第37話 みっけ

「さ、ゲームの続きやろっか」

「……これはただの遊び、か?」

「うーん、それならもっかい罰ゲーム賭ける?」

「……」


 俺は悩んだ。

 せっかくゆきめの罰を逃れた直後にまた同じ過ちを繰り返すのは愚行だとわかっているが、それでも負けたままというのも納得がいかない上に、俺だってゆきめに罰ゲームを要求してみたいという気持ちが大きくなっていたからだ。


 人間の好奇心とは恐ろしいもので、危ない怖いとわかっていてもやらないと気が済まないものなのだ。


「やろう、罰ゲームをかけて」

「おっけーいいよー」


 俺はさっきボコボコにされた野球ゲームで再戦を申し込んだ。

 別に罰ゲームが物足りなくてもっとひどい仕打ちを期待しているとか、そんなドエムな発想でこうなったわけではない。


 俺は純粋にゆきめに勝ちたい一心でチャレンジした。


 そして、勝った。


「あ、あれ……」

「わー、蒼君強いよ。コールド負けだし」


 圧勝だった。しかしなんだこの感覚は……全く勝った気がしない。

 ゆきめの奴、最後の方なんてボール打つ気もなかったじゃないか。


「じゃあ蒼君、罰ゲーム出していいよ」

「あ、ああ……」


 何を考えている?

