第40話 まだわからない

 帰り道、遠坂さんとのことが気になってつい聞いてしまった。


「なぁ、遠坂さんにあんなことして大丈夫なのか?」

「いいのいいの、誰かに言ったりしたらどうなるかってあの子自身が一番よくわかってるから」

「……一応心配してるんだからちゃんとしろよ」

「え?」


 俺は初めてゆきめに優しい言葉をかけてしまった。

 これは機嫌を取るためでもなく怯えて出た言葉でもない。

 紛れもない本音、俺の言葉だ。


「なんでもない……帰ろう」

「うん!」


 ゆきめのことを心配していたのは本当だ。

 だからこそ、屋上のあんな光景を見せられるとがっかりする。


 あの場面での遠坂さんとゆきめの立場が逆であったなら、俺は遠坂さんをぶっ飛ばしてでもゆきめを助けていた、と思う。


 しかしこいつは強い。強すぎるということを忘れていた。


 そんなくせにちょっと乙女っぽく見せてくるからたまに勘違いしてしまうのだ。


「でもね、私も今日傷ついたから癒してくれる?」

「癒すって……元気そうだけど?」

「わ、私だって女の子なんだから機嫌の一つくらいとってくれないと怒るんだからね!」

「はいはい、じゃあ飯行く?」

「うん、お好み焼きの店、もっかい行きたい」


 なんだろう、俺はゆきめといるのが嫌じゃない。

 むしろ楽しいなんて、ふと思ってしまっている。


 それに今日だってゆきめがあんな目にあって、不安になった。

 チャンスだとかざまぁみろとか、そんなことは一切思わなかった。


 抱いたから、なんて単純な話ではない。俺はゆきめのことが……どうやら気になっているようだ。


 モヤモヤするこの気持ちは一体なんなのか。

 単純に好きだ、なんて言うにはあまりに俺とんきめの関係は歪すぎた。


 だからよくわからない。


「蒼君、今日は私泊っていっていい?」

「別に今更聞かなくてもいつもしてるじゃんか」

「いつもちゃんと聞いてるもん!押しかけ女房みたいに言わないでよ」


 押しかけ女房とはうまくいったものだと一瞬思ったが、やはり違うなとすぐに頭の中で訂正した。


 こいつの場合は押し倒し女房だ。

 

「さー、今日はお腹空いたからいっぱい食べよ!」

「俺も走り回ったからお腹空いたよ」

「練習きつかったの?」

「い、いや」


 さすがに言えないよなぁ、ゆきめを探して学校中走り回ってたなんて……


 そんなこと言って調子に乗られても面倒だし、それに結局徒労に終わったわけだから俺のあの必死さも無駄、というわけだ。


 食事の間もゆきめはご機嫌、家に帰ってもルンルンしている。


「蒼君、新しいゲーム買いに行かない?」

「今から?別にいいけど」

「今日はいっぱい話したいなって」

「わ、わかった」


 やっぱり今日のことで鬱憤が溜まっているのだろうか?

 ゆきめとゲームを買いに行って、選んだのはパーティゲームだった。


 二人でも楽しいには楽しいのだが、基本的に友人を招いたりしない俺たちに必要かと言われれば疑問だった。


「本当にこれでいいのか?二人用の対戦ゲームとかでも」

「これの方がゆっくりできるからいいの。それに友達とかきたら使えるし」

「ま、まぁな」


 ゆきめの言葉から友達というワードが出たのは少し意外だった。


 人気者だから一方的に向こうから寄ってくる人間は無数にいても、こいつ自身が友達と呼んでいる人間なんて見たことがない。


 いや、遠坂さん達のことも友達と呼んではいたが、あれはノーカウントだ。


「なあ、お前って親友とかいるのか?いつも俺といるけどたまには友達とでも」

「そんなの蒼君だってそーでしょ?それに、喋るだけの友達なんていらないから」

「まぁそうだけど……」


 初めてこいつと意見が合った気がした。

 俺も友人は作らないし、あんまり必要と思わない人間なのだ。


 部活の仲間やクラスメイトはあくまでその時同じ時を過ごす知り合い、くらいに思っている。

 

