあ許してあげる」

「ほ、ほんとか?」

「うん」


 なぜか許してもらえた。

 俺は心の中で大きくため息を吐いた。


 よかった、何か知らないけど累積とやらが発動されることはなかったようだ。


 

 胸をなでおろす俺に、キッチンのメモ帳を手に取りながらゆきめは言った。

 

「次やったら刺すからね」


 ゆきめの手に持たれた包丁が彼女の手の中でくるっと回り、そしてまな板に突き刺さった。


「え……」

「はー、すっきりした。蒼君もこうならないように気を付けてね」

「あ、ああ……」

「言っとくけどこれって嫉妬とかじゃないからね!私たち二人がうまくいくために精一杯考えてこうしてあげてるだけなんだからね!」


 急にぷんぷんとツンデレさんになるゆきめだが、今日は機嫌がいいわけではなさそうだった。


 まな板に突き立った包丁はそのままに、俺たちは部屋に戻った。

 

 一息ついてから、普通に戻ったゆきめと話をする。


「蒼君、ごめんなさい。新人戦前なのに体傷つけちゃうところだった」

「も、もういいよ」


 落ち込むゆきめとテレビを見ていると、番組でちょうど「夢を叶えた少年」という特集がやっていた。


「蒼君って夢、あるの?」

「夢?そう、だな……」


 夢、なんて持ったことはなかったが、漠然と思うのはこのままずっと陸上を続けたいということだけだ。

 一度投げ出したからこそ今度は最後まで食らいついていたい、なんて思いがある。

 しかもゆきめと一緒にその夢を追えたら最高だ。


「陸上、続けたいな。世界大会とかも出てみたいし」

「うん、私も蒼君の走るところずっと見ていたいな」

「ゆきめの夢も、そうなのか?」

「うん、それもあるかな。でも私はね」


 どうせゆきめの事だ。俺の嫁になりたいとか、そんな話をするんだろう。

 まぁそんな健気なところも悪くないけど。


「私の夢はね、蒼君をこの手で殺してしまえることかな」

「ああ、そう……ん?」

「大好きな人と突然別れるとか辛すぎるから、お別れの時も私が私のタイミングで決められたら最高だなっていつも思ってるんだぁ。そしてすぐに追いかけるの、私も。でもね、死んじゃったら蒼君の走る姿見れなくなるし、もっといっぱいお話したいから叶わない夢なのかなぁ」

「……」

「大丈夫だよ、蒼君を殺すのはもっともっとずっと先、だけど最後はやっぱり私に殺させてね蒼君」


 屈託のない笑顔で笑うゆきめは俺の手を握る。


 この先のことなんてよくわからない。

 しかし俺は死に方を選べない、ということだけはよくわかった。


 ちょうどその後のテレビドラマで主人公の男が「君より一日でも長く生きるよ」なんてきざなセリフを吐いていた。


 そんなことを言ってみたい。

 しかしそんなことは許されない。

 

「でも蒼君が死んでもすぐに私も死んであげるんだから感謝しなさいよね」とゆきめが言う。


 そんな言葉を訊いて俺はわかったことがある。




 ……こいつにツンデレは向いていない。



 おしまい。

 






 あとがき


 ここまでお読みいただきました皆様、まずは本当にありがとうございました。


 ヤンデレとツンデレのミックスという難しめなテーマでスタートしましたがヤンデレって強すぎるので食い気味になってしまいながらもその二つが交わる違和感を楽しく表現できたかなぁなんて思っています。



 ゆきめは最後までゆきめでしたが、今後この二人がどうなったか、なんてところは想像にお任せ致します、と言いたいところですがエピローグにて締めくくりたいと思いますので最後までお付き合いください。


 終わらせることは正直名残惜しさしかありませんでしたが、それでも書きたいことを書ききれたと思っております。


 他作品や新連載でもこの経験を糧にもっともっと面白いものを追求したいと考えています。


 今後ともよろしくお願いいたします。


 

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