第34話 サービス

「今日はお弁当作ったからここで食べよ」


 ゆきめは俺に弁当を一つ渡してくると、席をくっつけて隣で自分の弁当を用意していた。


 クラスメイトの男子たちからは殺意剥き出しの視線を送られているが、そんなことお構いなしと言わんばかりに俺に身を寄せてくる。


「みんな注目してるね」

「そ、そうだな……」

「さっさと学食いけよキモい」

「……」


 ゆきめもまた男子たちに嫌悪感丸出しの睨みをきかせていたが、逆にそんなことお構いなしと言わんばかりに男子たちは「目があった」なんて言って喜んでいた。


 そんなに羨ましいなら代われなんて最初は思っていたが、もうそんなことを思うのも飽きた。


 ゆきめはどんどん俺に近づいてきて、終いには俺の膝に乗ろうとしてくる。


「い、いや近すぎて弁当食べにくいから……」

「じゃあ、あーんしてあげる」

「それはまずいって……」

「なんで?アリアちゃんが見てるから?」

「は?そんなわけ……」


 俺は目線を黒板の方に向けると、教室の前の方からずっと遠坂さんが俺たちを見ていた。


 嫉妬というか嫌悪というか、色んな感情が混ざり合った複雑な表情でこっちを見ている。


 そんな彼女の姿を見て、他の男子たちはゆきめにほどではないがざわついていた。


 そして遠坂さんが俺の方にやってくる。

 ゆきめはというと、絶対気づいているはずなのに知らんふりだ。


「ねぇ、教室でイチャイチャされると食欲なくなるから他所でやってくれない?」


 俺を指差しながら遠坂さんが怒った様子で言ってくる。


「ご、ごめん……ほらゆきめ、やめろって」

「ヤダ、やめない」

「な、なんでだよ……」

「こんなツンデレモドキのヒステリックになんか付き合ってらんない」


 ゆきめと遠坂さんが睨み合っている。

 それは誰から見ても俺を巡って争っているようにしか見えない。まぁ実際そんなところだし……


 しかし九条さんならこんな状況に耐えきれず逃げて行ってしまうのだが、遠坂さんは一歩も退かない。


「やめろって言ってんのよ病気女」

「病気?それってアリアちゃんのこと?人の彼氏寝取る趣味なんて病気よねー」

「わ、私は注意してるだけよ!時と場所考えなさいよ!」

「昼休みに教室で彼氏と一緒にお弁当食べたらダメなの?先生に聞いてみたら?」


 煽り合戦が始まってしまった。

 クラスの、いや学年の、いやいや学校のツートップ美人が俺を巡って罵り合っている。


 こんな幸せな、というかラノベ主人公みたいな状況に俺はひどく怯えている。

 何一つ嬉しくない、というよりもう帰りたい……


 穴があったら入りたいという言葉はこういう時に使うのか。

 まぁ穴があったら生き埋めにされそうなんだけど……


「とにかく、他のみんなも迷惑してるから!ちゃんと伝えたわよ」

「私はあなたに迷惑してるんだけどね、アリアちゃん」


 最後はお互い「フンッ」と言って顔を逸らした。


 そのあとゆきめは機嫌が悪くなるかもと俺は怯えていたが、むしろ機嫌が良さそうに見えた。


「ふふっ、邪魔が入ったけどお弁当の続きにしましょ」

「そ、そうだな……でも遠坂さんの言う通りちょっと場所は選ぼうよ」

「そうだね、今度からアリアちゃんの目の前でイチャイチャしてあげようね」

「……」


 ここまで敵意丸出しなのは珍しい話ではないが、九条さんとかに対しては上からガンガン攻めていたのに対し、遠坂さんには意地を張っているように見える。


 つまり遠坂さんはゆきめとやり合えているという証拠ではないか?

 ムキになる辺り、ゆきめの方も決め手に欠くのだろう。

 

 もし万が一ゆきめが敗れたその時は……こいつから解放される可能性もある、のか?