 俺が野球やサッカーでもやってたらまた考え方も違ったかな、なんて思うが今の俺が俺である。


 でもそんな一人を好む俺にズカズカと踏み込んできたゆきめは、今はいて当たり前どころかいないと不安になる存在になった。


 ……結局俺も寂しかったのかな。


 そんなことを考えているとさっさとゆきめがレジにゲームを持っていってしまった。


 「私が選んだから」なんて理由でゆきめがさっさと会計を済ましてしまい、代わりにゲームの時に食べるお菓子なんかを俺が買う事にした。


 家について早速二人でゲームをしていると、ゆきめが誰かに連絡をしていた。


「どうしたんだ?」

「んーん、これ面白いからみんなでやらないかって誘ってるの」

「ああ、ミクにでも連絡してるのか?」

「ミクちゃんはゲームしないもん。だから、アリアちゃんに声かけたよ」

「ああ、遠坂……なんだって!?」


 全くもって意味のわからないことをゆきめが言い出した。


 遠坂さんを誘ってゲームだと?

 今日あんなことがあったというのにどういう風の吹き回しだ?


 い、いや仮にゆきめが誘ったとしても彼女が誘いを受けるわけが……


「うん、明日オッケーだって」

「え、来るの!?」

「ほら、メール」


 ゆきめが見せてくれた遠坂さんからの返事には「謹んでお受けさせていただきます。お誘いいただきありがとうございます」と書かれている。


 なんだこの返信は?

 同級生からというより、ブラック企業の社員から社長に送ったようなそんな感情のこもっていないメールにしか見えないんだけど。


「お前、どうやって誘ったんだ?」

「失礼ね、まるで私が脅したみたいな言い方しないでよ?ただ誘っただけだし」

「じゃあメール見せてみろよ」

「は?疑うんだ。へぇ、じゃあ蒼君もこれから一生携帯をずっと私に預けてくれる?」

「な、なんだそれ極端だろ……」

「じゃあ見せない」

「……」


 なんか初めて普通な言い合いをしたような気がする。

 

 それについてはなぜか嬉しいなんて感情がどこかにあったと後で気づくのだが、そんなことより今は遠坂さんのことだ。


 何のために彼女を呼んだのか、それだけでも知っておかないと。


「遠坂さんを誘ってどうする気なんだ?」

「別に、私たちもクラスメイトだし仲直りのつもりだよ」

「仲直り……」

「ダメなの?」

「いや……」


 仲直りとは、そもそも仲の良かった人間同士が使う言葉なのでその言い方にかなりの違和感を覚えた。


 それでもゆきめが誰かと仲良くしようとしているのを邪魔することは俺にはできない。


 いっそ俺も協力して遠坂さんとゆきめが仲良くなれる方法を探るべき、なのか……


「わかった、じゃあ明日は遠坂さんが来るんだな」

「え、違うよ?アリアちゃんの家に遊びに行くんだよ?」

「はぁ!?」


 やっと心を納得させたというのに次の難題があっさりわいてくる。


 遠坂さんの家に行く?

 なんのために?いや、仲直りのためだとしてもなぜそんなことを思いつく?ていうかよく実行できるな……


「アリアちゃんのおうちって大きいのかなー。私も行ったことないから楽しみなんだ」

「……ちょっとトイレ」


 急に腹の調子が悪くなってトイレに座り込んだ。

 そして頭を抱えて俺はしばらく考えこんでしまった。


 ゆきめのことをだいぶ理解してきたように思っていたが、それでもやはりあいつが何を考えているのかわからない。考えるだけ沼にはまる。


 ……それは結構な時間だったようだ。

 痺れを切らしたゆきめがトイレの鍵を開けて侵入してきたことで、俺はトイレから引きずり出された。


 そのあとはゲーム、キス、ゲーム、お菓子、ゲーム、そして最後にもちろん……と言った具合で今日という一日を終えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る