第36話 罰ゲーム
「アパレルショップで夏服買わないとだね。もう暑いし」
「それはまた今度でもいいんじゃないか?荷物多いし」
「デート、楽しくないの?」
「い、いえお供させていただきます……」
危ない危ない……ゆきめの目が一瞬人殺しみたいになっていた。
あまり調子に乗らないと決めていても、つい自分の意見を出してしまう。
それくらい普通モードのゆきめは、普通の女の子なのだ。
「ふん、楽しくないって言っても返してあげないけどね!私の買い物に付き合えるんだから光栄に思うことよ」
うん、ご機嫌だ。
ツンデレするゆきめは実に嬉しそうだ。ていうかやっぱりツンデレは出来ていないけど。
「この先のお店、結構蒼君に似合いそうな服が置いてるんだよ」
「よく知ってるなぁ。俺は店に詳しくないからさ」
「だって……あ、これは内緒か」
「え、なに?なにが内緒なの?」
「内緒は内緒、教えてあげなーい」
ゆきめはそう言って先に行ってしまった。
普通ならこういう時、「内緒って、俺に黙って前から服を探してくれてたのかな」ていう感じで、彼女の見えない努力や献身を想像して喜ぶものなのだろう。
しかしゆきめに内緒なんて言われると、正直怖い。
ただただ怖い。恐怖しかない。
「なぁゆきめ」
「これ、買っちゃおっか」
俺が何か言う間もなく、試着すらすることもなくゆきめは俺の服を次々と買い物かごに入れていく。
「お、おいおいサイズ大丈夫なのか?」
「うん、蒼君の首回りと肩幅と上下のサイズは全部知ってるから大丈夫だよ」
「い、いや体型だって変わるんだし」
「それも考慮してるよ。常に情報は最新だから」
常に情報は最新……毎日俺をくまなく監視しているゆきめならではの説得力があった。
そして買った服を持って更にうろうろしていると、間の悪いことに遠坂さんが一人で歩いていた。
「あ、アリアちゃんだね」
「関わるな、無視しよう」
「えー、お友達なのに冷たくない?」
「……」
何がしたいんだこいつは……
関わらないに越したことはないじゃないか。なんで自分から波風立てようとするんだ?
「アリアちゃーん、おーい」
ゆきめは元気よく遠坂さんを呼んだ。
すると向こうも気づいたのかこっちにやってきた。
「ちょっと、何のつもり?」
「怖いなぁアリアちゃん、私は呼んだだけなのに」
「私に用事なんてないでしょ、馴れ馴れしく名前呼ばないでくれる?」
「冷たいなー、そんなんじゃ嫌われるよ?」
「な、なんで私が高山君に好かれようとしないといけないのよ!」
「え、誰も蒼君なんて言ってないよ?」
「うっ……」
二人が火花を散らしている。
俺は一人蚊帳の外で二人の口喧嘩を聞いていた。
「アリアちゃん、一人なの?」
「悪い?私は一人が好きなの、誰かさんみたいに四六時中イチャイチャしてるのなんて信じられないわね」
「そうだよね、アリアちゃんって一人で好きな人の写真見ながらニヤニヤするのが趣味だもんね」
「な、なんでそれを……じゃなくてそんなわけないでしょ!」
「じゃあ携帯に入ってる写真、消しておいてね」
「……」
どうやら遠坂さんが劣勢のようだ。
しかしゆきめの奴、まさかとは思うが遠坂さんまで盗撮して……るのは考えすぎか?
「アリアちゃん、強がるのはやめて素直になったら?じゃないと……部屋にある恥ずかしい抱き枕のこと本人にバラしちゃうよ?」
「な!?そ、それをなんであんたが」
「え、本当にあるの?あてずっぽうで言ってみるもんだなぁ」
「ぐっ……」
遠坂さんは完全に沈黙した。
そして悔しそうに唇をかみながら、俺の前を通る時にチラッとこっちを見た。
そして目に涙を浮かべながら走ってどこかへ行ってしまった。
「ふぅ、すっきりした」
「なあ、わざわざ喧嘩しに行く必要はないんじゃないか?」
「もう少し仕事してもらわないとね、アリアちゃんには」
「仕事?」
「ううん、こっちの話」
今日のゆきめは意味深というか思わせぶりな発言が多い。
いつもならサラッとストーカーしてました暴露を聞いてもいないのにぺらぺら喋るくせに、今日は肝心なことになると口を閉ざす。
俺は不安な気持ちを拭えないままゆきめと買い物を終えて家に帰った。
「さっ、今日はゲームやりまくりね。お菓子も買ったし徹夜かなー」
「明日も部活だからほどほどで寝るぞ」
「はーい」
俺たちは早速今日買ったゲームをつけて、俺の部屋で対戦をすることにした。
「私から先攻でいい?」
「え、野球って後攻の方が有利だけどいいのか?」
「うん、いいよ」
負けたら罰ゲームがどうとか言ってた割に、あまり勝ち負けには執着しないタイプなのかな?