 そんなもう諦めかけていた未来が朧げにだが姿を覗かせたことで、俺の気持ちはまた揺れた。

 遠坂さん頑張れなんて、こころのどこかで思っていた。


 しかしよくよく考えると、その場合ゆきめが遠坂さんになるだけの話なのであんまり変わらない気もする。

 結局袋の鼠なのかな俺は……


 その後は遠坂さんもずっと席から動くことはなく、放課後まで束の間の平和が訪れた。


 今日は記録会後というのもあり、みんな練習は軽めだった。

 ゆきめは小林先生と一緒に各部員の記録会のタイムの集計をしたりで忙しそうにしていた。


 俺は自己ベストが出たこともあって、ミナミ先輩たちから祝福を受けていた。


「すごいねー高山君、いきなりベストだし春先でこのタイムならインターハイも上位狙えるんじゃない?」

「いやぁ、たまたま風がよかったからですよ」


 俺のタイムは高校生ならかなりのものだ。

 それに一年生ともなれば相当で、誰かがいい記録を出すとやはり部内は盛り上がる。


 高校に入って初めて多くの部員に話しかけられて気分を良くしていると、用事の終わったゆきめがこっちにルンルンとしながら向かってくる。


「蒼君、今日はヒーローだね」

「ま、まぁ結構なタイムが出たからな」

「ミナミ先輩、蒼君をお祝いしてくれてありがとうございます」

「え、ええ一言だけ言いたくて」

「じゃあもういいですよね?」

「も、もちろんだよごめんね神坂さんお邪魔しちゃって……」


 ミナミ先輩は焦りながら去っていった。

 かなり怯えてるな……


 ゆきめが来たことで男子は少しざわざわしたが、ゆきめが睨みをきかせたことでみんな散っていった。

 今日は九条さんの姿はなかった。どうやら今日は部活を休んでいるらしい。


 しかし、こいつの独占欲の強さは部内にも浸透しつつあるな……


「さ、今日はどっちのおうちでご飯食べる?また私の部屋でも」

「き、今日は俺の部屋に行こう、うん、そうしよう」


 また昨日みたいなことがあったらたまらない。

 あいつの部屋にいると何されるかわからないからとりあえず俺の部屋に呼んでおいた方が安心、な気がする……


 今日は早めに部活を切り上げてゆきめと一緒に帰宅していると、また遠坂さんが現れた。


「ちょっと私に付き合いなさいよあんた!」


 真正面から俺を指差してくる遠坂さんは真っ赤な顔をしていた。

 対して隣のゆきめは冷めた目で遠坂さんを見ている。


「アリアちゃん、待ち伏せなんてストーカーだよ?いい加減にしてくれないと蒼君が怖がってる」

「神坂さん、あなたこそいつもしつこく高山君につきまとっていたじゃない!人のことを言えて?」

「私は彼女だからいいの、あなたは彼女じゃないからダメなの。見てるだけでストーカー、変質者よ」


 なんちゅう暴論だよと思いながらゆきめの意見を聞いていると、遠坂さんが俺に向かって言ってきた。


「ねぇ、あなたって神坂さんと本当に付き合ってるの?」

「え?」


  ゆきめが押しかけてきてから今日までで、こんな質問をされたことはなかった。


 なにせ誰もゆきめの言うことを疑わないからだ。

 もしくはゆきめの圧力に屈するの二つしかない。


 でも遠坂さんはゆきめのことを全面的に信用していない。

 だから俺との関係も疑っているようだ。

 そして当たっている。


 俺とゆきめは付き合ってなどいない。


 キスして裸見ておいてまだこんなことを言うのか往生際が悪いぞ、なんて叱咤は甘んじて受けよう。


 しかし誰がなんと言おうと俺はゆきめと付き合っていない。

 告白をしたこともないし、よく考えたら正式に付き合ってくれなんて言われたこともないと思う。


「ねぇ、どうなの?」

「え、それは……」

「聞くまでもないわよ、私たちは親公認で付き合ってるんだもん。ね、蒼君?」

