第42話 伝えたいこと

 あの夜自分の気持ちを自覚したことで、それ以降ゆきめの顔を直視できなくなった。

 全く気にしていなかったゆきめの甘える仕草や態度がいちいち可愛く見えてきたのだから人間とは不思議なものだ。


 ○○から見ればこう見えて、××から見ればこう見える。

 こんなご都合主義な理屈が本当にあるのだということを俺は身をもって感じる。


 ゆきめを好きだと自覚した後、彼女がそれはそれはいい女であることに改めて気づく。というよりわかっていたが目を逸らしていた事実がすんなりと受け入れられてくる。

 

 まず、恐ろしいほどに美人だ。

 顔に文句をつけるところなど一ミリもない。それにスタイルだってまるでマネキンかと思うようなほどに出るところが出てくびれるところは極端に細い。

 足だって普通の人の倍はあるのかと錯覚するほどに長く、その足で蹴られたいなんて思う男子がいるのも納得できるほどに綺麗だ。


 さらに性格だってヤキモチ焼きが過ぎるが、基本的には俺ラブだ。

 料理はうまいし、俺の趣味は把握してくれているし、俺を喜ばせようと毎日全力である。

 ここまで尽くされて悪い気は一切しない。

 むしろ俺の彼女は最高だ、なんて周りに自慢したくなるまである。


 そんな浮かれた俺だが、実際ゆきめに告白をしたことなどない。

 押し切られて勝手に一方的に交際をスタートさせられたまま今に至る。


 だが、果たしてそれでいいのだろうか?

 いくら付き合っているとはいえ、こんなままでずっとというわけにもいかない。

 どこかできちんと告白してけじめを、なんて考えるが今更過ぎて小恥ずかしい。


 今だってすぐ目の前に料理をしているゆきめがいる。

 だから俺の勇気次第でどうにでもなる話なのだが……


「蒼君、どうしたの?なんか悩み事?」

「い、いや別に。今日の晩飯何かなって」

「今日はハンバーグだよ。いいでしょ?」

「うん……」


 もうどうしようもないくらいにゆきめが好きになってきてしまった。

 ここまで感情を抑えていた分、解放したときの反動がここまですさまじいとは思わなかった。


 今までならゆきめが部屋にいることも普通だったのに、今は妙に緊張する。

 なんか心臓の鼓動が早い。これが、恋というやつなのか……


「明日はミクちゃんがこっちに遊びに来るんだって。楽しみだね」

「そうなのか。でも日帰り?」

「泊まりだって。私の部屋に招待しちゃおうかなって」

「ミクのやつ喜ぶよ。ゆきめの事すっかり姉みたいに思ってるから」

「ふふ、心配しなくてもそのうち本当の妹になるよ」

「ま、まぁ……」


 ゆきめは俺と添い遂げるという将来を信じて疑わない。

 もちろん俺も今ではそうなればいいかなくらいに思ったりもするが、ゆきめほど一途にその未来を信じることはできない。


 あんなに待ち望んでいたというのに、今ではゆきめにフラれるかもしれないなんて未来を想像すると少し気持ちが下がる。


 どうしようもないくらいにゆきめを見てしまっている俺は、ここにきて新しい発見があった。


 ゆきめと目が合う。

 それもひたすら、ずっと目が合うのだ。


 多分ずっと、ゆきめは俺の事を見続けていたのだろう。

 それに比べて俺は彼女のことを見ていなかった。


 だから目が合うことなんてほとんどなかった。

 きっとそんな俺のこともゆきめはずっと見ていて、辛い思いを持っていたのかもしれない。


 急にゆきめが健気に思えてきた。

 ここまで俺に否定されながらもずっと追いかけてくるその根性もそうだが、そこまで俺の事を想い続けてくれた彼女に何かしてあげたいと思った。


 ゆきめが一度部屋に戻った隙に俺は珍しくミクにメールを送った。

 ゆきめを喜ばせるために何をしたらいいか、という相談に対してミクはすぐに返事をくれた。


 どうやらゆきめも時々ミクに相談をしていたようで、ミクからは「お姉ちゃんはお兄ちゃんから好きって言ってほしいなとか話してたよ」とメールが来た。


 結局俺の気持ちが聞きたい、ということなんだな。


 ほどなくして戻ってきたゆきめにそのまま気持ちを伝えようかなんてふと考えたりもしたが、結局やめた。


 きちんとした場所で改めて話そう。

 そう心に決めてこの話題は勝手に俺の中で消えた。


 翌日は休みだったので、昼からミクがこっちにやってきた。

 駅まで迎えに行くと早速ミクがゆきめに向かって走ってくる。


「おねーちゃーん!」

「ミクちゃん!おつかれさまー」


 ゆきめの胸に飛び込むミクは本当に幸せそうだ。

 俺の事なんか見向きもせず、ゆきめを連れてさっさと行こうとするので俺も慌ててついて行く。

 

