第41話 本当の気持ち

 学校では朝から色々あった。

 まず遠坂さんが、皆の前で黒板に落書きをしたのは自分だと謝罪していた。


 急にどうしたのだ、と言った戸惑いの声で溢れる教室でただ一人、ゆきめだけが微笑んでいたのを俺は知っている。


 そして席に着いた遠坂さんは、その日はずっと席から離れない。

 いつも楽しそうに話していた連れの女子たちも今日は彼女を敬遠しているように見えた。


「ゆきめ、もしかしてお前がさせたかったことってこれか?」

「んーん、それは当然の義務だから罰のうちには入らないかな」

「じゃあこれ以上なにをさせるつもりなんだ?」

「もうやってるはずよ、いいつけをちゃんと守ってるなら、ね」


 ゆきめの言っていることの意味はすぐわかることとなる。

 休み時間にゆきめは遠坂さんのところへいくと、執拗に「今日のスカートいつもより長くない?」と聞いていた。


 遠坂さんはもちろん否定しながらも、しきりに下半身を気にしていたので、俺はゆきめが彼女にさせたことの予想がついた。


 席に戻ってきたゆきめにそのことを確認しようとすると、「アリアちゃんのスカートの中、気になるんだ」と言われて睨まれたので追求を断念した。


 しかしまぁ、そう言うことなのだろう。

 つまりは遠坂さんのやつ、今はパンツを履いていない。


 そんなエグいことをさせていじめ問題にでも発展したらどうするつもりだと心配になったが、そんな俺をよそに「今日はアリアちゃんのおうちにお邪魔しないとだね」なんていうから俺は血の気が引いた。


 しかし考え方によっては、先にやられたのは琴美の方でありそういう意味ではゆきめにも仕返しをする権利があるのかもしれない。


 そしてゆきめなりに納得する反省を遠坂さんが見せた時、二人の間に友情が……


 ……アホらし、芽生えるわけがない。


 あの手この手でいい風に考えようと努力しても無理だ。

 あの二人の関係はとっくに枯れている。

 それどころか、ゆきめの毒が強すぎて近づくものは全て枯れていく。


 まぁそうだとすれば俺は既に毒の水の中でしか生きられない体になっているのだろうか……

 なんかゆきめのことをうまく皮肉ろうとして自分のことを貶めただけのような気がする。


 放課後まで終始控えめだった遠坂さんだが、どんな気持ちでそこに座っているのだろうなんて考えるだけで、更にやるせない気持ちになった。


「蒼君、アリアちゃんは先に帰って準備するらしいから私たちもお土産買いに行こっか」

「そうだな、手ぶらというわけにはいかないし」

「おまんじゅうにする?アリアちゃんっていつも外国のお菓子食べてるイメージだからたまにはいいかなって」

「なるほどな、じゃあ任せるよ」


 ゆきめは不思議なほどに常識がある。

 いや、常識というより教養というのか、育ちの良さというものを時々感じさせる。

 まぁそれ以上に非常識な行動が多すぎるせいでここまで彼女を拒絶し続けてきたわけだが……


 そんな彼女はさっさとまんじゅうを買っていた。

 

 そして俺たちは遠坂家に向かうことにした。


「そういえば家の場所って知ってるのか?」

「もちろん、聞いたからバッチリだよ。結構近いんだって」


 そう言って歩くこと十分くらいで、大きな家が見えてきた。


「あ、あの家だって!」

「あれが……」


 俺の住んでいるところと逆の方角ではあるが、たまにジョギングなんかで通った時に誰がこんなところに住むんだと思ったことで印象に残っていた豪邸が遠坂さんの家だという。


 どでかい門を勝手に開けてさっさと玄関へ向かっていくゆきめについていくと、玄関口で遠坂さんが出迎えてくれた。


「あ、アリアちゃん!今日はお邪魔します」

「ど、どうぞ二人、とも……き、今日はよ、よく来てくれたね、う、嬉しい、わ……」

「うん、じゃあ蒼くんあがらせてもらお」


 遠坂さんの顔は引き攣って声は震えていた。

 相当嫌なんだろうということがわかっただけで俺は逆に安心した。


 やっぱり何かの間違いでもなんでもなく、ただゆきめが脅しているだけなら話は早い。


 折を見てさっさと退散するだけだ。


「わー、すごい天井たかーい!」

 