 進んで自ら罰ゲームを受けようなんて、一体どういうつもりだ。


 しかし、ゆきめに何でも要求できる権利を獲得したというのに、なんだこの違和感は……


「なんでもいーよー?」

「わ、わかってるけど」


 正直罰ゲームなんてものを出すのはハードルが高い。

 無茶苦茶なことを言ってやろうかと思っていたのに、ゆきめが俺に優しい罰を出したことで俺も過剰な要求をしづらくなってしまった。


 ここで俺だけ無茶なことを言うのは大人げない、だろうな……


「じゃあ、コンビニでお菓子でも……」

「え、そんなのでいいの?」

「い、いやだってさ」

「もっとなんでも言っていいのに」


 ゆきめが迫ってくる。

 もっと過激な罰をくれと言わんばかりに俺に寄ってくる。


 しかしそれは罰ではなくてご褒美になってしまうではないか。

 俺は必死に落としどころを考えたが、良案が浮かばない。


「どこか触らせろとか、逆に触れとかでもいいよ?」


 ゆきめの質問はもはや要求だ。

 そうしろと言わんばかりに俺を見る。

 これを無視してまたつまらないことを言ったら今度こそキレられそうだ。


「……じゃあおへそ、触らせろ」


 妥協したのがそこだった。

 腕や足という選択もあったが、私服から時々見えるゆきめのおへそがつい気になってしまい、とっさにそういった。


 するとゆきめは少し服をあげて、へそを見せてきた。


「はい、どうぞ」


 その姿は異常にエロい。そして腹部に手をやる俺の状況もまたエロい。

 それでも俺が課した罰なのだから俺が執行する以外に術はなく、ゆきめのおへそをチョンと触る。


「あんっ」

「お、おい変な声だすなよ」

「なんかくすぐったいもん」

「お、終わりだ終わり!」


 こんなことを続けているとおかしくなりそうだったので、俺は一度トイレに行った。

 そして便座に座り込んで少し心を落ち着かせていると、ガチャッとトイレのドアが開いた。


「お、おい入ってるって!」

「知ってる。見に来た」

「閉めろって!」


 ゆきめが覗いてきたので俺は慌ててドアを閉めた。 

 しかしこういう時のゆきめの力はすさまじい。

 力が拮抗しドアが動かない。

 そしてそのわずかな隙間からゆきめが話しかけてくる。


「おへそ、触った感想聞いてない」

「か、感想?ま、まぁ気持ちよかったけど」

「それだけ?」

「それだけって……」


 他に何を言えばいいんだと思いながらも、必死にドアを引っ張りながらパンツをはこうともがいた。

 このままだと俺は下半身をゆきめにさらしてしまう。

 そんな醜態は嫌だ、なんてことを考えながら抵抗を続けていると、ゆきめがまた俺に何か言ってくる。


「なんで何してもいいって言ってるのに手を出してこないの?」

「そ、それは……」


 ゆきめが痺れを切らしたようだ。 

 まぁいつまでもこの関係をダラダラというわけにはいかないとわかっていた。

 それでももうしばらくは大丈夫、なんて考えていたのが甘かった。


「ねぇ、ねぇなんで?なんでなの?」

「わ、わかったからパンツをはかせてくれ」

「これから脱ぐんだから手間が省けていいじゃん。ねぇなんで?」


 俺はゆきめとの綱引きに負けて、トイレのドアが思いきり開いた。

 そして何も履いていない俺の下半身はゆきめの眼前にさらされた。


「えへへ、蒼君のってやっぱりおっきいね」

「や、やっぱりって……あっ」


 俺はとっさに前を隠したが、ゆきめの目はもうイっている。

 ゆきめは頬を赤くして、口角が上がっている。息も荒い。そして目線はずっと俺の下半身に向けられる。


「ねぇ、私蒼くんとエッチしたい」

「なっ……そ、それは」

「エッチしたい。してくれないとここで一緒に死ぬ」


 ゆきめはそう言って台所にあったはずの果物ナイフを俺に向けてきた。


「や、やめろって!」

「私、本気だもん。今日蒼君がご飯奢ってくれて嬉しかった。私って彼女として認められたんだなって思うと幸せだった。だからもう絶対に蒼君を手放したくないの。抱かれたいの。キスされたいの。舐めてほしいの。触ってほしいの。私を見てほしいの。もうこの気持ちが抑えられないの。ねぇ、エッチしよ」


 ゆきめはじりじりと俺に迫ってくる。

 俺はフルチン状態というなんとも情けない恰好で尻もちをついたまま、狭いトイレの奥に追い込まれる。


「蒼君、私のこと好きだよね?私って彼女だよね?」

「も、もち、ろん……」

「嘘じゃないよね?」

「う、嘘じゃない嘘じゃない!」

「じゃあ証明してよ」


 そう言ってゆきめは服を脱ぎ始めた。

 俺はこのままだとまずいと思い、パンツをはいてゆきめを止めようとした。

 しかしゆきめは止まらない。


「何で止めるの?普通好きなら裸見たいよね?見たら嬉しいよね?赤面して歓喜するよね?私は蒼君の裸見て興奮するよ?すごくエッチな気分になるよ?ムラムラするよ?だって大好きなんだもん。蒼君は違うの?違うから嫌がるの?だったらこんな世界で生きてても仕方ないから死ぬ。みんな殺して死ぬ。もうそれでいいかな?」

「わ、わかったわかった!」

「何が?何がわかったの?」

「え、えと……え、え、エッチ、しよう」


 言ってしまった。

 こんな状況でも、絶対に言ってはいけない一言を言ってしまったという自覚くらいはあった。

 しかしこうするしかなかった。

 

「ほんと?エッチしてくれる?」

「あ、ああ……」

「じゃあ、お風呂入ってくるから待っててくれる?」

「あ、ああ……」


 もう抗えない。俺はそう悟った。


 ゆきめは台所に果物ナイフを戻すと、乱れた服を整えてから一度部屋に戻ると言った。


「綺麗にしてくるから、待っててね」


 そう言って出て行ったゆきめを見送った後、俺はその場に崩れ落ちた。

 なんであんなことを言ってしまったんだ。

 なんで目先の恐怖に屈してしまったんだ。

 なんでこんなことになったんだ。


 何が間違いだったのかを必死で考えたが、そもそもが間違いだらけの関係なので真っ当な理由なんて思い浮かばなかった。


 罰ゲームとはいえ飯を奢ったのがあいつに火をつけた原因か?

 それとも、さっき俺が出した罰ゲームが中途半端すぎたのか?

 強引に胸を触らせろくらい言っておけば、それで済んだのか?


 後悔先に立たず。もう時は戻らない。

 俺はどうしたらいいかわからないまま、一度部屋に戻った。


 そしてベッドに座り、再び考えた。

 ここで俺が取れる行動は二つ。


 逃げるか受け入れるか、だけだ。


 そして俺は逃げることを選択した。

 もうどうなってもいいからとりあえず逃げよう。それが俺の出した答えだった。


 一目散に玄関を開けた。


 が、そこにはゆきめが立っていた。


「蒼君、みーっけ」


 ゆきめはそう言って俺の部屋に入ってきた。

 俺は心の中で「終わった」と呟いた。


 そして部屋に連れ戻された俺は、ゆきめと一緒にベッドに入った。

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