「お姉ちゃん、今日は一緒にお買い物行きたいな」

「いいよいいよ、それじゃまずデパートに行こうかな」


 もはや今日の俺は二人の荷物持ちだった。

 女子二人でキャッキャしながら買い物を楽しむ姿を黙ってみていると、改めてゆきめに選ばれたことが幸運だったのかもしれないと感じるようになった。


 もっと変な奴、なんていうとゆきめがまともみたいな言い方になるが、俺を好きになったのがこいつでよかったと心底思っている。

 ミクも楽しそうだし、何より俺の家族をあんなに大事にしてくれるのはゆきめの人間性の現れだと思う。


 目的のため、俺と付き合うためだけにそうしていたのなら、とっくの昔にミクのことなんか見向きもしなくなっていただろう。


 でも現実は違う。本当の家族のようにああやって仲良くしてくれている。

 だからこの先ずっとあいつといることになっても、きっとうまくいくような気がしている。


「私、ちょっとお手洗いいくから待っててね」


 ゆきめがトイレにいった。

 そして俺とミクはそれを待つ間、近くのベンチに腰掛けた。

 するとミクの方から話しかけてきた。


「お兄ちゃん、お姉ちゃんにちゃんと話したの?」

「いや、まだ、だけど……」

「どうせシチュエーションとか考えてるんでしょ?そんなのって女からしたら別に嬉しくないもんだよ。そんなことの前にさっさと言えよって感じ」

「わ、わかってるって」

「じゃあこの後、席外すから言いなよ」

「はぁ?この後って」

「今からだよ」


 そう言って今度はミクがトイレに入っていった。

 俺は二人の荷物があって身動きが取れない。

 こんな場所でこんな時に何を話せばいいんだと思っているとゆきめが帰ってきた。


「あれ、ミクちゃんは?」

「ああ、トイレだよ」


 ……なんだろう、二人きりになった途端かなり気まずい。

 ミクのせいで、何か言わなければと焦る俺は必死でその伝え方や言葉を考えたが何も思いつかない。


「横、座っていい?」

「あ、ああ……」


 ゆきめが横に腰かけた。

 ただそれだけのことで俺の心臓は酷く揺れる。

 

「どうしたの蒼君?」

「いや……」


 何を今更緊張することがあるんだ。相手はゆきめだ。俺の事を好きなんだ。彼女なんだ。フラれる心配もなければ付き合ってくれとまでいう必要もない。ただ自分の気持ちを伝えるだけでいいんだ。


「蒼君、私今日すっごく楽しい。やっぱり蒼君といるのも蒼君の家族といるのも全部楽しい。私、幸せだなぁ」

「ゆきめ……」


 結局こいつはいつもストレートだ。

 言いたいこと、思ったことをそのまま言葉にも態度にも出して伝えてくる。

 それゆえに俺はゆきめの本気さが伝わったのだ。


 やはり伝えたいことは言葉にしないと伝わらない、ということだ。


「……好きだよ」

「え……?」

「……好きだって言ったんだ。悪いか」

「ほんと?ほんとにほんと?」

「ああ、嘘いったら怒るだろお前」

「うん、怒るし泣くし暴れる」

「……だから嘘は言わない。お前が好きなんだよ」

「う、嬉しい……嬉しい……」


 ゆきめに俺の気持ちをはっきりと伝えた。

 何の味気もない、デパートの隅のベンチであっさりと顔も見ずに伝えた。

 それでもゆきめは肩を震わせて泣きながら喜んでくれた。

 俺は柄にもなくそっと肩を抱いて彼女を慰めた。


 なんかもっと早くこうしてやればよかったな、なんて気持ちにもなったがそれも仕方のないことだ。

 愛情表現も人との関わり方もへたくそなゆきめのことだから、何度巡り会っても同じように遠回りするだろうと思う。


 だけど、俺は自分の気持ちに気づけて良かったと腕の中にいるゆきめを見て思う。

 

 空気を読んでかたまたまか、ミクは少しの間戻っては来なかった。

 俺とゆきめはしばらくベンチで二人、何も言わずに寄り添った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る