 ゆきめがはしゃぐ通り相当に広い豪邸の天井にはシャンデリア、床は絨毯とまさに金持ちの家だ。


 メイドや執事さんが出てきそうな雰囲気の室内を抜けて奥にある遠坂さんの部屋に案内された。

 部屋は少し広めだが、特に変わったものもなくシンプルなところだった。

 そしてふかふかのソファに俺たちは座らされた。


「ど、どうぞゆっくりしていって」

「お気遣いなく、アリアちゃん。これ、お土産どうぞ」

「あ、ありがとう。わざわざいいのに」

「おまんじゅうだから。洒落が聞いてるでしょ」

「……あ、ありがとうございます」


 なんか二人の間で会話が成り立っているが、俺にはよくわからない。

 その後もゆきめが好き放題話して遠坂さんがたどたどしく答えるという展開が続く。


 俺はゲームどころか携帯すら触らず、出された高そうな紅茶を飲みながら乾く喉を潤していた。


 しばらくしてゆきめが紅茶のおかわりを要求した。

 そして遠坂さんが部屋から出て行った時、ゆきめが部屋の本棚やテレビのあたりを調べていた。


「何してるんだ?人の部屋だぞ」

「なんか珍しいものないかなーって。でもなんもないしつまんないね。帰る?」

「え、いいのか?ていうか何しに……」

「だから仲直りだって言ったでしょ?私をなんだと思ってるのよ!」


 私をなんだと思ってる、か……

 最初はメンヘラ、知れば知るほどストーカー、しかしもっと知っていくと……こいつのことをなんだと思ってるんだ俺は?


「お待たせ二人とも紅茶を」

「アリアちゃん、私たちそろそろ帰るわ!」

「え、やっと……じゃなくてもう?」

「うん、長居しても悪いし。それにこれでアリアちゃんと仲直りしたいから」

「神坂さん……」


 満点の笑みで話すゆきめに遠坂さんもすっかり警戒心を解いたようだ。


 そして最後は逆に名残惜しそうに俺たちを見送ってくれる遠坂さんだったが、そんな彼女と少し話がしたいと言うので俺は帰る前にトイレを借りることにした。




「神坂さん、あの……今日は」

「調子乗らないでね、ブス」

「え……?」

「私にたてついた罰は、一生かけて償ってね。ちなみにこんな写真、見る?」

「写真?」


 遠坂はゆきめの携帯におさめられた自分の恥ずかしい写真たちを次々と見せられた。


「な、なにこれ……」

「見ての通り。まだあるけど見る?」

「な、何を……何をしたら許してくれるの!?」

「許さない。何しても許さないけど、何かしないともっと許さない。だから明日はもっと短いスカートで学校に来てね、ノーパン淫乱お嬢様」

「そ、そん、な……」


 その場で目眩を起こした遠坂は何も言わずに部屋に引っ込んだ。



「あれ、遠坂さんは?」

「もう休むんだって。来客とか慣れないから疲れたみたい」

「そ、そうか……」


 何かよくわからない遠坂家への訪問は無事?終了した。


 その日ゆきめは珍しく自分の部屋に帰って行った。

 俺は静かな部屋でゆきめのことを考えていた。


 あいつのめちゃくちゃなところはもう承知だ。

 しかし一緒にいてわかったことは、あいつは俺一筋だ。


 それに女子としてはルックスも器量も申し分ない。

 だから彼女としてもなんら不満は……


 なんて御託をいくら並べても一緒だ。

 

 ……俺はゆきめが好きなんだな。


 随分と遠回りした、というよりは遠回りさせられた気がする。


 もっと出会い方が普通なら俺はすぐに惚れていただろう。


 だが最終的にあいつと知り合った以上、こうなることは決まっていたのかもしれない。


 俺はゆきめに惚れている。

 ストーカーから始まった関係で、もう諦めにも似た感情で一緒にいるだけだったが、今は一緒にいたい。


 別に今こんな気持ちになったことにきっかけはない。

 なんとなく一人になった今、頭の中にゆきめのことしかない自分に気づいただけだ。


 今日はゆきめのやつ、戻ってこないのかな?

 俺からゆきめの部屋に行ってみようか?


 いや、そんなことをするのは癪だ。

 というよりただ恥ずかしい。


 だから俺はじっと待つことにした。

 

 どうせこんな悩んでいる俺のことも監視カメラなんかで見てたりしてな。

 でも、今はもう隠すものもない。

 だから早く戻ってこいよ……



 

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