「え、まぁ」

「ちょっと神坂さん、私は高山君に聞いてるのよ。黙ってて!で、どうなの?」


 俺は究極の選択をここで迫られた。

 遠坂さんに面と向かって「こいつとは付き合っていない」と話せば、多分彼女は信用するだろう。

 それに彼女もゆきめほどではないにしても学校では影響力のある人間だ。


 俺との交際もなにもかもゆきめの妄言だと言いふらしたら多分みんなのゆきめを見る目は変わる。


 そうだ、今は人生における大チャンスだ。

 言え、言ってしまえ。そしてゆきめの呪縛から解放されろ。そうしたら明日からまた平凡で平和な日々が……


 俺は遠坂さんにありのままを話そうと言葉を発しようとした。

 その時何故かとっさにゆきめの方を見てしまった。


 そしてゆきめの顔を見て俺は言葉を飲み込んだ。

 

 なんて落ち着いた顔をしているんだ。

 全く俺を疑っていないような無垢な瞳だ。

 

 俺はゆきめを拒絶していいのか?

 

 ……違う、そうじゃない。


 俺は本当にこいつを拒絶したいのか? 

 わからない。自分の気持ちがわからない。

 いや、多分……そうじゃない。


「ちょっと、高山君なんとか言いなさいよ!」

「……付き合ってるに決まってるじゃないか」

「そ、そう。なによ、それだけのことさっさと言いなさいよ!」


 遠坂さんは少し悔しそうに去っていった。

 その後ろ姿を見て俺は特に後悔はなかった。


 ただ、これでよかったのかどうかわからない。

 ゆきめのことを庇った形にはなったが、結果的には自分のことも庇ったのだ。

 ここまで学年一のマドンナとイチャイチャしておいて実は付き合ってませんなんて言ったら俺の方がみんなから白い目で見られそうだ。


 だから俺は付き合っていると言った。

 そういうことにしておこう。


 自分に言い訳を並べた後、ゆきめの方を見ると特に変わった様子はなかった。


 当然俺がそう答えるとでも思っていたのか? 

 随分と信用されたもんだ……


「蒼君、洗濯物終わったらすぐに部屋に行くからね」


 アパートに戻り洗濯物を渡すとゆきめは部屋に帰っていった。

 しかし俺は疲れた。今日は昨日の試合以上に何故か倦怠感がひどい。


 さっさと風呂に入ろうと思いお湯を溜めた。

 そして、俺が風呂に入ってすこしした後でゆきめが俺の部屋にやってきた。



「ついに、ついに蒼君が私と付き合ってるって認めてくれた……やったぁー!もう死んでもいい!いえ、死ぬのはあのアリアとか言うクソ女にしてほしいけどね!でも、でもでも蒼君が認めたってことは……ふふ、さっきの言葉、もっかい聞いちゃお」


 部屋ではしゃぎながら、さっき携帯で盗み撮りした彼の音声を再生した。


『……付き合ってるに決まってるじゃないか』

「くふぅー、沁みるー!蒼くん、大好き♡」


 思わず携帯にキスをしながら悶えていると、クマちゃんに搭載されたカメラに彼が映り込んだ。


「あ、今からお風呂かぁ。ふふ、相変わらずいい体だなぁ。それに、おっきい……」


 うっとりしながらその映像を見た後、私は洗濯物を回してすぐに彼の部屋に向かう。


 その時ふと閃いた。


「そうだ、アリアちゃんったら蒼君のこと好きなんだし彼の寝顔写メプレゼントしちゃお!昨日の夜の、いっぱい撮れたもんね」


 昨日自分の部屋で寝ている彼を、私は余すことなく撮影した。

 そして夜な夜な画像を保存編集していたものの中から一枚を選び、遠坂にメールした。


「今日の私は気分がいいから、サービスサービス!」


 ポンッと送信完了の音が鳴ったことを確認してから、私は自分の部屋を出て行った。

 

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