第38話 真実

「蒼君、触って?」

「……うん」


 二人で布団にくるまって、今まさに俺はゆきめを抱こうとしている。

 下着姿になったゆきめは、俺に胸を触ってくれと言ってくる。


 正直俺のアソコが反応しなければいいのにと願ったが体は正直だ。

 薄暗くした部屋の灯りも手伝って、ゆきめがとても艶めかしく見える。


 それに容姿端麗スタイル抜群のゆきめの裸を見て反応しない健康男子はいない。

 むしろ多くの男子たちが望む状況に今俺はいるのだ。


「蒼君、キスしたいな」

「あ、ああ……」


 もうキスをした後はゆきめの意思なんてものは関係なかった。

 別にやけくそになったわけでも人生の匙を投げたわけでもないが、俺はただ必死にゆきめを抱いていた。


 何とも言えない優越感と背徳感、それに伝わってくる快感に飲まれながら俺はこの日童貞ではなくなった。

 あまりの衝撃に、事が済んだ後の俺は放心状態だった。

 しかし隣にいるゆきめは、実に幸せそうな表情を浮かべて俺を見ていた。


「えへへ、しちゃったね」

「う、うん……」

「ねぇねぇ……よかった?」

「う、うん……」

「好き、好き好き大好き蒼君……」


 俺の腕の中に納まるゆきめは裸のまま俺にくっついて眠っていた。

 なんかすごいことしちゃったなぁと思いながらその頭を自然と撫でた。


 そして俺はすっきりした頭で今の状況を冷静に分析した。


 ……はっきり言ってやばい。

 いや、やばいよねこれ。もう抱いちゃったら言い訳とかできないだろ……

 何やってんだよ俺は、なんて自分を責めて見たりもしたがよく考えなくてもゆきめの誘惑は続いたわけで一生しないままなんて事の方が非現実的だ。


 となればこうなったことも必然、ていうかめっちゃ気持ちよかったしゆきめは可愛かったし……いいんだよ、これでいいんだ。

 それにもしかしたら体の関係が出来たことでゆきめも俺に対する嫉妬心なんかも薄れてくるかもしれない。

 そうだ、俺たちはあんなに激しく愛し合ったんだからあれでゆきめに愛情が伝わらないわけが……


 もう寝よう。

 あくびが出た時にそう思った。もう体がだるい……




「おはよう」

「お、おはよう」

「早く起きないと遅刻するわよ。なんで私が言わないと起きないの蒼君は」

「ご、ごめん……」


 朝はんきめが起こしてくれた。

 しかし普通の起床時間で、ゆきめは制服の上にエプロンを着けて朝食を作っていた。

 しかも若干ツンツンしている。機嫌がいいようだ。


「さっ、食べて食べて。片付かないよ」

「あ、ああ……」


 何事もなかったかのようなんきめを見ると、昨日の出来事は夢だったんじゃないかと思ったりもした。

 しかし、ゴミ箱に捨てられたティッシュを見て、そしてなにより自分の体の感じたことのない脱力感によってあれは現実だったのだと実感する。


「ゆきめ、あのさ」

「んー、どうしたの?」

「い、いや昨日は……」

「うん、楽しかったね」


 ニッコリ笑ってゆきめは一言だけそう言った。

 なんか今日はえらくさばさばしている。目的を達成したからもう執着がなくなったのだろうか?


 さっさと朝食を終えて二人で学校に行くと、今日はミナミ先輩と正門下でばったり会った。


「あ、二人ともおはよー」

「おはようございます先輩」

「ミナミ先輩、今日もきれいですね」


 ゆきめがミナミ先輩を褒めた?

 そんなことは今まで一度もなかったはずだ。


 どういう風の吹き回しだ?相当に機嫌がいいのか?


 ミナミ先輩も少し不思議そうな、というか不気味だなーと言いたげな顔をしている。

 そりゃそうだ、怖いよこれは。

 あんなに俺の周りの女子を目の敵にしていたゆきめが相手を褒めるなんて。


「じゃあまた後でよろしくお願いします先輩」


 礼儀正しく丁寧にそして控えめに対応するゆきめに俺は戸惑った。

 