まぁどれだけよくできていてもゲームはゲームだし、目くじらを立ててまで勝負することではないか。
早速試合を始めると、俺の一方的な展開になった。
四回までで五対零、ゆきめは全く打てないせいか焦っていた。
「あーもう、全然当たんないよー」
「俺も得意じゃないけどお前苦手なんだな」
「これじゃあ私が罰ゲームになっちゃうよー」
俺はその言葉を聞き逃さなかった。
罰ゲームは有効、というわけだな。となれば今はまたとないチャンス。
罰ゲームを発動させてゆきめに何か言うことをきかせるなんてことが可能かもしれない。
「ちなみに罰ゲームってなんだ?」
「え、負けた方が勝った方のいうこと一つ聞くのが普通じゃないかな?」
「いいんだな?」
「いいよ、私蒼君に命令されたいし」
よし、言質をとった。あとはこのゲームをさっさと終わらせるだけだ。
俺は焦らない。より慎重に配球を考えてゆきめをきりきり舞いにしてやろうとボール球を駆使して攻めた。
しかし五回の表、急にゆきめが打ちだした。
「あ、初ヒットだ!よーし」
「あー、完全試合逃したよー」
そんな冗談が言えるのも今だけだった。
急に人が変わったようにボコスカ打ちだしたゆきめは、あっという間に十点を入れて俺は逆転されてしまった。
「え……」
「ふふ、罰ゲームが楽しみだなぁ」
「お、お前猫被ってたのか?」
「ちょっとコツ掴んだだけだよ?それより、蒼君の攻撃だよ」
「あ、ああ……」
さっきまでは単調だったゆきめの配球も一転した。
絶妙に裏をかかれて俺は全くバットに当たらなくなった。
そしてゆきめの勢いは止まらず。十七対五で俺はコールド負けを喫した。
「うそ、だろ……」
「わーい勝ったー!じゃあ早速罰ゲーム考えないとだね」
「も、もう一回」
「いいけど負けたら罰ゲーム二つになるよ?」
「うっ……」
俺は負けた。というよりまんまと嵌められた。
ゲームくらいはこいつに勝てるんじゃないか、なんて油断が間違いだったし、俺を油断させるためにわざとゆきめは手を抜いていたのだ。
「さてっと、何してもらおっかなー」
調子に乗って罰ゲームの話を掘り下げたのは俺だ。
もう勘弁してくれなんて言えない。言えるはずもない。
しかしなかなかゆきめが罰ゲームを言ってこない。
「な、なんだよ、さっさと言えよ」
「うーん、もうちょっと考える。それより、もっかいしようよ」
「なんだそれ……賭けは、なしでいいのか?」
「やりたいならいいけど?」
「……とりあえず練習だ」
その後は日が暮れるまでゆきめとゲームをした。
罰ゲームがないのをいいことにゆきめは手を抜いているのか、勝ったり負けたりを繰り返しながら二人で盛り上がっていた。
そしてお腹が空いたので一度ゲームをやめ、二人で外食に出かけた。
「今日はお好み焼きとか食べたいなー」
「ああ、近くにあるけど行ったことないし寄ってみるか」
二人で入ったのは、アパートの近くにある古いお好み焼き屋。
暖簾に『おこのみ』と書いた店はこれまた古い引き戸で、ガラガラと音を立てながらそれを開けて暖簾をくぐると早速いい匂いがしてきた。
「カウンターしかないんだ。どうする?」
「いいよ、そういうのって大人っぽくて憧れるし」
常連さんっぽい人が二人ほどいるだけで、店内にはお好み焼きの焼ける音だけが響いていた。
「いらっしゃい、こちらどうぞ」
元気のいい店主に言われるまま、手前のカウンターに座った。
そして注文をした後、俺たちのお好み焼きが焼けるのを待っていると、ゆきめが一人でニヤっとした。
「なんだ、そんなにお好み焼きが楽しみなのか?」
「罰ゲーム、いいこと思いついちゃった」
「あ……」
すっかり忘れていた。
俺は一気に食欲がなくなった。
隣で嬉しそうにしているゆきめは、さぞかしエグい罰ゲームを思いついているのだろう。
どうせなら早くそれを俺に言ってくれ。早く楽にしてくれ……
「へい、おまちどうさん」
「あ、お好み焼ききたよー」
「う、うん……」
全く食べる気力はなかったが、それでも腹は減る。
平穏に過ごせる最後の晩餐がこれかと思いながら、俺はお好み焼きを食べた。
おいしい、なのに吐きそうだ。
隣からの来るプレッシャーのせいか、俺は終始げんなりしていた。
「あーおいしかった。じゃあ罰ゲーム発動だね」
「え、ここで?」
突然の死刑宣告に俺の胃がキリキリと痛んだ。
なんだ一体?携帯を貸せ、とかそういうのならまだいい。しかし抱いてくれとかそういうお願いだったらどうする?
それは罰ゲームなのかと世の男子どもは騒ぐかもしれないが俺にとっては罰ゲームだ。
ゆきめと永遠の契りをかわすことになりかねない行為は、俺にとっては罰でしかない。
「じゃあ、ここおごって」
「…………へ?」
「お金持ってないの?じゃあ」
「い、いやあるよ!あるけど、それが罰ゲーム?」
「うん、ダメ?」
「つ、慎んでお受けいたします」
何が起こった?
俺はレジで二人分のお金を渡しながら首をひねった。
意味がわからない。何か企んでいるに違いない。
俺は帰り道もゆきめから目が離せない。
「おいしかったねー。また行こうよ」
「あ、ああ……」
特に追撃が来る様子もない。本当に罰ゲームはあれで終わったのか?
怯えているところでゆきめが口を開いて何か言いだした。俺は耳に全神経を集中して聞いた。
「今日、初めて蒼君にご馳走になっちゃった。嬉しいな」
「え?」
「なんか蒼君の彼女って感じがするから幸せなの」
「そ、それはよかった、よ……」
本当に満足そうだ。
ゆきめの考えはよくわからん。俺とは感覚が違いすぎる。
もしかして、普段俺にやらせていることは当然のことだとでも?だから罰ゲームにすら当てはまらないという事か……
謎は深まるばかり、というより俺が難しく考えすぎているだけな気もする中、幸せそうなゆきめと部屋に帰ってきた。
そしてまたしてもゆきめがゲームの電源を入れた。
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