「どうしたの蒼君?私の顔に何かついてる?」

「い、いや今日は機嫌がいいなって」

「ふふっ、だって……わかるでしょ?」

「ま、まぁ……」


 つまりは俺とすることをしたから機嫌がいいというわけか。

 だとすれば昨日の事も悲観的になるばかりでもない。


 教室でも愛想よく振る舞うゆきめは珍しく他の男子からの挨拶にも機嫌よく返していた。


 そんなゆきめの様子を、何かあったのかといわんばかりに遠坂さんが見ていた。

 しかしそんな彼女に対してもゆきめは上機嫌に話しかける。


「アリアちゃん、おはよう」

「な、なによ気持ち悪いわね。」

「ひどーい、アリアちゃんってお口悪いよね」

「な、なんなのよニコニコして。いいことでもあったのかしら」

「うん、昨日ね」


 ゆきめが遠坂さんの耳元でひそひそと話をしている。

 そしてみるみるうちに遠坂さんの顔が赤くなっていく。


「ってことなの。ふふっ、いいでしょー」

「ふ、不潔!」


 もうすぐ授業だというのに遠坂さんが目に涙を浮かべながら教室を出て行ってしまった。


「ゆきめ、何話してたんだよ……」

「あの子はもうダメね。さて、あとは……」


 ゆきめが何か言おうとした時に先生が来たので全員席に着いた。

 

 あとは、の後ろに続くのはおそらくだが九条さんだ。

 多分遠坂さんには昨日の夜の話でもしたのだろう。

 そして九条さんにも同じことをするに違いない。


 授業中もペンを回しながら上機嫌っぽいゆきめは放課後になるまでずっと続いていた。


 部活が始まると、ゆきめは小林先生といつものように練習の手伝いをしていた。

 相変わらず九条さんは口をきいてくれない。

 

 しかし不機嫌そうな九条さんの元に予想通りゆきめが近寄ってくる。


「九条さん、お疲れ様。ドリンクどう?」

「あ、ありがとう……」

「おいしい?」

「う、うんまぁ」

「よかった」


 少し離れているところにいるので俺は会話の内容までは聞こえない。

 しかし遠坂さんの時とは違って仲良く話しているように見えるけど……


「でね、私も昨日飲んじゃったんだ」

「飲んだ?」

「えっとね……」


 九条さんに耳打ちしている。

 そしてすぐに九条さんがむせかえっている。


「げほっ、な、なんでそんな話……」

「これでもまだ蒼君のこと、好き?」

「……べ、別にもういいわ」

「そっかー、なら今日からは私たち、お友達になれそうね」

「……」


 最後はゆきめがニッコリ笑っているのが見えた。

 そしてすぐに俺のところに来たゆきめが言う。


「蒼君、明日から九条さんと仲良くしてもいいよ」


 そう話すゆきめの顔に嘘はなかったと思う。

 それくらい純粋な笑顔だった。


 無事無害認定を受けた九条さんではあるが、俺のことを汚らわしいものを見るような目で睨むので、今日は何も話はできなかった。


 多少の嫌がらせを働くゆきめだったが、それでも一日中機嫌がよくて実に平和な学校生活だった。


 そして帰り道に手を繋ぐ時には「今日は疲れたから手を引きなさいよ!」なんてツンデレも忘れない。

 昨夜の事後の時にはどうしようかという絶望が俺を襲っていたがもしかしてこのまま平穏なラブラブ生活なんてものに突入するのではなんて期待が、俺の中でおおきくなっていくのがわかる。

 もうこの際だからゆきめのことを全面的に受け入れてしまったらいいんだと割り切った。


 そして今日の夜も同じくゆきめは俺を求めてきた。

 昨日と同じくゆきめを抱いた。

 もう癖になりそうなくらい気持ちがよくて心地が良い。


 すっかりゆきめに篭絡されてしまっている俺は、彼女と一緒に眠る時も何の不安もなかった。


 そして翌日、教室の前に行くと何やら中が騒がしい。


 どうしたんだと中に入ると、黒板に大きく文字が書かれていて、そこに人だかりができていた。


「神坂ゆきめは重度のストーカーである。高山蒼との交際も全部嘘」


 そう書かれていたのを見て、俺は足が固まった。

 隣にいるゆきめの事をみんながジッと見てくるのがわかる。


「これって」

「世の中暇な人がいるんだね。さっ、席に着きましょ」

「え、ほっといていいのか?」

「うん、犯人にはすぐ、痛い目にあってもらうから」


 ゆきめはそう言って席に着いた。

 ざわざわする教室も、やがて先生が来たことで収束する。

 誰かが慌てて黒板に書かれた文字を消して、何事もなかったかのように授業が始まった。

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